VS三々波羅ツララ

 道中、親父から色々な情報を手に入れた。

 まず、リュウカの言っていたウェイカーについて。

 ウェイカーとは世界の垣根を越えてどんな種族の能力も覚醒させちまう、チート野郎のことらしい。

 しかし別にウェイカーが居なくても、普通はそれぞれ世界内の種族同士で覚醒が可能なため、普段その希少性に見合うほど重宝はされない。

 ただ今回はレアパターン、同時期にイレギュラーである俺が生きていた。

 座敷童である俺の能力が覚醒可能だと知れば、各異世界が躍起になるのも無理はない。

 あとは、俺を拾った経緯だ。

 簡単に言えば魔界に攻め立てられた俺の親族が、なんとか俺だけでも逃がすために、ある種族の能力で狙われる可能性が低いこの世界に送り込んだらしい。

 妖界でたった一人だけ生き残り、今もこんな目に遭ってるんだ。感謝していいのかは正直分からないが、何故かこの話を聞いて少しだけ目頭が熱くなった。

 その他肝心のツララを拾った経緯や、母さんが死んでからもこいつが異世界を巡り続けていた理由。何故各世界に俺が座敷童であることがばれたのかなど、核心部分を優先して話さなかったのは実にこのクソ親父らしい。

 まぁその辺りはなんとなく想像が出来るし、わざわざ時間を使ってまで問い詰める必要はないか。

 俺達の目の前にあるのはもう、十世蜂高校の校門だしな。



 校内には少量の夜間灯が点いているが、それだけでは遠くまで見通すことが出来ない。

 だがかろうじて、校庭の奥に人間大の影を一つ確認した。


「ツララで間違いなさそうだな。とりあえずやれるところまでは俺一人にやらせてくれ」

「いや。やれるところまでというか、最後までお前一人でやるしかないみたいだぞ。ほら、あれ」


 親父が指さした方向は、第二校舎の屋上。


「あ? 一体屋上がなんだっていうんだ……って、なんだあれは⁉」


 夜間灯の位置関係上、屋上はちょうど影になっている。

 故にシルエットしか見えていないが、それでも分かるくらい尋常ではない量の影が蠢いている。


「普通に考えてマギャリオンと愉快な仲間達だろ。ツララが目的であるお前を呼び寄せたんだ、鴨が葱背負って歩いてきてくれるなら、向こうは鍋の用意だけしておけばいい。絶対に具を溢さないくらい大きな鍋をな」


 ちっ、そういうことか。

 だから親父は戦力を分散しないほうが良いと言ったんだ。


「すまん。ツララとモミジを連れ戻すことで頭が一杯で、そんな簡単な事に考えが及んでいなかった」


 俺だってもしもの時、モミジの身の安全だけでも確保できるよう最初はリュウカ、そして親父に同行を頼んだんだ。卑怯だとは思わない。

 しかし、魔王と呼ばれる存在に加えてあの物量。

 例えツララが自分でやるから手を出すなと伝えていたにしても、山羊頭の行動を見ると魔界勢は正々堂々なんてタマじゃない。

 俺がツララとモミジを取り戻した瞬間一斉に襲い掛かってくるか、もしくは途中だろうと隙を見せればお構いなしに乱入してくる可能性もあるだろう。

 一度退いて……いや、向こうも明らかにこちら側を認識しているこの状態で逃がすわけがない。

 ――この状況、何が最善だ?


「さてと、行ってくるわ。懐かしいな、学生時代よくあそこに隠れて煙草吸ってたんだよ」

「……え? 行ってくるってまさか、屋上にか⁉」

「おう」

「おう、じゃねぇだろ! はぁ⁉ あの数見えてないのかよ! ついに耄碌しちまったか?」

「がっはっは! そうかもしれんな、だがまぁたまには父親させろ。お前達に辛い思いをさせてきたは、勿論承知の上なんだ」


 今更のこのこ出てきたくせに、都合の良い時だけ父親面しやがって。

 本当に腹の立つ髭煙草だぜ。


「下には一匹たりとも通さないと約束しよう。その代わり、死んでも二人を助け出せ」


 二人を助け出せ、か。一応父親面してくるだけのことはある。

 そうだ。俺はモミジだけでなく、ツララも救い出さなければいけない。

 って、死んでもって言葉を使うのはどうなんだ? 俺は死んでもいいのかよ!


「本当に大丈夫なのか?」

「信用していいぞ」


 いやいや、この世で一番信用出来ない人物があんたなんだが。

 だが現状、これしか方法がないのも事実だ。俺が屋上に向かえば秒殺されるのは目に見えている。

 それなら多少の対抗策を持つであろう親父に時間を稼いでもらって、事が終われば加勢に向かう。

 元々この戦力差、薄氷を踏みにいくしか勝ち筋はない。


「死んだら葬式はあげねぇ。だから死ぬなよ」

「そっくりそのまま返すぜ。兄弟喧嘩で弟に負けて死ぬなんて最高にダサい終わり方したら、一生酒の肴にしてやるからな」


 クソ親父はそう皮肉を垂れると、颯爽と校舎の中に入って行った。

 それに追従するかのように物凄いスピードで何かが駆け抜けていった気がしたが、暗がりなのもあり気のせいかどうかは分からない。

 俺はそれを見届けると覚悟を決め、校庭の影に近づいて行く。


 近づくにつれて露になっていく影の正体。

 長い髪を前方に垂らし、頭に山羊のような角を生やした青年。

 それはやはりツララに違いなかった。


「おいおい。やっと部屋から出てきたと思ったら、妹を誘拐とかレベルの高い性癖披露してんじゃねぇよ。モミジはどこだ?」

「――やっぱりきたね、兄さん。僕達と妹達の血が繋がっていないことや、元々生まれた世界が違うこと。そして僕が魔王マギャリオンの息子であること。どうせ全部知ったうえで、それでも来たんだろ?」


