第24話 逃げろ


「シエル!? どうしたの!?」


 リズは慌てて、シエルに駆け寄った。

 壁によりかかり、苦しそうに息をするシエルは、酷く弱っていた。


 どうして、こんなことに?

 

「逃げろ……!」

「え?」

「なんで来た! 今すぐ、戻れ!!」

「きゃっ!」


 だが、その直後、シエルがリズを突き飛ばされた。


 地面に横たわり、リズは困惑しつつシエルを見あげる。すると、次の瞬間


 ──ガキンッ!!!


 と、何かがぶつかる音がした。


 見れば、鋭い爪を持つ魔物の前足を、シエルの剣が受け止めているのにきづいた。


 そして、恐る恐る、その正体を確認すれば、そこには、そびえ立つほど大きながいた。


 それも、ただのドラゴンじゃない。

 全身が、白い毛で覆われた『ファードラゴン』だ。


「ファードラゴン? なんで、こんな所に……っ」


 きっと、シエルが守ってくれなければ、背中を切りさかれていた。


 でも、なんで、ドラゴンが?!

 リズは、目の前の状況に困惑する。


 普通のドラゴンならともかく、突然変異で産まれるファードラゴンは、とても珍しい品種だ。それにより、とても価値が高く、仕留めれば高値で取引される。


 だけど、基本、ドラゴンは陸上で生活する生き物で、こんな洞窟の奥深くにいるはずがなかった。


 しかも、このファードラゴンは、並外れて魔力が高い……!


『次から次へト……死にたくなけレバ、とっととサレ。でなければ、三人まとメテ、食ってしまうゾ』


「ま、魔物が……しゃべって」


「姫様! フーガ様を連れて逃げてください!! こいつは、間違いなくSランクだ!」


「え、Sランクって!? そんなの聞いたことないわ! それに、本当にSランクなら、シエルだけじゃムリよ!」


「分かってる! でも、このまま野放しにはできない!!」

 

 もし、この魔物が洞窟から出て、王都に攻めてきたら、国中がパニックになる。


 ただでさえ、不安の中にいる国民たちを、さらに怯えさせてしまう。


 それに、Sランク級の魔物を放置していたら、また誰かが犠牲になるかもしれない。


 あの日、魔物にやられた、両親や妹のルシアのように──


「シエル!!」


 瞬間、風芽が叫ぶと、ファードラゴンは、更に攻撃してきた。


 鋭い爪が、シエルの剣と激しくぶつかり合う。

 すると、火花を散らすような戦いが始まった。


 だが、巨大なファードラゴンにとっては、ネコがオモチャとじゃれてるようなもので、シエルの体力だけが、一方的に削られていく。


「くっ……!」


「シエル! 私も戦う!」


 すると、リズが魔法の杖を手にして参戦する。

 だが──


「なに言ってる、早く逃げろ!」


「嫌よ! なんのためにここまで来たとおもってるの!? 私たちはシエルが心配で!」


「心配しなくていい! 危ないから、戻れ!」


「なんで、シエルは、いつもそうなの!? それに私は、この国の姫なのよ! 私には、この世界を守る義務がある! だから、ドラゴンくらい倒せなきゃダメ!」


 すると、ファードラゴンと戦いながら、シエルとリズは口げんかを始めた。


 どちらも、自分が戦うといって聞かなかった。

 そして、その姿を、風芽は背後から見つめていた。


 なにより、その光景に目を細めたのは、ファードラゴンも一緒だった。


《……ウルサイ、子供らダ》


 追い返しても追い返しても、人間共は、懲りずにやってくる。


 できるなら、もう終わりにしたい。

 すると、ファードラゴンは、シエルにまとをしぼった。


 一番、厄介そうなのは、あの"騎士の子"だ。


 あの子を、重症にまで追い込めば、残りの二人は、すぐに騎士の子を連れて逃げ出すだろう。


 すると、ドラゴンは、鋭い牙をむき出しにし、三人を威嚇する。


『グオオオオォォォ!!』


 ケモノの声が、洞窟内に響けば、ビリビリと痺れるような感覚が、全身を駆けめぐった。


 そして、ファードラゴンは、大きく口を開け、シエルに噛み付こうと襲いかかる。


「シエル!!」


 だが、それに気づき、リズが、とっさにシエルをかばった。杖を手にし、魔法を使おうと力を込める。


 だが、ファードラゴンと目があった瞬間、リズの手は、また震えだしてしまう。


(あ……まだだ。また、肝心の時に……!)


