第22話 力を合わせて


「だって、友達が危ない目に遭ってるかもしれないなら、助けに行くだろ」


「……っ」


 その言葉に、リズの胸は熱くなった。

 もちろん、助けにいきたい。

 今すぐにでも、この檻を壊して。でも──


「無理よ、ここから出るのは……っ」


「なんで?」


「『鳥籠の牢獄キャージュ』の魔法は、上級魔法だから、簡単には壊せない。それに、壊せたとしても、無理やり魔法をとけば、そのダメージが、かけた術者に戻ってしまうの。だから、私がこの魔法を解いたら、シエルに術が跳ね返って、怪我をしちゃう」


 リズは、深刻な表情で答えた。


 シエルは今、魔物と戦っているかもしれない。そんな時に、ダメージを食らったら、大変なことになってしまう。


「マジか。じゃぁ、ビンジョルノさんの魔法を解いた時も、そうだったの?」


「そうよ。でも、あの魔法は、初級魔法だから、大してダメージはくらわないの。せいぜい、お腹が痛くなる程度のものよ。でも、かけた魔法が強力であればあるほど、解かれた時のダメージは大きくなる。このクラスにの魔法だと、吐血したりとか?」


「吐血!? それ、まずいじゃん!? 術を解いても、シエルにダメージが還らない方法はないの!?」


「あるには、あるけど」


「じゃあ、それ、やってみよう!」


「や、やってみようって、簡単に言わないでよ!? 術祖返しを無効にするには、シールドを張って、その中で『鳥籠の牢獄キャージュ』を解かなきゃならないのよ!?」


「シールド?」


「結界のことよ。元々は、かけた術者に、魔法を解いたことを悟られないために使うの。だから、解いてもダメージを与えない。でも、二つの魔法を同時に扱うなんて、私にできるかどうか……っ」


 もし、失敗したら、シエルに怪我をさせてしまう。

 そう思うと、怖くて手が震えだした。


 難しい魔法を使う時は、いつもこうだ。


 失敗しちゃいけないと思うと、体がこわばって、うまく術を使えなくなる。


「なんで、一人でやろうとしてるんだよ。オレと一緒にやればいいじゃん」


「え?」


 だが、その後、風芽が明るく声をかけてきて、リズは目を見開く。


「フ、フーガと一緒に?」


「うん」


「で、でも、フーガは、初級魔法すら使えないんでしょ!」


「大丈夫だよ。オレ、ギターは弾けるから!」


「だ、大丈夫じゃないわよ!?」


 なにを言ってるの、この子は!?

 というか、どからくるの、この自信は!?


 だが、困惑するリズをよそに、風芽は、パンと手を合わせ、ご馳走様をすると、その後、ギターを手にし、立ち上がった。


 ストラップ付きのギターを肩にかけ、腰の辺りで支える。


 右手にはピック。そして、左手はネックに添えて、げんを指で押さえた。

 

 ギターには、コードがある。

 コードとは、日本語で「和音わおん」のこと。


 「和音」は、いくつかの音を同時に鳴らし、重なり合う音のこと。そして、ギターは、この和音コードを駆使して、演奏する楽器だ。


 6本の弦は、全て細さが異なり、その弦を同時に押さえることで、和音を作り出す。


 そして、全てのギターコードの主軸となるのが、A〜Gまでのメジャーコード。


 更に、その中から、風芽は【Emイーマイナー】のコードを選んだ。


 6本の弦のうち、4弦と5弦の二本を同時に押さえるコードだ。


「リズ、あれ見てて」


 すると、準備を終えた風芽は、ピックを持った手で、鳥籠の外をさした。


 その先にあったのは、巨大な岩だった。

 この鳥かごよりも大きくて、分厚い石の塊だ。


 だが、リズには、まったく意味が分からず。


「あの岩が、なんなの?」


 ジャアァ────ンッ!!!


「ッ……!」


 だが、その瞬間、鳥籠の中で音が響いた。


 体の芯に響くような、激しい音だ。

 ビリビリと体が震える。


 そして、その音は、フーガの指の動きに合わせて、音楽へと変わっていく。


(わ、何これ──、すごい……っ)


 聞いたことのない音色に、一瞬で心を奪われた。


 岩を見なきゃいけないのに、ギターを弾くフーガから目が離せない。


 まるで音に、支配でもされてるみたいだ──

 

 ジャアァ────ンッ!!!


 そして、その演奏がなりやんだ瞬間、リズは感動のあまり拍手を送った。


「凄いわ、フーガ! ギターって、こんなにカッコイイ楽器だったね!」


 自分より年下のフーガが、すごくカッコよく見えた。

 なにより、今の演奏は、惚れ惚れするほど上手かった。


「リズ、アレ見てた?」

「え?」


 だが、その後、フーガに問いかけられ、リズはハッとする。


(あ、そうだった! 岩を見ろって言われてたんだった!)

 

 慌てて、鳥籠の外に目を向ける。

 すると、その先にあった巨大な岩は、になっていた。


「へ??」


 あまりのことに、目が点になる。

 まるで鋭利な刃物で切られたかのような、美しい切り口。


 だけど、なんで?

 なんで、真っ二つになってるの?!


「よし。コントロール完璧!」


「え!? ちょっと、なんなの、あれ!? どうなってるの!?」


「オレが切ったんだよ」


「切ったぁぁ!?」


 いや、なんで!?

 なんで、フーガに、そんなことができるの?!


「リズ!」


 だが、困惑するリズに、風芽が、また語りかける。


「オレは、この鳥籠を壊すから、リズはシエルが怪我をしないように結界シールドを張って」


「え、でも……っ」


「大丈夫だよ。オレ、魔法は使えないけど、魔力の扱い方は覚えた。だから、魔楽器ギターだけは完璧に弾ける。それに、二人で力を合わせれば、できるよ」


「……ッ」


 二人で──そう言われた瞬間、リズはキュッと唇を噛み締めた。


 確かに一人だと、いつもプレッシャーに押しつぶされて失敗する。緊張して、怖くなって、できるはずのことが、できなくなる。


 でも、二人でなら──


「わかった……!」


 フーガを信じよう──そう決意したリズは、魔法の杖を手にして立ち上がった。


 二人、背中合わせになると、リズは、詠唱とともに、魔法を発動する。


 二つの魔法を同時に発動するのはムリでも、一つの魔法に集中できるなら、絶対に失敗はしない!


「いくわよ、フーガ」


「うん。早くここから出て、シエルを会いに行こう!」


 金色に輝く魔法陣が鳥かごを囲い、結界が張られたことを確認すると、風芽は、再び弦をはじいた。


 コードは【Amエーマイナー


 強く繊細な音色が、辺りに響くと、次の瞬間、爆音と共に、切り裂くような刃の音が響き渡った。

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