【第1章】小学4年生の英雄

第1話 異世界からきた少年


「うわぁ!! いきなり何すんだよ!?」


 ここは、異世界。

 名を『ユース・レクリア』


 そして、その世界の南に位置する『アステラ王国』の王城では、朝も早くから、少年の声が響いていた。


「なぁ! オレ、まだ飯の途中なんだって!」


「何をおっしゃっるのです、様! 10時から就任式が始まると言ったでしょう! それなのに、いつまでも、のんびりとお食事をなさって!」


「だって、ここの飯、めちゃくちゃ美味いんだもん」


「当たり前です! 国王様と王女様におだしするものと、全く同じものを召し上がっているのですよ! 最高級の食材に、優秀なシェフたち! これで、美味しくないわけがないでしょう!?」


「へー、そうだったんだ。勇者って、すごいんだな」


「そうです! あなたは凄いんです! なぜなら世界を救った英雄なんですから!──て、こんなこと話をしてる場合じゃないわ! さぁ、早く連れて行って! お支度を整えてなくては!」


 ひょいと、ガタイのいい兵士にかつぎあげられた少年は、その後、小太りのメイドにかされるまま、城の中を運ばれていく。


 ちなみに、今、抱えられているこの少年の名前は──矢神やがみ 風芽ふうが


 一週間前、この世界にやってきた異世界の少年だ。


 『異世界』とは、ここ『ユース・レクリア』とは、別の次元に存在する世界。


 そして、少年が暮らしていた世界の名前を『地球』


 更に、その地球の中の小さな国『日本』から、このユース・レクリアの地にやってきた。


 年齢は10歳だ。

 日本では、小学4年生として学校に通っていた。


 勉強は、あまり好きではないらしく、かといって、運動が得意なわけでもない。


 体型は小柄で、どちらかと言えばチビの方。


 まぁ、簡単に言えば、どこにでもいそうな普通な少年だった。


 仮に一つ、違うところがあるとすれば、髪が長いことだろうか。


 風芽は、背中の中間くらいまである長い黒髪を、後ろでひとつにまとめて、三つ編みにしている。


 だからか、兵士が廊下を走るたびに、風芽の細い三つ編みが、ひょこひょこと動くのだ。


 ──バタン!


「さぁ、勇者様! 今すぐ、お召し物を脱いでください!」


 その後、部屋に運び込まれた瞬間、メイドが、ふんと鼻を鳴らしながら、そう言った。


 ここは、アステラ王国の国王が暮らす城。


 そして、この部屋は、その城の中で、もっとも豪華な客室だった。


 高い天井に、広々とした室内。

 ふかふかのベッドに、見晴らしの良い景色。


 そして、この客室は、風芽のためだけに宛てがわれた『勇者専用の部屋』だった。


「え? 脱ぐの?」


 だが、いきなり『脱げ』といわれて、風芽は首をかしげる。


「はい! 今から、に着替えていただきます」


「ゆうしゃふく?」


「「フーガ様~! お待ちしておりました~!」」


 すると今度は、奥のドレスルームから、スーツ姿の仕立て屋たちが、一斉に衣装を運んできた。


 ズラ~~っと、部屋の中央に並んだのは、6体のマネキン。


 そして、そのマネキンには、多種多様な勇者服が飾り付けられていた。


 この国で、最も腕のいい職人たちが手がけた、最高級の勇者服だ!


「さぁ、勇者様。どれでも、好きなものをお選びください」


「え!? オレが選ぶの?!」


「はい。この勇者服は、このあと、就任式できる正装でございます。ちなみに、ここで選ばれた仕立て屋の店は、王室御用達の仕立て屋として名をせることになりますので、どうか、慎重にお選びください」


「え!?」


 なんか、サラッと、とんでもないことを言われた。

 この中から選ばれた仕立て屋の店が、王室御用達に?! なにそれ、責任重大そう!?


