お酒は二百五歳になってから
「パジャマパーティーするかや⁉ パジャマパーティー!」
うちへの宿泊が決まってから異様にハイテンションな神楽夜と、ポーカーフェイスを崩さないライチ。
三人で行動していて連れのテンションにここまで差があるのも珍しい。神楽夜は分かりやすいが、ライチは感情を表に出さないタイプのようだ。
おかげで自ら進んで付いて来ているのか、面倒くさいが助けてもらったので付いて来ているのか判別がつかない。
「しねぇよ、騒いだら妹達が起きるっつってんだろ! 話はするがあくまで異世界について、それも相当小声でだ。俺が狙われる理由なんかが特に好ましい」
「それだと得をするのは主ばかりじゃろう! 好きな食べ物とか、趣味の話とかもしたい!」
さっきからずっと思っているんだが、こいつ本当に二百五歳か? 見た目に限らず思考まで完全に女子中学生のそれだろ。
神楽夜が家でポカをやらかすんじゃないかと不安で大きなため息をつきながら歩いている俺の鼻に、食欲をそそる香ばしい匂いが漂っていきた。
その匂いによって、腹が減っていたことを思い出す。嗅ぎ慣れているんだが嗅ぎ飽きることのない、まさに魔法のような匂い。
ほとんどの飲食店が閉まっているこんな深夜にこんな匂いを発せられるものは一つしかない。店舗こそ俺のバイト先とは違うが、最大手コンビニエンスストア。ドレミファマートのミファチキだ。
「なに、このいい匂い⁉ 食べたい、食べたい!」
同じく匂いに気付いた神楽夜が後ろから購入を促してくる。嗅覚には自信があるといっていたからな、俺よりもずっと食欲をそそられているんだろう。
まぁ、かくいう俺も少しでも気を緩めたら買ってしまいそうなレベルではあるが。しかし当然、我が家にそんな無駄遣いをする余裕はない。
「腹が減ってんなら家に戻り次第、俺が冷凍ご飯でチャーハンを作ってやる。今日はおかずに妹が作ってくれた唐揚げもあるはずだ、それで我慢してくれ」
反応がないので渋っているのかと振り向くと、神楽夜は匂いの発生源であるドレミファマートではなく、信じられないものを見るような目でライチを見つめていた。
そしてドレミファマートを見つめていたのは、神楽夜ではなくライチだ。
「どうした、ライチがどうかしたのか?」
ライチから視線を外さない神楽夜に質問したつもりだったが、返事は予想外の場所から返ってきた。
「ツクシ君、私どうしてもこれが食べてみたい!」
……おいおい、マジか。
俺は目と耳を疑った。片方ずつならたまには起こり得るが、両方同時に疑うなんてのは相当に珍しい事態だぞ。
神楽夜の反応は、真横でこれを見ていたからか。
「お前、喋れるのかよ!」
ミファチキに魅せられて購入を促していたのは神楽夜ではなく、あっけからかんとした顔でこくこくと頷いたライチだ。
「うん。ただ、仮死になってから身体の機能が回復するのには時間がかかるの。声帯が回復したのもたった今だよ」
たった今って、タイミング的には匂いに釣られて無理矢理回復させたとしか思えないんだが。
都合のいい身体だぜ。
ただ、俺にとってライチが言葉を発せられるという事実は大きい。
そして初めて聞いたライチの声は、予想よりずっと甲高かった。
「いらっしゃいませー」
店内へ入った俺達を迎えたのは、あの電子音と抑揚のない店員の挨拶。たまに利用する店舗だがいつも通りのお出迎えだ。
唯一いつもと違ったのは、店員がしばらく目線を切らなかったことだな。まぁ、男子高校生がこの時間に奇抜な格好の女を二人も連れていれば当然そうなるか。
一応俺はもう十八だし、ライチは大丈夫として。神楽夜は容姿的にかなり際どいというかアウトよりだが、わざわざ声をかけてきて面倒ごとに首を突っ込むことはないと思いたい。
あともう一つ、単純にライチの胸に目を奪われたという可能性も大いにあると思う。分かる、分かるぞ。
ようするに結局俺は押しに負けて、ドレミファマートに入店したということだ。
まぁこいつらには情報を貰う側の立場だし、仕方ないといえば仕方ない。
「わぁ、すごい! この世界に来たのって初めてなんだけど、美味しそうなものいっぱいだね!」
左手で涎を啜りながら喋るライチ。おいおい、そういう電波に聞こえる会話を人前で大声で喋るのは勘弁してくれ。
「ふふ、その様子だとライチはこの世界に来るのが初めてかや? それなら一つ教えてやろう。この世界では、異世界人は目立たないように立ち振る舞うのが定石じゃ!」
