エピローグ

〈英雄の手紙〉


「フーガ、シエル! 私、作戦を考えてきたの!」


 それから、三日後。風芽が机に向かっていると、突然リズが部屋にやってきた。


 大きな地図をもってきたリズは、風芽の前に、それを広げ、イキイキと話し始める。


「いい! これは、魔王復活を阻止するための重要な計画よ! しっかり聞いてね!」


 そう、強く言われ、風芽とシエルは、マジマジと地図をのぞきこんだ。


 すると、リズは、地図を指さしながら


「まずは、ここが私たちがいるアステラ王国。そして、ここが魔族たちが住むバルバトス帝国。そして、このバルバトス帝国には、魔族の子供達が通う学校があるの」


「学校?」


「そう。その名も、バレンシュタイン魔王学院。そして、その学校の中で、魔王復活に関する計画が進められてるって、ウワサがある」


「それは、俺も聞いたことがあります。でも、まだ不確かな情報だ」


「そうよ。でも、お兄様たちみたいに、真正面からいっても、返りちに合うだけだし、これ以上、こちらの戦力を減らすわけにはいかないわ。だから、少人数で魔族の懐に忍び込んで、内側から情報を探るの。というわけで、魔王学院に行って潜入調査よ! フーガには、勇者だけじゃなく、魔族のフリをしてもらうから!」


「え!?」


 リズの言葉に、風芽は驚く。

 まさか、勇者のフリだけじゃなく、魔族にも成り変わるとは!?


「でも、魔族って、悪魔みたいにつのとか生えてたりするんじゃないの?」


「大丈夫よ。見た目が、人間と変わらない魔族もいるし。というわけで、出発は三日後。バレンシュタイン魔王学院の入学試験の日には、北の国についてなきゃいけないから、準備しておいてね! 私は今から、お父様を説得してくるから!」


 すると、リズは、さっそうと部屋から出ていって、風芽とシエルは、顔を見合せる。


「リズ、行く気まんまんみたいだけど、王様、許してくれるのかな?」


「どうでしょうか? まぁ、姫様は、ダメだと言っても行くでしょうけど」


「シエルはどうするの? 行くの?」


「はい。俺はフーガ様の付き人ですし、どこまでも、お供します。それはそうと、どうして、アーサー様の子供だと、俺には言わなかったのですか?」


 まるで、執事のようにお茶をいれながら、シエルが問いかけた。


 風芽が、アーサーの子だということを、シエルには話していなかった。すると風芽は、少し申しわけなさそうにしながら


「だって、シエルって、アーサーのファンだし。推しの子供が、俺みたいなやつだったら嫌かなーって。ほら、ビンジョルノさんみたいになっても困るし」


「あの人と一緒にしないでください。それに、俺の知ってるアーサー様は、本当のアーサー様まではなかったのかもしれません」


「え?」


「本に載っているアーサー様は、国民たちを不安にさせないために演じ続けた、いつわりの姿だったのかもしれません。なにより、フーガ様の方が、アーサー様をよくご存じだ。だから、もう『英雄らしくしろ』なんていいません。フーガ様は、フーガ様らしく。なにより、あなたは、紛れもなく『英雄の子』だ。俺は、あなたと旅ができることを誇りに思う」


 めったに笑わないシエルが、柔らかくほほえんだ。

 すると、風芽は、なんだか、くすぐったい気持ちになった。


「シエル、熱でもあるねか? なんか、褒められると調子がくるう。それに、オレは英雄の子じゃなくて、会社員の子だよ」


「カイシャイン? なんですか、それは」


「会社で働いてる人のこと」


「カイシャ? フーガ様の言葉は、分からないものばかりですね。それと、さっきから何を書いていらっしゃるのですか?」


 すると、シエルは、風芽の手元をのぞきこんだ。


 風芽は、さっきから机に向かって、何かを書いていた。白い便せんに、インクとペンを使って。


「手紙を書いてるんだ。西の魔物を討伐……というか、仲間にしたご褒美に、王様が、何か一つ、願いを叶えてくれるって。だから、お父さんとお母さんに、手紙を届けたいって、お願いしたんだ」