 え、生みの親マギャリオンだったの⁉

 それは本当に知らなかったぞ、衝撃の事実過ぎる。ただしかしいくらなんでもこの場面でそこに突っ込みを入れるのは野暮過ぎる、知っていた体で進めよう。


「あぁ、当たり前だろう? ていうかお前その角、全く似合ってねぇんだよ。くだらねぇことしてないでさっさと帰るぞ」

「相変わらずのお人好しで苛々するよ。当たり前なんかじゃない、普通血縁関係もない人間を救うために命を懸けたりしないんだよ!」


 はい、俺にもそう思っていた時期がありました。

 実際それが結構いるんだよ、そういう奴。特に異世界人なんかに多いかな。

 って、それは置いておくとして。

 随分久しぶりに声を聞いたが、口は悪いし感情に任せて声を荒げたり。部屋に篭る前の大人しくて頭脳明晰なツララらしさゼロだな。


「そのお人好しで責任感の強いところ、ずっとムカついてたんだ。僕にないものを見せびらかされているみたいでさぁ! なんで兄弟なのにこんなに違うんだ、きっと父さん母さんが居なくなっただけで折れてしまう僕は、出来損ないなんだって何度も何度も悩んだよ。でも今はその答えが見つかってやっと安心出来た。赤の他人だっていうのなら似るはずがないもんね!」


 そもそも感情がコントロール出来ていないうえ、話に脈絡が無さすぎる。

 じゃあお前は俺がクソ人間だったなら安心して引きこもっていられたってことか? 違うだろ。

 ただ聞く限り、少なからず俺の存在がツララを追い詰めちまってた部分もあるわけか。でもツララ、俺になくてお前にしかないもの。

 些細なことにも気が回ったり、人一倍相手を思いやることが出来る。

 お前も俺が羨ましいと思うもの、沢山持ってるだろうがよ。


「なぁ、覚醒したせいでそんな風になっちまってんのか? 本来の優しいツララはどこに行った?」

「うるさい! お前の知っている僕が本来の僕じゃないんだ、僕は気高き魔族! 魔界に優しさなんて必要ない、欲しければ奪い取るだけだ!」

「それならわざわざモミジをダシにこんなところに呼び出さなくても、さっさと俺を攫っちまえばよかっただろう」

「黙れ! 黙れ、うるさいんだよ! 僕に指図するな、僕がお前をこの手で壊したいと思ったから呼んだだけだ! 僕の方が優れていると理解させる為にね!」


 やはり相当に支離滅裂だ。

 俺を殺したいのか、俺の能力を利用したいのかどっちなんだ。合理性を著しく欠いた言動に、高圧的な喋り方。

 魔族の破壊衝動ってやつは、人格まで変えちまうもんなのか?

 いや。もしかしたら本人が言っているように、覚醒した状態の今こそツララ本来の性格……なんて、死んでも思いたくないね。


「ごちゃごちゃ御託を並べてないで、俺にムカついてんならさっさとかかってこいよ」


 数度言葉を交わし、今のツララ相手に最早話し合いが意味を成さないと判断した俺は、ツララを挑発する。


「ただの人間と変わらない未覚醒状態のくせに、魔王の血統相手によくそんな大口叩けるね。いいよ、望み通り殺してあげる。いや、殺しちゃったら座敷童の能力を活かせないか。まぁいいや、どっちでも!」


 そう言うとツララは、どこから取り出したのか分からない大鎌を構え一直線に向かってくる。

 このシルエットは魔王というより、死神のそれだな。一気に距離を詰めにかかるツララはもの凄いスピードだが、俺はそれにぎりぎりで反応する事が出来た。


 そして、右手で背面に隠していた剣を抜く。

 初手から切り札だ。

 ジョーカーを温存したままやり合えるレベルじゃねぇのは百も承知。


 道中、親父に渡された異世界産の剣。

 こいつは相当なシロモノで、ある程度は持ち主の意に沿って剣自体が自動で戦ってくれるらしい。

 実戦はおろか剣道すら授業でしか経験のない俺だが、本当に大丈夫だろうか。

 ある程度という曖昧な表現も怖い、だが頼れるものはこれだけだ。

 あとは祈るしかない。

 ええい、ままよ!


 直後、ガキン! と金属同士がぶつかる小気味の良い音が開けた校庭にこだまする。

 目の前には、衝撃で一歩後ずさるツララ。


 ――止めたのか?

 止めた、止めたぞ!

 ハッキリ言って向こうの刃筋は全く見えていなかったのに。

 よし! これなら戦り合える!

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