第14話 弾いてはいけない

「あ、ごめんなさいッ」


 そして、そのおじいさんと目が合った瞬間、風芽は、すぐに謝った。

 

 しまった!

 勝手に入って、勝手に楽器に触ろうとしてしまった!


「あ、あの、オレ……っ」


「それ以上、近づくな。ぞ」


「え!?」


 き、切り刻まれる!?

 トライアングルに!?


 意味がわからないことをいわれ、風芽は困惑する。


 すると、おじいさんも、風芽の前にゆっくり近づいてきて、さらに英雄の生まれ変わりだと気付いたらしい。


「あぁ、お前さん、どこの子かと思ったら、勇者様か……魔王を倒した英雄が、こんな店になんの用じゃ?」


 おじいさんは、ちょっと怖そうな人だった。


(……なんか、学校の先生みたい。それに、さっきの、聞かれてなかったかな?)


 思いっきり、弱音を吐いてしまった。

 しかも、はっきりと『弱い』などと口にしてしまった。


 もし、これでニセモノだとバレたれたら、死刑になってしまう!


 とはいえ、まずは謝らないと──


「あの、勝手なことをして、ごめんなさい。トライアングルの音が気になって」


「トライアングル? あぁ、お前さん、この音が聞こえたのか?」


「うん、オレ、耳はいいんだ!」


 にっこり笑って答える。

 昔から、音には敏感だった。

 

 それに、目で見て覚えるよりも、耳で聞きながらの方が覚えやすかったりする。


 だから、シエルがもってきたアーサーの本も、誰かが朗読してくれたら、覚えられそうなのに……


(まぁ、この世界に朗読するアプリはなさそうだしなぁ……それに、ギターもないみたいだし──え?)


 だが、その瞬間、風芽の視界に、が映りこんだ。


 店の壁にかけられていたのは、風芽にとっては、見慣れた楽器だった。


 夜空のように深い紺色のボディに、弦が6本。

 そして、それを見た瞬間、風芽は叫ぶ。


「お、おじいさん! あれだよね!?」


「はぁ? なんじゃ、そりゃ」


「アレだよ、アレ。あの壁にかかってるやつ!」


「あぁ、のことか」


魔楽器まがっき?」


 その言葉に、風芽は首を傾げた。


 ギターは、この世界では『魔楽器まがっき』と呼ばれているのかな?


 とはいえ、あれは間違いなくギターだ!


「おじいさん! あのギター、オレにかせて!」


「は? 何を言うとるんじゃ」


「ダメなら、買うよ! いくらするの!?」


「いくらって、あれは売りものじゃない」


「えぇぇ! なんでだよ! 楽器屋が、楽器を売らないって、どういうこと!?」


 食い気味にうったえるが、どんなに食い下がっても返事はNOだった。

 

 このおじいさん、全く売る気になってくれない!


 ちなみに、お金ならあるのだ。


 『これで、旅の道具を揃えなさい』と、国王様が、たくさんくれたから。


「なんで、ダメなの? 理由を教えて」


 その後、納得がいかないと、風芽は理由を問いかけた。


 すると、おじいさんは、しぶしぶと言った感じで、魔楽器について話し始める。


「あの楽器はな、なんじゃ」


「音?」


「そうじゃ。その音は、強靭な刃のようにもなれば、時には、矢のようにもなる。普通の楽器よりも、繊細で美しい音色を奏でるが、その代わりに、一つ、弾き方をまちがえれば、その音に、奏者自身が、にされる」


「え!?」


「だから、この楽器を扱えるものはおらんし、弾いた者は、ことごとく死んでいった。つまり、なんじゃ」


「……っ」


 その話に、風芽は、息をのんだ。


 ギターかと思ったけど、普通のギターじゃなかった。それどころか、とんでもなく恐ろしい楽器だった。


(そうか。だから……売れないんだ)


 売ったら最後、その客が、死んでしまうから。

 

 でも、すごく危険な楽器だということは理解したはずなのに、不思議と心が震えた。


 これしかないと思った。

 オレが強くなるためには、この魔楽器を使いこなすしかない!


「分かった! 買います!」


「そうか……て!? お前さん、ワシの話きいちょったか!?」


「うん、聞いてた。上手く弾けなかったら死ぬんだろ! でも、弾きたい! それに、俺ならできるよ! オレ、ギターだけの扱いだけは、誰にも負けない!」


 真剣な表情で訴える。


 勉強も運動もできないが、ギターだけは、誰にも負けない自信があった。

 何より、これだけは、絶対にひけない。

 

「お願いだよ、おじいさん! オレ、シエルとリズに守られてばっかりは嫌なんだ! それに、嘘もできるだけつきたくない! だけど、そのためには、オレ自身が、強くならなきゃいけない! だから、お願いします! 俺に、この魔楽器ギターを弾かせてください!!」」


 夕陽が照らす楽器屋は、とても静かだった。

 だが、その静かな店の中で、風芽の声は、よく響いていた。


 なにより、一音、弾くだけで、死ぬかもしれない狂気の楽器。それにもかかわらず、風芽の目は、やる気に満ちていた。


 そして、その瞳には、不思議と魅了されてしまった。熱くゆらめく瞳は、まさに、英雄の目に、ふさわしいと思ったから──


「はぁ……まぁ、勇者様の頼みなら、しかたない」


「ホント!?」


「あぁ、それで、お前さん、は、いかほどだ?」


「え?」


 だが、その言葉には、思わず目は点になる。


 魔力値??

 そういえば、ビンジョルノさんが言ってた気がする。


 オレの魔力値は、測定不能。

 つまり、全くの『0』だって──


「えーと……魔力値は、その……あまりというか……なかったら、どうなるの?」


「どうなるって、魔楽器は、弾く楽器じゃ。魔力がなかったら音すら出んわ」


「えぇ!?」


 ウソだろ!?


 つまり、この魔楽器ギターを買ったとしても、魔力のないオレには、弾くことすらできないってこと!?

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