その通りじゃな

「剣術なんて心得あったの? それともどこかの世界の入れ知恵かな? まぁいいや、魔界の武器の方が優れているに決まっている!」

「どうかな。意外とブランド品よりも、安物の方が使い勝手良かったりするんだぜ!」


 実際異世界剣は、安物扱いしたのを訂正したいくらいの活躍を見せてくれている。

 たった今も相変わらず俺の眼が追いついていないのに、左側から迫る鎌を弾いたばかりだ。

 その後も幾度となく斬りつけてくるツララだが、俺も負けじとそれを捌き続ける。

 そして事態は、互いに攻撃を弾かず鬩ぎ合い。鎌と剣ではあるが、鍔迫り合いに近い様相を呈した。


「おいおい、そっちこそ大口叩いておいて能力ナシの俺と五分かよ。魔族ってのも大したことないのな!」


 俺は至近距離でも挑発を続ける。

 ここまでの戦闘で分かったこと。

 ただ捌けているだけで、おそらくこちらから決定打を与えるのは難しい。それをツララに悟られないように、少しでも判断力を奪うために。

 その間に考えるんだ。ツララより先に次の一手を。


「それ、本気で言ってるの? だとしたら教えてあげなきゃいけないよね。僕は高貴なる魔族で、兄さんは未覚醒の座敷童。ようするに役立たずのゴミだってこと!」


 瞬間、ツララの左側に生えている角が紫色に光った。それと同時に、俺の視界には背後から淡い紫色の光が差し込む。剣を握る俺の腕に、疲労からではない別種の汗が伝う。

 嫌な予感マックスだぜ。この不気味な鈍い光には見覚えがある。

 まぁ、振り向く余裕もないんだけどな。

 結局一手先を打ったのは、ツララ側だったということか。


「ふふ、一分もしないうちに下級魔族が現れ兄さんの手足を落とすだろう。その後はちゃんと僕が切り刻んであげるから、安心していいよ!」


 そう言うとツララは競り合っていた俺の剣を下方向にいなし、勢いをつけてもう一度鎌を振り下ろした。背後に気をとられ、その隙を突かれた格好だ。

 ――クソが。やっちまった。

 至近距離での強振に、剣は反応したが俺の握力が耐えきれなかった。

 異世界剣は俺の右手を離れ、軽快な風切り音を鳴らしながら宙を舞う。


「あはははは! まんまと嵌った、後ろが気になって集中力を欠いたんだろ? やっぱり持つべきものは強力なしもべだ。あぁ、卑怯だとか言わないでよ、召喚もれっきとした僕の力なんだから。ただそっちは圧倒的に不利なこの勝負を受けるなら、せめてなりふり構わず優秀な仲間でも連れてくるべきだったね!」


 勝ち誇ったように、ゆっくりと鎌を背中まで持ち上げるツララ。その表情は嬉々としており、振り下ろすのを躊躇することなんて有り得ないだろう。

 本日幾度目かの大ピンチだが、さすがにこれは終わったか。

 すまん親父、約束守れそうにねぇわ。

 ――って、そうなりゃツララとモミジはどうなるんだよ。

 しっかりしろ。悪足掻きでもなんでもいい。動けなくなるその直前まで、思考を止めるな。落とされても一番影響のない箇所を選べ。

 俺は自身の左腕を折り曲げて頭上に配置し、盾にする。

 出来るとは思わないが、振り下ろされる瞬間を受け止める事が出来れば少しは衝撃が和らぐかもしれない。

 俺は全神経を左手に集める。


「その通りじゃな」


 しかし俺の決意とは裏腹に、ツララの鎌が振り下ろされることはなかった。

 代わりにツララは凄いスピードで後方に思い切り吹っ飛んでいく。そしてその勢いのまま鉄製のサッカーゴールへ衝突。地面の土が弾け、砂埃を立てている。


 ……マジかよ。もしかして不運だけじゃなく、幸運ってのも連鎖する気質なのか?

 直前に俺が見たのは、ツララの腹を思い切り蹴り上げた影。尖った長い耳を揺らしながら、信じられない跳躍力で身長の数倍は跳ね上がっている。

 俺はそんなシルエットの奴を、一人しか知らない。


「神楽夜!!」


 俺の言葉に振り向くことで答えたその白い兎は、バク転の要領で舞うように着地した。


「主、魔族と一騎打ちなど自殺行為じゃぞ。せっかく妾とライチが――」

「助かったぜ神楽夜! 無事だったのか!」


 俺の身体は、思考より先に動きだしていた。おもわず現れた白兎を思いきり抱きしめる。

 モフモフとした柔らかな感触。それにこの耳の感度、間違いなく神楽夜だ。


「ひゃっ! ……あっ……んっ! ……耳はやめてぇ……って、主よ。二度も助けてやったのじゃから、少しくらい恰好つけさせてくれてもよいじゃろ!」

「ツクシ君、神楽夜。あんまり惚気てると首が飛ぶよ」


 しまった、背後の山羊頭! って、この淡々とした喋り方は――。

 地面を蹴り上げた衝撃で、ダボダボの袖が夜風になびいている。

 そのまま空中で華麗に開脚し、二体居る山羊頭の脳天に芸術的なかかと落としを決めた。鈍い音を響かせ、魔法陣から出てきたばかりだというのに崩れ落ちる山羊頭達。

 ――そして極めつけはもちろん、このバストサイズ。


「ライチ!」


 俺はライチの元に駆け寄り、神楽夜と同じように抱きしめる。すると、俺の身体を弾力があり心地良く柔らかい感触が伝う。ライチは特に気にする素振りもなく、俺の頭に手を置いてぽんぽんと叩いている。


「す、すまん! いかがわしい気持ちはこれっぽっちもなかったんだが」

「いいよ別に、ツクシ君なら」

「ちょっと待てライチ! それはどういう意味じゃ? まさかお主、妾のライバルになるということじゃあなかろうな⁉」

「おいおい、お前ら全然元気じゃねぇか。ただラブコメはもう少し後の方が良さそうだぜ、あの程度で魔族がくたばるとは到底思えない」


 新たに声のした方向に目をやると、そこには褐色の元気娘が立っていた。


「リュウカ! ありがとう、お前が二人を連れてきてくれたんだな?」

「三々波羅ツクシがここに居ると伝えたのはオレだ。ただ二人は既に戦闘を終えて、近くでお前を探していた」


 マジか? ってことは、本当に二人だけであの巨大な山羊頭を倒したってことか?


「ところで三々波羅ツクシ。待ってるんだがオレには抱き着いてこないのか?」

「リュウカ! お主までツクシをたぶらかすつもりかや⁉」

「……ラブコメはもう少し後なんじゃないの? とりあえずツクシ君、これ」


 ライチが手渡してくれたのは、光沢のある両斬りの剣身に目玉のような装飾が付いた鍔。先ほどツララに弾き飛ばされた異世界剣だ。

 俺はそれを受け取ると、両手でぎゅっと握り直した。

 俺の命綱、もう絶対に手放したりしねぇ。ツララは必ず俺が正気に戻す!

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