起きて欲しい高確率ってのは、高確率で起こらない

 店員には謝り倒し、なんとか事なきを得た。

 力にものをいわせて垂直に持ち上げたことが功を奏し、コードが断線しているわけでもなく、中の物が崩れたわけでもなかったのがせめてもの救いだった。

 ただし、今後あのコンビニを利用し辛くなったのはかなり痛手だ。


「俺はもの凄く不安だよ。家でも余分なことをしでかすんじゃねぇかとな」


 二人に注意喚起を促すが、神楽夜は伸縮タイプのストローを上手く扱えずにひたすら空気音を鳴らしており、ライチに至っては百八十円もするミファチキを一口で頬張りやがった。

 これは家に戻ったら完全に休むだけくらいにしておかないと、こいつらまたなにかやらかすオーラがマックスだ。

 律儀に家まで待つ必要もねぇ、そろそろ本題を切り出すか。


「なぜお前達や他の異世界人が俺をつけ狙うのか、そろそろ教えてくれ」

「それは主が妾のタイプじゃからだと言っておろう?」


 視線をストローから外すことなく答える神楽夜。

 その所作はなにか都合の悪いことを隠していて、後ろめたいからだと捉えられる。


「お前が同級生としてずっとこの世界に潜伏していたとかならぎりぎり納得出来る理由だが、お互い夕方が初見だろ。それともお前の世界には、こっちを覗く望遠鏡でもあるのか? そうでないなら本当のことを教えてくれ。ことと次第によってはそっちに行かないまでも、力になれることがあるかもしれないだろう」


 半分は真実を引き出すための誘い文句。しかし今日出会ったばかりの二人だが、友好的に接してくるこいつらに対して全く情がないと言えば嘘になる。


「初見でないのは本当なんじゃがの……まぁ正直に教えない理由を話すなら、主がそれを知ると余計妾達の世界に来てくれなくなる可能性が高いからじゃ。だから深く考えず、ただ妾への恋心で獣人界へ旅立つのが一番じゃ」


 滅茶苦茶言ってやがる。

 契約書にしっかり目を通されると困るからさっさと判子を押してくれと言っているようなもんだぞ。

 それに今以上に行く可能性が低くなるって、相当な理由じゃなきゃ説明がつかない。断然気になってきた。


「ライチはどうだ? 同じ理由だと思うんだが、教えてくれないか?」


 ライチには恩を売ってこそすれど、なにをしてもらったわけでもない。

 ずるい考えかもしれないが神楽夜とライチを比べた場合、自分に不利になりそうな情報だとしても教えてくれそうなのは圧倒的に後者だ。


「本当は伝えちゃいけないって言われているんだけど、命を助けて貰ったようなものだからね。いいよ、教えてあげる。それはツクシ君が幸運を呼ぶ存在だからだよ」

「あ! こら、まだ伝えてはならん! 妾の魅力にメロメロになり、妾なしでは生きていけない身体になって、契りを結び子を成し、その子が大きくなってきたタイミングで妾から申し訳なさそうに真実を話すんじゃ! じゃがその時ツクシはおそらく、そんな理由じゃない。俺は神楽夜を愛しているから望んでこの世界に来たんだよ、なんて……もう……くぅううう!」


 幸運を呼ぶ存在? 曖昧過ぎてよく分からないな。


「とりあえず神楽夜はちょっと黙っててくれ。ライチ、もう少し噛み砕いて教えてくれないか?」

「そのままの意味。ツクシ君が居ると、周囲の人達は幸せになるんだって。しかもツクシ君の場合、その世界単位で」

「そこまで言ってしまいおったか、軽率な。そんなことを伝えたら是が非でもこの世界に残るに決まっておるじゃろう」


 いやいや。全然理解出来ていないし、納得出来ていないぞ。

 だってもしその話が本当だとして、なぜ今俺は貧乏で親も居ないんだ?

 俺には効果がなく周囲だけに効果が及ぶと仮定しても、世界単位を幸せに出来るほどの力なら一番近い存在のツララやスイカ、モミジが恩恵を受けていないのはおかしいじゃないか。

 大体俺は人間同士から生まれた、血統書付きの人間だ。

 こいつらの言う幸運を呼ぶ存在ってもしかして占いとか呪いとか、そういうスピリチュアル的な話なのか?

