【第3章】英雄の責任

第10話 就任式のあとで


 就任式が終わった後、風芽は、自分の部屋に戻ってきていた。


 豪華な部屋の中、ひとりポツンとソファーに腰かける。


 そして、そんな風芽の前には、ひどく冷たい目をしたシエルがいた。


 これは、かなり怒ってる。

 完全に、ご立腹だ!!


「あの、シエル……怒ってるよな?」


「怒ってますよ。英雄の剣をだなんて」


「え!? そっち!?」


 魔物の方じゃなくて、剣の方!?

 それには、風芽も拍子抜けする。


 だが、その後、シエルは、怒っているというよりは、どこか呆れたような口ぶりで、語りかけてきた。


「フーガ様には驚かされてばかりです。余計なことはしないで下さいと、あれほどいったのに」


「うぅ、でもあの剣、どう考えても、オレのサイズじゃないし、もらったとしても、引きずりながら、移動することになってたとおもうぞ!」


「やめてください。国宝ですよ」


 国の宝である伝説の剣を、ひきずる!?

 なんて、バチあたりな!


 だが、それを考えれば、風芽が手にしなかったのは、不幸中の幸いなのかもしれない。だが、問題は


「それで、フーガ様は剣を持たずに、どうやって魔物と戦うつもりですか? それとも、本当に指だけで倒せるのですか?」


「う……っ」


 ちくちくと、シエルの言葉がつき刺さる。

 それに『指だけで』は、さすがに言いすぎたかもしれない。


「ごめん……でも、剣を『いらない』と思ったのは、本当だ」


 だが、剣については、はっきりと否定する。

 抜けなかった以前に、本当に『いらない』と思った。


 確かに、勇者に武器は必要だろう。


 自分だって、ゲームの中で作ったアバターに、いろいろな武器を持たせて戦わせていた。


 でも、王様に「武器だ」とあらためて言われた瞬間、手にするのが怖くなった。


 これは、ゲームじゃない。

 本物の剣で、本物の戦いが始まる。


 そして、この剣を手にするということは、誰かを傷つけてしまうかもしれないということ──


「なぁ、シエル。オレは、勇者の代わりになるとは言ったけど、武器を手にして、誰かを傷つけるつもりはない。できるなら、誰も傷つけずに、この世界を救いたいと思ってる」


 はっきりと、自分の意志を伝えれば、シエルは、悲しそうに目をふせた。


「フーガ様は優しい方ですね。俺は、ここ一週間、あなたの付き人をして、あなたが、争いを好まない優しい方なのだと気づきました。きっと、そういう所は、アーサー様に、よく似ていらっしゃるのかもしれない。でも、ここは、あなたがいた日本でありません。このユース・レクリアは、子供ですら、武器を持ち戦う世界です」


「……っ」


 その言葉に、風芽は息をのんだ。

 

 確かに、シエルの腰には剣があった。

 14歳のシエルは、もう立派な騎士として、大人と一緒に働いている。


 そして、シエルは、戸惑う風芽の前にひざをつき、目線をあわせるようにして、また話し始める。


「異世界から来たフーガ様に、全てを理解しろというのは、ムリがあるかもしれません。ですが、この世界は、200年前、魔王に支配されていたんです。そして、その時の教訓を生かし、今のこの国がある。この国が、高い城壁で守られているのも、子供の頃から武器を手にし、戦う術を身につけるのも、全て、自分の命や大切な者たちを守るために、先人たちから語り継いできたことです。だから、この世界の英雄になるというなら、日本の常識は、捨ててください。でなくては、生き残れません」


「…………」


 シエルの話を、風芽はマジメな顔で聞いていた。


 確かに、ここは日本じゃない。


 魔法のある世界で、魔物がいる世界で、魔王に支配されていた世界。


 だから、戦うことが、当たり前の世界。


 でも、仮にそうだったとしても、戦わずに、争わずにすむなら──そう思うのは、間違ってるのか?


「………」


 その後も、風芽は、ずっと黙り込んでいた。

 そんな風芽をみて、シエルは、小さく苦笑すると


「まぁ、戦いたくないというなら、ムリに戦う必要はありませんが」


「え?」


「戦うのに向かない子もいます。この国にも、たくさん。だから、無理強いをするつもりはありません。それに、なんのために、俺がフーガ様の付き人をしていると思ってるのですか?」


「なんのため?」


「はい。俺の役目は、フーガ様が、ニセモノだとバレないようにサポートすること。だから、西の洞窟にすむ魔物は、俺が退治します」


「え!?」


「フーガ!!!」


 すると、今度は、バタンと部屋の扉が開いて、リズがやってきた。


 この国の姫であるリズは、今もまだドレス姿のままだった。そして、長いツインテールの髪を揺らしながら、風芽の前にやってきたリズは


「もう、フーガのバカ! なんで、魔物を退治するなんていっちゃうのよ!?」


 こちらは、シエルとは違い、魔物の件で怒っているようだった。


 だが、実力テストが最悪だった風芽が、西の洞窟へいったところで、結果は目に見えている。


「剣も持てない上に、魔力も0なのよ! そんなんで倒しに行っても、死にに行くようなものじゃない!」


 そんな感じで、リズは、しばらく怒っていた。

 だが、その後、じわじわと目に涙をためると

 

「ふえぇぇぇぇぇん、でも良かったぁ、フーガがニセモノだってバレなくてー! 私のせいで、死刑になったら、どうしょうかとおもったぁぁぁぁ!」


「わっ!」


 ギュッと抱きついてきたリズは、なんだかんだ怒りつつも、心配していたらしい。


 だが、抱きつかれた風芽のほうは


「り、リズ、苦しい……ッ」


「あ、ごめん! 私、見た目より怪力なの!」


 この細い体のどこから、この力が出てくるのか?

 だが、その後、風芽から離れたリズは、改めてお礼を言う。


「ありがとう、フーガ! みんな、フーガのことを英雄の生まれ変わりだと信じてくれたわ! それに、魔物のことなら心配しないで!」


「「え?」」


 そして、その言葉に、風芽とシエルが、首をかしげる。リズは、ドン!と胸を張ると


「西の洞窟に住む魔物は、私が退治してあげるから!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る