第28話 勇者の音色


 その後、ビンジョルノが町にやってくれば、広間には、国民たちが集まっていた。


 風芽が帰ってきたのをみて、集まって来たのだろう。だが、それは、ビンジョルノにとっては都合がよかった。


 魔物を倒せずに帰ってきたと知れば、国民たちからの支持はなくなり、ニセモノだと暴露しやすくなる。


 そう確信したビンジョルノは、笑いを堪えつつ、風芽の元まで歩いていく。


「フーガ様、お帰りなさいませ。ご帰還、なによりでございます。それで、西の魔物は、退治できたのでしょうか?」


 一応、勇者として扱いつつも、息をつかずに問いかけた。すると、風芽は、少々困った顔をしながら


「それが、魔物はんだ」


(よし……!)


 そして、ビンジョルノは、心の中で、ガッツポーズをきめた。


 やはり、怖くて逃げてきたのだろう。

 すると、ビンジョルノは残念そうに


「そうですか。では、指だけで魔物を倒せると言っていたのは、嘘だったということですね。フーガ様、あなたは、この国の、いえこの世界の期待を裏切ったのです。やはり、あなたは、勇者に相応しくない! ですか、これは当然の結果です! なぜなら、あなたは、アーサー様のニセモ」


『グォオオオオオォォ!!!』


 だが、その瞬間、獣の声が鳴り響いた。


 耳をつんざくような雄叫びが、町の上空で響き渡る。


 そして、ビンジョルノが空を見上げれば、そこには巨大なドラゴンがいた。


 真っ白な毛並みをした、ファードラゴンが


「ひぃ!」


 突然、あらわれた魔物に、ビンジョルノが尻もちをつけば、町の者たちも、次々に悲鳴をあげた。


「きゃぁぁぁ、魔物よ!」

「魔物が攻めてきたんだ!」


 戦々恐々とした町の中は、一気にパニックになり、人々は震えあがった。だが、そこに


「大丈夫だよ。ジークは人を襲ったりしないから」


 そう風芽が笑いかければ、ドラゴンは、サラサラの毛並みを靡かせながら、風芽の前に下り立ち、頭をさげた。


 そして、その姿を見て、人々は目を見開く。


「ド、ドラゴンが……っ」

「どうなってるんだ?」


 ホッとしたと同時に、人々は困惑する。

 すると、風芽は、ニッコリ笑いながら


「ごめん。退治するって言ってたんけど、西の魔物、仲間にしてきちゃった!」


「「えええぇぇぇぇぇ!!?」」


 そして、その瞬間、町中が驚きに包まれた。


 魔物を仲間に!?

 しかも、高ランクのドラゴンを!?


「ウソだ! そんなこと、あの子に、出来るわけがない……!」


 だが、ビンジョルノだけは、ありえないと否定してきて、今度は、その前に、リズとシエルが立ちはだかる。


「宰相、見苦しいわよ」

「この賭けは、姫様の勝ちです」


 騎士姿のシエルが、そういえば、すっかりお姫様に戻ったリズも言葉を続ける。


「フーガは、Sランクの魔物を仲間にしてきたの。これは、倒す以上に難しいことだわ。だから、いいかげん、フーガは、英雄にふさわしいって認めて!」


「……っ」


 二人の言葉に、ビンジョルノは、悔しそうに奥歯を噛み締めた。


 だが、確かに風芽は、ファードラゴンを従えていた。

 しかも、Sランクの魔物を!


「うぅ、なんてことだ……ッ」


 その瞬間、ビンジョルノは、ブワッと涙を浮かべた。


 ビンジョルノは、アーサーの大ファンだった。


 子供の頃から、アーサーの伝記を読み漁り、夢に見るほど崇拝していた。


 だからこそ、アーサー様の子供が、なにもできない落ちこぼれだと認めたくなかった。


 しかし、落ちこぼれだと思っていた子には、Sランクの魔物を従えるほどの実力があった。


 これぞ、まさしく、アーサー様の子!


 すると、ビンジョルノは、自ら風芽の傍に膝まづくと


「フーガ様ぁぁ! 私は大バカものでした! あなた様の実力を疑い、卑怯なことばかりしてしまった! ですが、もう疑いません! あなた様は、まさに英雄の子!! 私、ビンジョルノ・マージは、一生をかけて、フーガ様にお仕え致しますっ!!」


「!?」


 とつぜん、人が変わったように、崇拝しはじめたビンジョルノを見て、風芽は驚いた。


「な、なに? どうしたの、ビンジョルノさん? なんで、土下座してるの!?」


『フーガ。こいつ、ヤバいやつだ。ワレが噛み殺そうか?』


「ダメだよ!」


 いきなり、怖いことを言い出すジークをなだめつつも、ビンジョルノが認めてくれたのだと分かり、風芽は、ほっと息をついた。すると、今度は


「ねぇ、勇者様。その背負ってる物は、なに?」


 そう言って、町の人々が声をかけてきた。

 風芽は、肩にかけていたギターを見せると


「これは、ギター。楽器だよ」

「楽器? 武器じゃないか?」

「うん。武器じゃない」


 そう、ハッキリと告げると、風芽は、ポロンポロンと音を鳴らし始めた。


 魔楽器は、音を操る魔法道具だ。


 そして、その音は、岩を切り裂く刃にもなれば、人の心を癒す羽衣にもなる。


「───♫」


 そして、フーガは、ギターの音色に合わせて、歌を歌う。のびのびと力強い歌声が、空へと響き渡る。


 すると人々は一瞬にして魅了され、殺伐とした空気は、ほんのりと火が灯ったように穏やかなものになった。


 それに、この曲は、風芽のために、お母さんが作ってくれた歌だった。

 そして、いつか、産まれてきた妹にも、聞かせたいと思っていた歌──


「こりゃぁ、すごい!!」

「勇者様って、歌もお上手なの!?」


 そして、弾き語りを終えれば『もっと聞きたい』と、みんなが騒ぎだし、風芽は、またギターを弾きはじめた。


 曲調は、すこしずつテンポをあげ、それに合わせて、人々が歌ったり、踊ったり、笑いあったり。


 そして、勇者が奏でるその音色は、人々を幸せへと導くように、いつまでも、どこまでも響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る