エピローグ

新たな日常

「おい、それは俺が育てた肉だぞ!」

「妾が育てておいたエリンギもなくなっておる! ライチ、お主いい加減にせいよ!」

「あ、ごめん! エリンギはオレが喰っちゃった」

「モミジのご飯、やっぱり美味しい」


 あれから一ヵ月近くが経った。

 俺はすぐにでも覚醒してこいつらの世界に向かうつもりだったが、毎日絶やさず二時間共鳴を行っていても未だに能力は覚醒していないのが現状だ。

 神楽夜曰くウェイカーは相手の能力の強さにより共鳴をする時間が増減するらしいが、俺の能力ってたしかその世界丸ごと巻き込むレベルなんだろ?

 基準は一切分からないが、もしかしたら数十年単位でかかってもおかしくないんじゃないだろうか。

 それまでの間、こいつらは全員こっちの世界に居るらしい。

 特に急ぎでもないし、俺の能力が覚醒した時すぐ動けるようにという理由らしいが一体どれだけかかるか本当に分からんぞ。

 ちなみにモミジの覚醒によってライチの腕は無事くっつき、今も両手で箸を持っている。右手は肉関連、左手は野菜関連を鍋から掬うその動きはかなり機敏だ。

 後遺症などもなく元通りになったのは素直に嬉しいが、阿修羅像かこいつは。

 あとは親父とリュウゾウさん。

 親父は家に戻って来こそしたものの、毎日リュウゾウさんと異世界を飲み歩いている。リュウゾウさんもリュウゾウさんで大概自分の世界に帰らなくていいのだろうか。なんかマギャリオンにサラマンダーの長とか言われていた気がするが、気のせいだったのか?

 それでも親父の帰還により、金銭的には多少潤った。だが、新たにこいつら三人を抱えたので結局経済状況はそう変わらない。無論俺は、今もバイトに精を出している。

 そして一番変化があったのは、もちろんツララだ。

 もう部屋に引きこもることもなく、今もうるさい食卓を笑って眺めている。

 来週からバイトをしながら夜間で通える高校を探すらしいが、一年近くのブランクがあるので兄としては心配だ。せめてバイトに慣れるまではそっち一本でもいいんじゃないかと進言したが、本人曰く遅れを取り戻したいらしい。

 まぁ、ツララ本人がそうしたいと言っているなら止める権利はないからな。

 ただそのバイト代はしばらくこの極潰し共の食費に消えてしまうとなると、不憫だ。こいつらにも近いうち働いてもらわなきゃならんな。ただ、ライチやリュウカは誤魔化せるかもしれないが、神楽夜に至ってはコンセプトカフェ以外難しい気がする。

 あともう一つツララに対して不安だったのは、クソ野郎とはいえ実の父親を失ったことによる精神的ダメージだった。だが、マギャリオンの支配から逃れたツララにそんな心配はいらなかったようだ。


「おっ、もう六時だよ。そろそろ準備しないとね」


 そうか、今日は蜂乃神社で祭りがあるんだったな。

 神楽夜と初めて会ったあの神社だ。

 魔界の襲撃は表向きにはカルト集団のテロと報道されているため、魔界がどうの異世界がどうのは一般に一切知れ渡っていない。

 あれだけの被害を出したというのに、これには驚いた。だが親父や神楽夜の話では、まだほとんどの人間が異世界の存在を認知していないこの世界には、警察や政治に介入しているそういう自警団的な存在がいるようだ。

 しかしそれなら、尚更勝手に世界を行き来している親父はどうなんだという話だがな。でもいくら事件の真相が明かされなかったとはいえ、多くの死傷者を生んだ事件なのは間違いない。

 加えて実際に山羊頭を目撃している人だって何人もいるわけだし、起きた事実を完全に揉み消すことは不可能だ。

 ネット界隈では未だに十世蜂市で百鬼夜行があっただの、悪魔召喚の儀式があっただの、集団催眠が起きただの。そんな話題で持ち切りらしいからな。

 それゆえ事件からたった一ヵ月で祭りを開催するのはどうかという意見も多くあったみたいだが、例年通り祭りを楽しみ前向きに生きようという、地元住民からの強い要望で開催される運びとなった。

 まぁ実際にこいつらも全員が楽しみにしていたし、俺はそれでいいんじゃないかと思う。


「浴衣着たい子は集合してね。お母さんが昔趣味で集めていたから、全員分あるよ」

「妾は普段着が似たようなものじゃからの。でもまぁその、ツクシがたまには違う姿を見たいと言うのなら、考えぬこともないが……」


 もじもじと指を動かし、俺の方をちらちら見ながらアピールしてくる神楽夜。

 どうせ自分が着たいだけだろ。

 まぁ一ヵ月も行動を共にすれば、もうこいつの扱いも慣れたもんだ。


「いいんじゃないか、こういう時くらい違う格好でも」

「そ、そうか! それなら妾は浴衣を着るぞ!」

「はーん。三々波羅ツクシ、浴衣が好きなんだ? ならオレも着ようっと!」

「……私も浴衣、着る」

「なっ! お主らは普段着で良いじゃろ! 特にライチなんかに隣におられたら、妾が映えなくなるではないか!」


 正直言って神楽夜の言う通り、ライチの浴衣は一番見てみたい。

 だがそんなことを口にすれば鉄拳がとんでくるのは確実なので、間違っても口にはしないでおく。


「あっはっは! ツクシ兄ぃ、モテモテじゃん」

「お前が言うなお前が、学校一モテてるくせに。ていうか準備してるけど、もしかしてスイカも浴衣着るのか?」

「え? あ、おう。その、皆着るみたいだしせっかくならな! いいだろ別に、私だって女なんだから!」

「嘘つけ。お前そういう堅苦しい服装嫌いだろう」

「……」

「……猪瀬だな?」

「ちっ、違う! 確かに猪瀬くんとは会場で会う約束をしているけど、それとこれとは話が別!」


 いや分かりやすすぎるだろ、こいつ。

 でもまぁ猪瀬には今回の件でかなりの借りが出来ちまった。一概に接触を絶てなどとは口が裂けても言える立場ではないな。



 会場である蜂乃神社を訪れると、既に調子の良い太鼓が鳴り響き、甘い匂いと喧騒でかなりの賑わいを見せていた。そこまで大きな神社ではないが、それに比例せず集まっている人数が例年に比べかなり多い。

