そんなこと聞く奴、いねぇよ!

「そこから先は俺が説明しよう。リュウゾウの娘だな? 遅くなっちまってすまん、うちのガキ共が世話になった」


 姿を現したそいつは無精髭を生やした口元で煙草を咥え、呑気に鼻から煙を吐いてやがる。

上はジャケットなのに対して、下は短パンという季節感皆無の服装。見覚えのあり過ぎるその風貌、顔立ち、立ち振る舞い。

 リュウカが構えを解き嬉しそうに挨拶を返している最中、俺は大きくため息を吐いた。

 ……マジかよ、最悪だ。

 はっきり言って山羊頭よりタチの悪いのが出て来ちまった。


「てめぇ、クソ親父! どのツラ下げてきやがった!」

「おいおい、随分な挨拶だな。約一年振りの親子対面だぞ?」


 謎の扉から姿を現したのは、俺の父である三々波羅シキだった。

 異世界人の変装や罠なんて可能性は皆無だ。この人を舐めくさった言動と雰囲気は、本人以外絶対に再現出来ない。

 とりあえずマジで殴りかかりたい衝動が凄まじいが、ここは俺が冷静になるしかないだろう。こいつのペースに釣られていたら、話を聞く前に俺の血管がぶち切れてしまう事必至だからな。


「どうして俺とツララが実子でないことや、自分がゲートマンであること。母さん、スイカ、モミジが人間でないことを隠してた?」

「隠してたわけじゃない、特に聞かれなかったから答えなかっただけだ。それにお前の父親は俺で母さんはシキ、兄妹はツララとスイカにモミジだ。それは変わらない」


 あまりにもすっとぼけた解答、やっぱりこいつ完全に舐めくさってやがる。


「親父に異世界飛び回ってますか? 母さんや俺達兄妹は人間ですか? 誰と誰の血が繋がってますか? なんて聞く奴、いねぇよ!」

「がっはっは! それもそうだな。上手い事言うようになったじゃないか」


 駄目だ、会話にならん。自由気まま過ぎるというか、相変わらずライチなんて比べ物にならないくらいのマイペースだ。

 こいつが出て行く日も、俺は恥を忍んで弟妹のために縋ったのを覚えている。だがたった一言、お前達なら大丈夫だと言い残し平然と出て行きやがった。


「道中リュウゾウに会った、大体は把握しているつもりだがとりあえず現状を教えてくれ。話はそれからでいいだろう」


 俺は煙で輪っかを作りながらそう宣うクソ親父に、溢れ出る怒りをなんとか堪えながら状況を説明した。


「そうか、ツララだけでなくスイカも覚醒したか。出来る限りまで人間として平穏に暮らしてくれればそれが一番良かったんだが、まぁ想定の範囲内だ。いっちょ家族を取り戻しに行くか」


 親父はそう言うと左手で髭を撫でる。覚醒という表現、やっぱりツララは魔族確定なのか。


「親父もゲートマンだかなんだか知らんが、結局異世界転移が出来るだけの只の人間じゃねぇのかよ? なんでそんなに自信満々なんだ」

「いや、お前に言われたくねぇよ。お前なんて覚醒出来ないんだから戦闘能力ゼロだろ」

「あぁ⁉ 覚醒さえしちまえば無敵の能力だろうがよ!」


 人が気にしていることを、遠慮なしにズバズバ切り込んできやがる。

 本当にうざったいことこの上ない。俺だってほぼ役に立てないことくらい分かってる。

 ただ、どうしても俺が行かなきゃならねぇ。

 だって俺は、ツララの兄貴なんだから。


「横槍を入れるようで悪いが、三々波羅シキは多分強いぞ。いくら人間とはいえ幼い頃から異世界を渡り歩いているんだから、各世界の武器や知識を相当なレベルで使いこなせるはずだ」


 ちっ、リュウカまで。

 って、ごく当たり前の意見を述べているだけか。

 俺もどうでもいいプライドなんて、さっさと捨てちまおう。


「それだけ強いなら俺と一緒に学校へ向かってくれ。親父」

「だからそのつもりだって言ってんだろ。さっきの話の続きは道中でしてやるよ。さぁ、そうと決まれば善は急げだ。さっさと行くぞつくしん坊、リュウゾウの娘!」


 煙草を潰しながら煽る親父に、こくりと頷き肩を回すリュウカ。

 だが。


「ちょっと待て、俺は親父に同行を頼んだんだ。リュウカ、頼み事ばかりで本当に申し訳ないが、引き受けてくれるのなら別件で頼みたいことがある」

「え? なんだ?」


 勢いを挫かれたリュウカは、きょとんとした顔で首を傾げる。

 俺が犬死にする事は二人の行為を無駄にすることだと言い聞かせてリュウカと学校に向かおうとしていたが、もう一人助っ人が参戦してくれるなら話は別だ。戦闘能力が未知の親父より、その強さを目の当たりにしているリュウカに頼みたい。


「俺と猪瀬を逃がすために、危険な役目を担ってくれた奴らがいる。獣人界の月兎族と、霊界のキョンシー族だ。そいつらのところに行って無事を確認して欲しい。もしまだ戦闘中なら、力を貸してやってくれないか」


 ずっと気にかけていた神楽夜とライチ。

 本来の目的とは全く関係のない二人の救援を、リュウカは引き受けてくれるだろうか。


「なんだそれ、そいつら滅茶苦茶恰好良いな! 任せろ。そんな奴らを更に助けたら、オレは最高にヒーローじゃん!」


 会ったこともない人間、もとい異世界人のために即決かよ。

 俺からしたらお前が一番格好良いよ、リュウカ。


「ありがとう。二人を頼む」


 それから簡潔に二人の特徴と別れた場所を伝えると、全速力で駆けだしていったリュウカ。その走力はサラマンダー父と親子関係なだけあり、相当なものだ。


「貴重な戦力分散して大丈夫なのか? リュウゾウもしばらくは周辺住民に危害が及ばないように、山羊頭退治に勤しむといっていたぞ」


 さっきから言ってるリュウゾウって、やはりサラマンダー父のことか。めっちゃ見た目と雰囲気にぴったりな名前持ってるな。

 そしてリュウカの親父なだけあって、滅茶苦茶良い奴じゃねぇか。

 此の親にして此の子ありってのは、どうやら全異世界共通らしい。


「兄弟喧嘩だ、親はともかく他人を巻き込むのは野暮ってもんだろ?」

「はっ! 言うねぇ! いいだろう、俺が親としてお前らの兄弟喧嘩の行く末を見守ってやる!」

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