第4話 実力テストの結果は?


「ビ……ビンジョルノ様」


 そして、その男が誰かを確認して、シエルは、じわりと汗をかいた。


 男の名前は、ビンジョルノ・マージ。


 国王様の代わりに、政治や外交を行う『宰相さいしょう』という役職を持つ人だ。


 簡単に言えば、国民のトップ。

 つまり、とっても偉い人なのだが……


「あ、ごめんね。ビンジョルノさん」


 だが、風芽は、場違いにも明るく声をかけ、ビンジョルノは、ピクリとこめかみをひくつかせた。


「なにを謝ってるんですかねぇ、この子は。チビって言ったんですよ。踏みつぶすとまでいったんですよ。イヤミだって気づかないんですか!?」


「気づいてるよ。でも、実際ににチビだし、踏みつぶされてはいないし。それに、ぶつかったら謝るものじゃない、


「……っ」


 お互い──そう言われて、場の空気が、あっさり風芽のペースに飲み込まれた。


 そして、その空気にのまれたのは、ビンジョルノの後ろにいた護衛もだったらしい。屈強な兵士は、ビンジョルノに近づきながら


「ビンジョルノ様も、謝ったほうがいいんじゃないですか?」


「なに!?」


 謝る?! この私が?!


 だが、謝らないと、ひどくうつわの小さい男に見える気もして、ビンジョルノは、しぶしぶと言った感じで


「も、申し訳ございません、フーガ様。チビなどと言ってしまって」


(え? 謝るの、そこ?)


 思わずシエルは、ツッコんだ。


 まさか、ぶつかったことじゃなく、チビと言ったことを謝るとは。いや、謝るなら、どちらもだが。


 しかし、その後、風芽が『いいよー』と、あっさり許せば、場の空気は、さらに和み、争いは終わりそうになる。


 しかし、その瞬間、ビンジョルノは『ゴホン!』と咳払いをすると


「フーガ様! やはり私は、あなたを勇者としては認められません! 見ましたよ、あなたの実力テストの結果!」


 何やら、厳しい声。

 すると、ビンジョルノは、ふところから分厚い書類を取り出してきた。


 それは、風芽がこの世界に召喚されてから調べつくされた『矢神 風芽』についての報告書だった。


 そして、その中には、実力テストの結果もつづられていて、その採点用紙には『✓』と書かれた赤い字が、ビッシリとならんでいた。


「ご覧なさい、この結果! 学力、体力、ともに赤点! オマケに魔力値に関しては、測定不能! あなたの英雄としての素質は、全くの『0』です!!」


 ズイッと突きつけられた報告書。

 それを、風芽が受けとれば、横からシエルも覗き見る。


 シエルも、魔法学園アカデミーに在籍していた時に、この実力テストを受けたことがあった。


 10科目にわたる学力テストと、身体能力を測る体力テスト。それに加えて魔法学に関するテストを受けるのだが、風芽の結果は、ちょっと……いや、かなり悲惨ひさんなものだった。


 そして、その結果をふまえ、ビンジョルノは続ける。


「フーガ様、私は宰相として、この国を守る役目があるのです。はっきり申しまして、ここまで出来の悪い子供に、この世界の行く末を、まかせるわけにはいきません」


「ビンジョルノ様、いくらなんでも言いすぎです」


 ビンジョルノの言葉に、シエルが反論する。


 確かに、テストの結果は最悪だが、それにしたっていいすぎだ。


 だが、そんなシエルに、ビンジョルノは


「シエル君。君だって、本当は思っているでしょう? こんな子供に、英雄の代わりが務まるわけがないと。ここにいるのが、なら良かったのにと」


「……っ」


 だが、その言葉には、なにも言えなくなった。


 確かに、ここにいるのが、本物のアーサー様なら、どんなに良かったか。


 すると、黙り込むシエルを見て、ビンジョルノは、さらに小馬鹿にするような態度をとってきた。


「フーガ様、あなたは、このような結果をだして、情けないとは思わないのですか? だいたい、フーガ様には、一体、何ができるのですか? ほら、できることがあるなら言ってみなさい」


 まるで、何も出来ないとでもいうように。

 すると風芽は、しばらく考えたあと

 

「オレ、ギターだったら、めちゃくちゃ得意!」

「え?」


 だが、その言葉に、ビンジョルノは『?』を浮かべる。


「ギ、ギターとは、なにかね。シエル君」


「え、わかりません。フーガ様がいた世界の言葉ではないかと?」

 

「え! ギターしらないの!?」


 すると、困惑する二人を見て、今度は、風芽が驚いた。


「ギターだよ、ギター! このくらいの大きさで、ヘッドがあって、ネックがあって、ボディがあって! それで、こうやってげんを弾いたら、ジャァァァンって音が鳴る楽器のこと!」


 身ぶり手ぶりで、風芽がギターの説明をする。


 だが、その話をきいて、ビンジョルノは、ぷぷっと笑いだした。


「くっ、楽器!? 楽器が弾けるからなんだっていうんですか!? 楽器で世界が救えると!? 魔物を倒せると!? あー、本当に子供の発想というものは愉快なものですねぇ~。でも、これでハッキリしました。やはり君は、勇者にはふさわしくない!」


 上から押さえつけるような声が、ふたたび風芽の頭上にふりそそいだ。


 そして、ビンジョルノは、ふんと鼻を鳴らしながら


「まぁ、君が、ニセモノだとバレるのは時間の問題でしょう。むしろ、早くバレてしまいなさい。そうすれば、次こそは、を召喚できる!」


 本物の──それは、正しく『本物のアーサー・ドレイクの生まれ変わり』ということ。


 すると、ビンジョルノは、笑いながら、風芽の横を通り過ぎ、シエルは、言われ放題の風芽を見て、申し訳ない気持ちになった。


(宰相ともあろう方が、なんて酷いことを……っ)


 アーサー様なら、こんな時どうするだろう?

 剣を握り、苛立ちを堪える。


 だが、まだ若い騎士であるシエルにとって、宰相は、上司にあたる人。下手に逆らえば、城から追い出されてしまう場合もあった。


「……フーガ様。申し訳ありません。あまり気になさらず」


「ビンジョルノさん!」


 だが、落ち込んでいるかと思いきや、風芽は、明るい声でビンジョルノを呼び止めた。


 ビンジョルノが振り向き、ふたたび風芽と目が合う。すると、風芽は、真剣な表情で

 

「オレは、絶対にバレないよ。必ず、アーサーの代わりに、この世界を救う。だから、は絶対に守って」


 はっきりと──

 それでいて、どこか芯のある物言いで。


 そして、その姿に、その場にいた全員が息をのんだ。


 目の前にいる少年は、まだ10歳の子供だ。


 学力も体力も、魔力だってないこの少年のどこから、そんな自信が湧いてくるのか?

 

「は……威勢だけは、いいようですね。もちろん、約束は守りますよ。それではフーガ様。また就任式で、お会いしましょう」


 だが、ビンジョルノは、それすらも軽く笑い飛ばし、護衛と一緒に、その場から立ち去っていっと、二人だけになったあと、シエルは、風芽に気になったことを問いかける。


「約束って、なんですか?」


「んー、約束は約束。つーか、早く行こうぜ。パレード、楽しみだな~!」


 パタパタと駆け出していく風芽。

 それを見て、シエルは、何度目かのため息をついた。


「……先が思いやられる」


 どうやら、達者らしい。


 だが、そんな風芽の姿に、シエルの心労は、たまっていく一方だった。

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