『アーサーに?』


 すると、ソファーの上で、のんびりしていたジークが、その言葉に反応する。


 ファードラゴンのジークは、今は、猫ほどの大きさになっていた。


 これは、体の大きさを自在に操れる魔法道具を、リズが与えてくれたからだ。


 実物は、大きすぎて城に入らないし、庭で飼うわけにもいかず、食費だってバカにならない。


 そんなわけで、急ピッチで、魔法道具を作りあげ、ミニサイズになったジークは、今は風芽の部屋で、一緒に生活している。


 そして、翼を広げてパタパタとやってきたジークは、風芽の机の上に乗り、手紙を見つめた。


 すると、その手紙には、こう書かれていた。



 ──────────────────────


 お父さん、お母さんへ


オレは今、ユース・レクリアという、い世界にいます。

この世界は、さい高です。


りっぱなおしろに住めて、おいしいものもたくさん食べれて、ゲームだってやりたいほうだい。


だから、もう帰りたくないので、オレのことは忘れてください。


あと、お母さんのおなかの中にいる赤ちゃん。

名前は『ゆづり』とつけてください。


かん字は、お父さんとお母さんが決めていいよ。


名前がわかってるなら、オレもこっちの世界で、ゆづりがうまれたことを、しゅくふくできるから。


それじゃぁ、元気でね。

オレは、この世界で幸せになります。


だから、お父さんと、お母さんと、ゆづりも幸せでいてね。


 バイバイ!


                 矢神 ふうが


 ────────────────────


『ナンだ、この手紙は……?』


 とんでもない手紙の内容に、ジークとシエルは顔をしかめた。だが、風芽は、ニコニコと笑いながら


「だって、世界を救うって、命がけの戦いって気がするし。もし、オレが、この世界でしんじゃったら、お父さんとお母さんは、見つからないオレを、ずっと探し続けることになっちゃうし。だから『オレは、こっちで楽しくやってるよ~』って手紙をだせば、安心」


 ビリッ!!


「あぁぁぁ!!」

 

 だが、その瞬間、風芽の手紙を、ジークの爪が引き裂いた。


「ちょっ、なにすんだよ!?」

 

『バカもの! そんな手紙をもらったら、アーサーが悲しむだろうガ!!』


「そうですよ。アーサー様の気持ちも考えてください」


「え!? でも、楽しそうな手紙にしたし! ていうか、二人とも、ずっとアーサー、アーサー言ってるけど、オレのお父さんの名前『皇成こうせい』だから!」


『コーセーもアーサーも、そう変わらんだろうが!』


「全然、違うよ!」


 ジークの言葉に、風芽が反発する。

 なにより、手紙を否定されて困ってしまった。


 確かに、異世界で暮らすなんていったら、悲しむかもしれない。でも、万が一を考えたら、嘘の手紙を出した方がいいと思った。


 もしかしたら、もう二度と、帰れないかもしれないから──


『フーガ、死ぬことを想定するナ!』


「え?」


 だが、そんな風芽に、ジークが、ハッキリといいはなつ。


『死ぬかもしれないと思って生きるナ。絶対に生きて帰ると強く思え。些細ささいなことだが、そんな小さな意識が、運命を左右するのだ。それに、フーガは死なん! なにかあれば、ワレらが全力で助けル。だから、親への手紙には『絶対に帰る』とだけ書いておケ!』


「……っ」


 その言葉に、風芽は、胸が熱くなった。


 確かに、一人で戦うわけじゃない。

 困った時に助けてくれる人は、たくさんいる。


 だから、勇気をだして、声をあげればいい。

 我慢したり、ムリしたり、迷惑かもしれないなんて思わず。


 ただ一言『助けて』って──


「……うん、そうだった。困った時は、頼ればいいんだった」


 お父さんの言葉を思い出す。


 人は、できることもあれば、出来ないこともある。

 それは、どんなに才能ある人でも同じだって。


 だからこそ人は、助けて、助けられて、支えあって生きているんだって。


 一人で、なんでもできるわけじゃないから、困った時は、素直に助けを求めればいい。


 そして、誰かが困っていたら、助けてあげられる人でありなさいって。


「うん、ありがとう。オレもみんなを助けたい。だから、この世界で一緒に戦う。そして、この世界が平和になったら、絶対に日本に帰るんだ」


 家族に会うために──


 そう、改めて決意すると、風芽は、また手紙を書きだした。


 新しい便せんに、なれないペンとインクを使って。


『必ず帰ってくるから、待ってて』と本当の想いを。


 それは、嘘いつわりのない本心からの手紙だった。


 大切な家族に向けた、決意の手紙──



 



 そして、その手紙は、時空をわたり、海を越え、確かに日本に届けられた。


 転生を果たし、その後、風芽の父となった伝説の英雄『アーサー・ドレイク』の"生まれ変り"のもとへ──




fin.

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英雄の子 雪桜 @yukizakuraxxx

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