第13話 路地裏の楽器屋


 それが、トライアングルの音だということは、ハッキリとわかった。


(……どこからだろう?)


 音に誘われるように、風芽は走りだす。

 ひらりとマントを揺らしながら、黄昏時の町をさまよう。すると


 ──チリン


 音が近くなってきた。


 その後、薄暗い路地を進み、その先の開けた場所にでると、そこには、古びた店があった。


 レンガ造りの小さな店だ。


 そして、店の窓から、そっと中を覗きみれば、そこには、たくさんの楽器が並んでいた。


 バイオリンに、フルート。

 スネアドラムに、トロンボーン。


(ここ、楽器屋さんだ)


 ドアノブを引くと、風芽は、さそわれるように中に入った。


 ぐるりと中を見回すが、人はいない。


 だが、その奥から、またトライアングルの音が聞こえてきて、風芽は、音の出どころを探ろうと更に奥へとすすむ。


 すると、やっとトライアングルを見つけた。

 だが、そこには誰もいなくて……


(すごい……音だけがなってる)


 誰もいないのに、音だけが聞こえた。

 まるで、魔法みたいだ。

 いや、魔法なのかもしれない。


 風芽は、夕日の照らされながらキラキラと輝くトライアングルに近よる。

 

 だが、その瞬間、音がやんでしまった。


 店の中はシンと静まりかえり、なんだが残念な気持ちになった。


 そして、たくさんの楽器にかこまれながら、ふと思ったのは


(そういえば、オレ……もう一週間もギターを弾いてない)


 日本にいた頃は、毎日のようにギターを弾いていた。

 飽きることもなく、ずっと。


 でも、この世界にギターはないらしい。

 異世界だから、しかたないのかもしれないけど──


(もう、弾けないのかな)


 その後、風芽は、スボンのポケットから『ピック』を取り出した。


 『ピック』とは、ギターをくための道具だ。


 薄く丸みを帯びた三角形をしていて、これで弦をはじき、音を奏でる。


 そしてこれは、ギターと一緒に、両親からプレゼントされたものだった。


「お父さんとお母さん、大丈夫かな?」


 そのピックを見つめ、風芽は、ぽつりとつぶやく。


 できるなら、早く帰りたい。

 お父さんとお母さんのもとに。


 でも、今は帰れない。

 英雄の代わりをすると決めたから。


 だけど、一つだけ心残りがあるとすれば、それは、妹のことだった。


「名前を決めてって言われたのに、決められないままだった」


 もうすぐ風芽には、妹が産まれる。


 そして、産まれてくる妹の名前を『風芽が決めていいよ』とお母さんにいわれていた。


 お父さんとお母さんは、なかなか決められないみたいだったから。でも……


「……産まれるまでに、帰れるかな?」


 正直、間に合うとは思えなかった。

 とてもとても、長い旅になりそうで。


 それに、もしかしたら、帰れないかもしれない。


 この世界で命を落としたら、もう二度と、家族には会えない。


 なにより、弱い自分は、シエルやリズに守ってもらわないと、簡単に死んでしまう。


 今の自分にできることなんて、をすることくらいだ。

 

 自信があるフリをして、大丈夫だってまわりに言い聞かせて、強くて頼もしい英雄のフリをする。


 でも、心の中は、いつも不安でいっぱいで……


「こんなに弱いオレが……英雄なんてできるのかな……っ」


 思わず、本音がもれる。

 弱い自分が、小さく悲鳴をあげる。


 でも、どんなに弱くても、どんなにみっともなくても、生きて帰りたいと思った。


 何年、いや、何十年たったとしても、また──家族に会いたいから。


 ──チリン


「……っ」


 すると、またトライアングルが鳴りだした。


 まるで慰めるみたいに、チリン、チリンと軽やかな音を奏でるトライアングル。


「……これ、どうなってるんだ?」


 だが、勝手になるトライアングルの仕組みが気になったのか、風芽は、そっと手を伸ばした。


 だが、その時──

 

「こら! 何しとるんじゃ!?」

「!?」


 いきなり怒鳴られて、風芽はビクッと肩を弾ませた。


 振り向くと、そこには、気むずかしい顔をしたおじいさんがいた。


 白髪でヒゲを生やした、70歳くらいのおじいさんが……

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