第20話 シエルの過去


 ピチャン……

 洞窟の石壁せきへきから、水滴が流れおちた。


 魔物が住む洞窟の中は、ヒヤリとした緊迫感に満ちていた。そして、その洞窟の中を、シエルは一人で進む。


 リズと風芽には、悪いことをした。

 まるで、裏切るようなことをしてしまったから。


 だが、魔物と戦うということは、同時に命の危機に立たされるということ。


 そんな場所に、二人を引き込みたくなかった。


(この気配、一体じゃないな……)


 気配を探れば、魔物の数は、数体。


 レベルが、どの程度かはわかからないが、このような洞窟の中は、魔物にとっても居心地が良く、棲家すみかになっていることが多い。


 だからこそ、あの二人を守りながらの戦闘は、どう考えてもムリがある。


(魔物なんて、早くいなくなればいいのに……)


 そして、ふとそんなことを思ったのは、この魔物たちか、200年前に魔王がはなっただからかもしれない。


 もともと、このユース・レクリアに魔物はいなかった。


 だが、200年前の戦いで、魔王が召喚した魔物たちは、アーサー様が、魔王を倒したあとも消滅することはなく、その後、魔物たちの増殖を食い止めるためにも、人々は、戦うしかなかった。


 高い城壁に守られているとはいえ、いつ、魔物に攻め入らるか分からない世界。


 だからこそ、子供の頃から、剣や魔法の訓練を受け、戦う術を身につけた。


 だが、子供たちの中には、当然、戦いに向かない者もいた。そして、シエルの妹も、その一人だった。


『お兄ちゃん、私、嫌だよ……魔物となんて、戦いたくない……っ』


 シエルの一つ下の妹・ルシアは、よく魔物に脅えて、泣いていた。

 

 だが、ある程度の実力がつくと、保護者の同伴の元、魔物を倒すための実技訓練を受けることになっていた。


 そして、それは誰もが通る道で、シエルは、不安がる妹を、心配しつつも送り出した。


 だが、ルシアが初めて狩りに出た日。

 運悪く、A5ランクの魔物があらわれた。


 ハンターで、それなりに手練れだった父と母もその魔物に殺され、ルシアはにいたっては、髪一本すら、戻って来なかった。


 シエルは、家族を一度に失い、その後、孤児院に預けられた。だが、その孤児院にも、戦いに向かない子供たちが、たくさんいた。


 だからこそ、思った。


『俺が、アーサー様と同じくらい強くなれたら、この子たちは戦わずにすむかもしれない』


 少しでも、犠牲になる子を減らしたかった。

 ルシアのような優しい子が、戦わなくてすむように。


 そのために、シエルは必死に努力した。


 アーサー様のように強くなれるよう、人一倍、技術を磨き続けた。


 だが、どんなに努力しても、シエルは、アーサーのようにはなれなかった。


 シエルは、魔法の才能がない『法力使い』だったから──


『シャァァァァァァァァァ!』


「!」


 瞬間、どこからか不気味な声がした。


 薄暗い洞窟の中、シエルが目を凝らせば、その先には大蛇がいた。


 見上げるほどの大きな蛇は、トグロを巻き、シエルを威嚇してくる。


 すると、その瞬間、リズからもらったブローチが、ふわりと光りを発した。


 淡い光は、洞窟内を照らし、視界をはっきりさせる。


 どうやら、魔物に反応して、ランプの役割を果たす魔法道具だったらしい。これがあれば、自分で光を作ることなく戦うことができる。


「さすがだな、は」


 ブローチを見つめ、シエルは感心する。


 魔法学校アカデミーでも、よくリズは、魔法道具を作る実験をしていた。リズの才能も実力も、シエルは、よくわかっていた。


 でも、だからこそ、ここには連れてきたくなかった。

 

 リズは、実戦には向かないタイプだ。

 訓練中も、よく魔物を見ておびえていた。

 

 なにより、リズは、裏方で才能を発揮するタイプで、姫としても、友人ライバルとしても、こんなところで、失っていい女の子じゃない。


 ジャキッ──!


 剣をかまえると、シエルは、大蛇を見すえた。


 噂されていた西の魔物は、きっと、これではない。

 もっと強いのが──更に奥にいる。


Bランクざこにかまってる暇はないんだ」


 そういうと、シエルは、勢いよく飛び上がり、大蛇の急所めがけて、すばやく切りかかった。

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