いやなんか察した風に言ってるけど、今初めて来たと普通に言葉にしてたろう。
異世界人云々の声もまぁまぁデカかったし。
そしてまさかその格好で言うとは。
というかこいつ、ライチとの反応の違いからなんとなく分かっていたが、やはりこっちに来るのは今回が初めてではないのか。
「欲しいものを選んでいいが、一人一つまでだぞ」
目をキラキラさせながら、何度も首を縦に振るライチ。
「わ、妾もいいのかや?」
「当たり前だろ、なんでライチだけ特別サービスなんだ」
そういえばライチはミファチキを選ぶだろうが、神楽夜は何を選ぶんだろうな。
食文化なんかの違いは全く分からん。正直脈を持たないライチに至っては、食事を必要とするのかさえ判別出来ていなかったしな。
まぁ、肉と油の匂いに反応したのだから基本的に味覚は近そうだ。
神楽夜は……そうだな。イメージ的には野菜スティックとか野菜スムージーだが、言って違ったら怒られそうなので黙っておこう。
「このガラスの奥にある飲み物は、どうやってとるのかや?」
そう言って神楽夜が示したのは、飲料を保管する観音開きの冷蔵庫だ。
あれ、前にこの世界に来たことがあるんじゃなかったのか? まぁ二百五歳だと言っていたし、来たとしても相当昔だったのかもしれん。
「これはこの取っ手を手前に引くんだよ。あとは好きなものをとって閉めればいいだけだ」
「なるほどの、感謝するぞ。では、妾はこれがいい」
「ちょっと待て。それでいいわけがないだろう」
神楽夜が手に取ったのはパッケージにりんごの絵が描かれた三百五十ミリリットル缶。
それだけなら全然問題ないんだが、問題は缶の下に描かれている文言。
アルコール度数を示す数字と未成年者への注意喚起だ。
「なぜじゃ? 欲しいものを一つ選んでいいと言ったのは主じゃろう?」
「そうだな、たしかに言ったが酒は駄目だ。諦めてくれ。この世界のこの国では、二十歳未満の人間が飲酒をするのは違法だし、そもそも購入することも出来ない」
「妾は二百五歳だと伝えなかったか? 問題ないじゃろう」
「この世界で通じる二百五歳だという証明証を持っていないだろう。お前の容姿、この世界ではどんなに上に見ても十五歳前後だぞ。通じる訳がない」
「むー。試してみないと分からんではないか」
「それなら金を渡すからレジに持って行ってみるといい。俺も店員をやっているが、百パーセント断ったうえでこの時間なら非行少女かと警察に一声かける可能性もある。異世界人は目立たないのが定石とか言っていたやつがする行動ではないと思うがね」
元々の丸顔を更に膨らませて風船のようになった神楽夜は、渋々缶チューハイを元の場所に戻した。
そして隣の冷蔵庫にある人参スムージーを取り出したので、思わず吹き出してしまいそうだった。
「うわぁああ! お、お客様、落ち着いて下さい!」
突然、店内に店員のものと思われる悲鳴が響き渡った。
な、なんだ⁉ まさか強盗か⁉
だが深夜とはいえ店内に客が三人も居る状況でとは少し考えづらい。
詳しくは知らないけど、店外からしばらく様子を見て客が居なくなったところを襲撃するのがセオリーのような気がするが。
というか冷静に考えたらそもそも俺達以降、入店音が流れていない。ということはどこかに隠れていた?
いや、それこそ店員だけになるまで待つことが出来るだろう。現実的じゃない。
あとはまさか……考えたくないが、異世界人か? それならワープなんかが可能なタイプも居るかもしれない。
通常なら一番あり得ない選択肢だが、現状は一番あり得る選択肢だ。
横に居る神楽夜の無事は確認出来ているが、そうなるとレジ側に居たライチの安否が分からない。
「何が起こってる! ライチ、無事か⁉」
最悪の展開を覚悟してレジ側に顔を向けると、そこには信じられない光景が拡がっていた。
「おーい、ツクシ君。私はこれにした!」
……他人のフリって、もうさすがに間に合わないよな?
店員を怯えさせていたのは、異世界人という読みで合っていた。ただし、そいつは新参ではなく爆乳の超身体能力娘。
一つと言ったのでミファチキを選ぶと思っていたライチは、ホットスナックの入っているショーケースごと片手で頭の上まで持ち上げていた。
まさかとは思うが、それで一つという理論なのか?
……なんという馬鹿力に加えて、なんという食い意地。
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