 世界同士を行き来する結界を張れるほど発展している異世界でも、まだそういう儀式的な事が権威を持っているとは少し考えづらい。

 だが、俺自身が幸運を呼ぶ能力を持っているのではなくそういう招き猫的な存在なのだとすれば無理矢理納得出来なくもない。

 ただそうだとしたら、今度はその為だけにここまでの人数がわざわざ誘致しにくるものなのだろうかという疑問が残る。それぞれの世界によってもシンボル的な扱いの重要度は異なるだろうしな。


「はぁ……仕方ない。本当は子が成長するまで黙っていたかったが、ここまで話してしまったなら妾のほうから詳しく教えてやろう」


 理解に苦しむ俺を見て声をあげる神楽夜。


「ただし! すむーじー? だけでは対価が足りんな。教えるのは、チャーハンと唐揚げなるものを食べた後じゃ!」


 その言葉に反応し、なぜかさっきまで素直に教えてくれていたライチが今日一番大きく首を縦に振った。



 立ち寄ったドレミファマートが家から一番近いコンビニなので、それからほどなくしてようやく我が家が見えてきた。

 実際は家を出てから七時間も経過していない。だが道中が波乱万丈すぎて、何日ぶりかに帰って来たような錯覚を覚える。

 こんなに自宅に安心感を覚えたのは母さんが生きていた頃以来かもしれない。

 一階の灯りは当然消えており、二階にあるツララの部屋の電気も消えている。

 よし。一階が騒がしくてもツララが降りてくることはまずあり得ないだろうが、寝ていてくれるにこしてくれたことはないからな。

 大きな音を立てないよう慎重に鍵を開け、玄関に足を踏み入れる。

 そして扉は開いた状態のまま、向かって右側にあるスイッチを手探りで探す。いつも触っているはずなんだが毎回場所を一発で探り当てられないのはご愛嬌だ。

 二、三度壁を擦った俺の指がようやくスイッチに辿り着くと、玄関からリビングにかけての通路が照明に照らされた。

 俺が、指に力を入れる前に。


「んー? おかえり、ツクシ兄ぃ。今日は随分遅いんだね、母さんのところにでも寄ってたの?」


 眠そうな目で瞼を擦りながら、はっきり俺を認識して喋りかけてきたのは上下スウェット姿の長女スイカだ。俺より一瞬先に電気を点けたのも間違いなくスイカだろう。

 って、ちょっと待て。マジか!


「お、おう! あっ、やべ! バイト先に忘れ物したから取りに戻――」


 咄嗟になんとかこの場を離れようと試みたが、後ろに続いていた二人は当然スイカの存在など露知らず、俺を押し戻す格好で我が家に足を踏み入れた。


「え……?」


 二人の姿を見て、再度瞼を擦るスイカ。同じ行動だが今回のはさっきと違い、眠さからくるものではなく信じられないものを目にしたからで間違いないだろう。

 スイカが二人を認識したということは、当然神楽夜とライチの二人もスイカを認識したということだ。


「お世話になります」


 まずはライチが律儀に頭を下げ、挨拶する。


「お初にお目にかかる……って、ツクシよ。よいのかや?」


 続けて神楽夜が遠慮気味に挨拶を交わした後、俺の顔色を伺う。

 いい――わけねぇだろ!

 かなり安全性が高いと踏んできたのに、考え得る中で最悪のパターンが初手できちまった。

 どんなタイミングだよ。一体なぜスイカは下りてきた?

 トイレなら二階にもある、わざわざ一階のものを使う理由が無い。

 喉が渇いたもあり得ない。こいつら姉妹は夜一階に降りるのが面倒くさいという理由でそれぞれの部屋に飲み物を常備しているからな。

 ようするに、完全なイレギュラーが起きたってことだ。今日この日に限って。

 つくづく運が悪すぎるだろ、誰が幸運を呼ぶ存在だって? 冗談だろ?


「落ち着けスイカ。これは夢だ、さっさと部屋に戻って寝よう。な? 明日も早いんだろ?」

「そ、そうだよね。ツクシ兄ぃが女の子を連れて帰ってくるはずないもんね、それも二人いっぺんに」


 微妙に心外な言い方だが、俺はこくりと頷くと神楽夜とライチの背中を押しゆっくりと家の外に出た。

 今のところスイカからのツッコミはない。あとは扉を閉めるだけだ。

 って、え? 嘘だろ。

 まさか通るのか、これ?

 ええいままよと仕上げにそっと扉に手をかけると、そのままこちらを見つめているスイカと目が合った。


「って、誤魔化せるわけないだろ! モミジー! 大変だ、ツクシ兄ぃが女の子二人も連れて朝帰りしてる!」


 ですよねー。


「馬鹿野郎! めちゃくちゃ語弊のある言い方したうえに、モミジまで起こすんじゃねぇ! それに朝帰りって、まだ日を跨いだばかりだろ!」


 俺は慌てて玄関を潜り、走って階段を昇るスイカを捕まえに向かったが時すでに遅し。

 ほぼ同等の足の速さを持つスイカに追いつけるはずもなく、階段を駆け上がる音は無情にも遠のいていく。

 終わった。一体誰に何をどう説明すればいいのか、考える気力もねぇ。

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