 おそらく半分は活気を求めた地元住民、そして残り半分は例の事件に関する野次馬やメディア関連ってとこだろう。

 まぁでも祭りは単純に人が多い方が盛り上がる。変な勘繰りはせずに、今日は俺も純粋に楽しむとするか。

 俺達は鳥居を潜り、祭りに溶け込む。

 神楽夜が座っていたあの鳥居だ。たった一か月前のことなのに、随分懐かしく感じるな。俺はあの日を思い出しながら、周囲を歩く異世界人と兄妹達に目をやる。

 神楽夜は赤、ライチは黒、リュウカは水色。そしてスイカとモミジはピンクの浴衣で揃えたみたいだ。浴衣姿の人数の方が多いので、傍からすれば普段着の俺とツララの方が浮いて見えるかもな。


「おーい、三々波羅御一行!」


 到着してすぐに声をかけてきたのは、茶髪ピアスに甚平姿の、和風なのか洋風なのかよく分からない男。


「勝手に水戸黄門みたいなパーティー名を付けるな。猪瀬」

「いや、お前ら目立つから探すのに手間がかからなくていいわ――って、ちょっと待て! なんだその凶器は!」


 猪瀬はライチの浴衣姿を見て、思わず口元を覆いしゃがみ込む。

 馬鹿め、かかったな。


「ちょっと猪瀬くん? それより先に褒めるべきところがあるんじゃないかな?」


 顔には笑顔が張り付いているが、スイカのサンダルを履いたその足は猪瀬の足の上でぐりぐりと円を描いている。


「いや、違うんだ。スイカちゃん、凄く似合ってるよ。綺麗だ」

「褒めるなら何が違うのか、説明してからに。しろっ!」

「ぐふっ‼」


 スイカの右ストレートをもろに鳩尾に食らい、再びしゃがみ込む猪瀬。

 よし、今の内だ。

 俺も皆の視線が痛くて直視出来ていない、ライチの浴衣姿。

 正面から拝むなら、猪瀬に注目が集まっている今しかねぇ!

 俺はマギャリオンに突っ込んでいった時並の速さで後ろを振り向いた。

 しかし既にそこにライチの姿はなく、あったのは瞳を黒くしてこちらを睨む神楽夜とリュウカの姿だった。


「主よ、何を見ようとしておったのかの?」

「まさかとは思うけど、猪瀬と同じ轍を踏むなんてこと、しないよな?」


 遠目に見えるライチは、モミジとツララを連れてりんご飴の列に並んでいる。注目するのは痴話喧嘩より食べ物、実にライチらしい。

 そしてこの二人には、俺のとりそうな行動はお見通しだったってわけか。

 ふぅ、やれやれ。


「ライチのおっぱい見ようとしてたけど、なにか?」


 もう言い逃れなど出来ないことを悟った俺は男らしく、正直に真っ直ぐ言葉を紡いだ。

 ――この後俺がどうなったかなんて、聞く必要もないよな?



 各々存分に祭りを楽しんだ俺達は、この後午後八時から打ちあがる花火を待っていた。祭りのメインイベントだ、既に近くて見やすい場所は人でごった返している。

 俺達は会場から少し離れた歩道橋に居た。

 皆臨場感を求めて中央に集まっていくが、ここからでも結構綺麗に見えるんだ。地元民だけが知る特等席ってとこだな。


「花火って何、食べ物?」

「違うよライチさん。とっても綺麗で、見ると素敵な気分になれる魔法みたいなものだよ」

「なんだか危ない薬みたいな表現になってるよ、モミジ」

「ち、違うもん! そんなつもりで言ってないもん!」

「お、始まるみたいだぜ?」


 猪瀬の言葉通り、数秒後に花火は打ち上げられた。

 パン、と小気味良い音と共に爆ぜるそれは、モミジがそう表現するのも無理はない。

 とても鮮やかな華が夜空を彩る。


「すげー! マジで綺麗じゃんかよ!」

「本当だ。花火なんて久しぶりに見たけど、迫力あるね」

「うん、凄い。まるで空に浮かぶわたあめみたい。美味しそう」


 リュウカ、ツララ、ライチがそれぞれ三者三様の感想を漏らす。


 ――あれ、そういえば神楽夜はどこいった?

 きょろきょろと神楽夜を探す俺の唇に、突然いつかと同じ柔らかい感触が伝う。


「なっ……! 神楽夜てめぇ!」

「ふふ、どうせ皆花火に夢中で見ておらん。主はライチの胸ばかり見おるんじゃ、このくらい許せ。な?」


 そう言うと俺の手を掴み、向かい合わせで夜空を見上げる神楽夜。

 観念して俺も一緒に夜空へ目線を移す。

 するとそこにはちょうど今ここに居る八人と同じ数の、八連花火が咲いていた。

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勃発!?おいでませ異世界戦争!! タカサギ狸夜 @takasagiriya

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