 強くなりたい。そのために、たくさん勉強してきた。 

 それなのに、なんで私は、いつもこうなの?


「リズ!!」

「ッ……!」


 瞬間、シエルが、リズを抱き寄せた。

 身をていして守るように、シエルは自分より小柄なリズを抱きしめる。


 しかし、剣でふさいだところで、あの牙には勝てないと思った。牙は剣を破壊し、腕ごと食いちぎられるだろう。


 でも、ここでリズを守れるなら、腕の一本や二本、安いものだと思った。


『グアアアオオオオォォォ!!』


 ファードラゴンが、二人の目前に迫りくる。

 だが、もうダメだと思った、その時だった。


 ジャァァ─────ンッ!

 

 と、洞窟内に音が響いた。


 激しく震えるギターの音。

 それは、空間を支配し、一瞬にして辺りを飲み込んだ。


 そして、その音が鳴り響いた瞬間、ドーン!!と、大きな音をたてて、ファードラゴンが倒れ込む。


 何が起きたか、分からなかった。

 そして、その光景に、誰もが目をみはる。


 リズも、シエルも、そして、倒されたファードラゴンですら──


『ゔぅ、ナンダ……コレは……!』


 見えない何かが、ファードラゴンの身体にのしかかっていた。そして、その重さに耐えかね、ファードラゴンが呻き声をあげる。

 

《動けん、重ィ……ッ》


 まるで重力を操作されているかのように、上から押さえつけられ、息もできない。


 だが、魔法を使ったようには見えなかった。


 なにより、詠唱えいしょうひとつなく発動する魔法など聞いた事がない。


 だが、その後、ギターの音がやむと、その重さは、一瞬で消え失せ、演奏を終えた風芽が、呆れたように言い放つ。


「リズとシエルって、似てるよな。それとも、優秀な人って、みんなこうなのかな? 全部、一人でやろうとして、ギリギリまで頑張って、素直に『助けて』すら言えない。オレなんか、できないことの方が多すぎて、誰かに助けてもらってばっかりなのに」


 昔、お父さんが言っていた。


 人間は、できることより、できないことの方が圧倒的に多いんだって。だから、困った時は、誰かに助けてもらえばいいって。


 でも、その代わり、誰かに『助けて』って言われた時は、嫌な顔をせず、助けられる人間であれって──


 オレは、このユース・レクリアに来て、シエルとリズに、たくさん助けられた。


 全く通じなかった言葉は、リズが、翻訳魔法をかけて、通じるようにしてくれた。


 付き人として、いつも傍にいてくれたシエルは、オレが、ニセモノだとバレないように、先回りして守ってくれた。


 二人には、たくさん助けられて、たくさん守られてきた。だから──


「オレ、戦うのは嫌いだけど、守られてばっかりは、もっと嫌だから、オレにもできること、ひとつだけみつけてきたんだ」


 師匠の元で、必死に修行した。

 この魔楽器ギターを弾きこなせるように。


 助けられるばかりじゃなく、助けられる人間になれるように。だから──


「だから、ここからは、オレが戦う!」


 ギターを手にした風芽は、その後、シエルとリズを守るように、ドラゴンの前に立ちはだかった。


 すると、ファードラゴンは、そんな風芽の目を見て


『戦う? サッキの術は、お前カ? 一体、何者ダ?』


 ファードラゴンが、静かに問いかける。

 すると風芽は、再びギターを構えながら


「オレは、矢神やがみ 風芽ふうが。──だ」

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