「「フーガ様! この度は、勇者就任式典の開催、おめでとうございま~す!」」


 すると、仕立て屋たちが、一斉に祝いの言葉をかけたかと思えば、その後、ズズイッと風芽につめよってきた。


「フーガ様! まずは、こちらのマントをご覧下さい! 魔法職人が、一針ずつ魔力を込めて作った一級品でございます! 雨風を通さぬばかりか、真冬でも暖かく」


「フーガ様! マントも大事ですが、長旅で一番大事なのは、やはりブーツでございましょう! 私のブーツは、いくら歩いても疲れにくい軽量設計! しかも靴底はゴムでできておりまして、滑りにくいうえに、いざという時のふんばりはピカイチで」


「ちょっとあなたたち、抜けがけしないで! 勇者様、こちらのベストをご覧下さい! ドラゴンのうろこを仕込んであるので、防刃ぼうじん対策カンペキ! 必ずや勇者様のお命をお守りして」


「ええぃ! 貴様ら、落ち着かんか! これだから、最近の若いもんは!?」


 風芽よりも、二十も三十も年上の大人たちが、自分が作った勇者服を選んで欲しいと、一生懸命になっている。


 だが、そうなるのも無理もなかった。


 なぜなら、風芽は、200年前に魔王を倒し、伝説となった英雄『アーサー・ドレイク』のなのだ。


 もはや、この国では、神にも等しい存在。


 そして、そんな人物に選ばれたとなれば、職人としての泊もつく。


「勇者様、どうかどうか、私の勇者服を選んでくださいっ! 実は私には、病に苦しむ母がおりまして」


「ちょっと、情にうったえるなんて卑怯よ! 勇者様、私には、七人の子がいるのです! なんとしても店を繁盛させ、我が子たちを立派な学校に」


「コラッ!! お主らには、職人としてのプライドがないのか?! 勇者様、ワシは、この仕事を最後に引退を考えとるんじゃが」


「「あんただって、情に訴えてるだろう!?」」


 だが、その後、仕立て屋たちは、さらにヒートアップし、このままでは、大ゲンカに発展しそうだった。


 というか、もう発展してるかもしれない。


(うーん……まいったなぁ)


 そして風芽は、頬をかきながら考え込む。


 この6種類の勇者服の中から、一つを選ばないといけない。すると、風芽は


「あのさ。それぞれの服から一つずつ選んで、いい感じに、見つくろってくれない?」


「「え? ひとつずつ?」」


「うん! だって、暖かいマントも欲しいし、滑らないブーツも便利そうだし。それぞれのイイとこ取りしたら、スゲー勇者服ができそうじゃん!」


 室内には、脳天気な声がひびく。


 だが、その後、仕立て屋たちは、それぞれの衣装に、改めて目を向けた。


「た、確かに、このブーツは最高だ。私には作れない!」


「何を言ってるんだ。君のこのマントなんて、魔力を込めて縫ってるっていうじゃないか! それに、彼女のベストだって素晴らしいよ! ドラゴンのうろこなんて、どうやって手に入れたんだい?」


「それは、私の夫がハンターなの。でも、私の技術なんて、まだまだよ。見て、この方の刺繍の美しさ。まさに職人技だわ」


「何を言っとるんじゃ、ワシの感性はもう古臭い。お主らの勇者服の方が、機能性を重視していて、今の世にあっとるじゃろう」


 わいわい、がやがや。


 いがみ合っていた仕立て屋たちが、お互いの衣装を褒めたたえる。


 誰だって、得意なこともあれば、苦手なこともある。そして、それは、同じ分野で成功した達人たちも同じだった。


 すると、それまでいがみ合っていた6人の意思が、やっと一つにまとまったらしい。


「「かしこまりました、フーガ様! 我ら6人の総力を持って、最強の勇者服を仕立てて差し上げます!!」」


「おぉ、よろしくな!」


 どうやら、彼らの職人魂に火がついたらしい。

 

 横にたつメイドは『間に合うのか?』と、苦い顔をしていたが、風芽は、ソファーの上で、あぐらをかきながら、のんびりと待ったのだった。

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