健全な男子高校生なら、そうならない方がどうかしてると思う
「おい、帽子とってきたぞ!」
俺は神楽夜のせいで忘れかけていた本来の目的を思い出し、倒れている女の元へと駆け寄った。
「ツクシ、お主正気か? 明らかに弱っておるであろう相手に、帽子をプレゼントする為にあの場所に行ったのかや?」
露骨に訝し気な表情で俺を見る神楽夜。至極当然の反応だ、逆の立場でも間違いなく同じ言葉を投げかけるだろう。
「おーい、帽子が欲しかったんじゃないのか?」
無視して帽子を差し出すが、受け取ろうとする仕草は見受けられない。
「ちょっと待て、その帽子についている札はよく見れば……。そうか。そういうことか、それなら問題ない。ふむ、ツクシよ。ちょっとそやつの脈を確認してみてくれ」
は? 脈?
いやいや、ついさっきまで指を動かせていたのに、いきなり死んじまってるなんてこと有り得ないだろう。
そこまで重篤な症状なら、動かせた指で呼ぶのは百パーセント救援のはずだ。
だが返事がなく指も動かないのが現状。不安に駆られた俺は、とりあえず神楽夜の指示に従ってみることにした。
倒れている女の手首を軽く触り、動脈に親指を当ててみる。
異様に冷たい、それが最初の感想だった。そしていつまでたっても鼓動の伝わってこない親指。
俺の血の気を引かせるには、その数秒で充分だった。
「うぉおおい! 神楽夜! 救急車だ、救急車! いや、こういう時は心臓マッサージか⁉ 人工呼吸のやり方とか分かんねぇぞ!」
「やはりそうか。落ち着け、ツクシ。お主の思っているような事態ではない。まずはその帽子を被せてみろ」
「ふざけんな、これが落ち着いていられるか! 帽子を被せろってお前、正気か⁉ 目の前で人が死んでんだぞ、さっきまでコミュニケーションをとっていた相手が!」
「いやいや、つい先刻まで帽子に執着しておったのは主の方じゃろう! もうよい、妾がやるからそれを貸せ」
完全にパニック状態の俺の手から帽子を奪い取る神楽夜。そのまま奪った帽子を、動揺など欠片も見せずにうつ伏せのままの女に被せる。
するとその瞬間、女の身体が電気ショックでも受けたかのように大きくのけ反り宙に跳ね上がった。
「ぎゃあああ!」
叫び声を上げたのはもちろん俺だ。
だって、そうだろ? ついさっきまで指しか動かせなくて、今確認したら脈の無かったはずの人間が帽子を被っただけでサーカスみたいな動きを披露したんだぜ?
「騒がしい奴じゃ、落ち着けと言っておろう。まぁ、すぐに驚くのも主の可愛いところじゃがの」
そう言うと神楽夜は俺の腕に手を回してきた。
さっきまでの俺なら速攻で振りほどいていただろうが、今は驚きと恐怖が平常心に勝っているので逆に安心感すら覚え、そんな選択肢など一切頭に浮かばない。
「まぁ見ておれ。ちなみにお主が言った、人、と言うのは間違いじゃぞ」
言われた通り様子を見ていると、倒れていた女がゆっくりと起き上がる。
その起き上がり方というのも普通ではなく、更に俺を怯えさせた。
下半身だけを先に立て、それに追従するかのように上半身を少しずつ起こす。無機質で、変則的な動きなのに規則的。
まるでコマ送り、もしくは倒れていく様を逆再生したものを見ているかのようないわゆるアニメーションダンスに近い。
いや。プロダンサーですら軽装で、相当鍛えあげた腹筋と脚力を使って実演しているはずだ。
しかしこの女は腕が通せないレベルのダボついた長袖で、尚且つ被った帽子を落とさないまま。そして全く筋肉があるように見えない細身の身体でそれを成してやがる。
鳩尾のあたりまでその動きを続け、最後に勢いよく上半身を前に倒し、ゆっくりと正常な位置へ戻ろうとしているところで俺は全てを悟った。
そういうことか。こいつも、異世界人ってわけだ。
なんてこった、俺は異世界人を助ける為に奔走していたのか。
だがまぁ、人である可能性が高かった以上倒れているこいつを放っておけるハズもなかった。
というか例え異世界人丸出しでも、目の前で倒れていたら無視は出来ないだろう。
せめて憎い面だけでも拝んでやろうと、首が元の位置に戻るのを待つ。
しかしその顔がこちらを向いた時、不覚にも俺の視線はその顔ではなく、さっきまで頭で隠れていた下部分に向いてしまった。
そして、少しだけ。ほんの少しだけ、時間を浪費したという後悔が薄れていた。
そんな俺の目線や心境の変化を見逃さなかった神楽夜が、掴んでいた腕を思い切りつねる。
「なっ……なんちゅう乳じゃ! お主、
「いや、無理だろ! 俺だって健全な男子高校生なんだ、いくら理性で制御しようとしても目が勝手に追いかけちまう。ていうかお前のものになった覚えはねぇぞ!」
そんな俺達の掛け合いを見ても、表情一つ変えることなくこちらをじっと見つめる、神楽夜曰くキョンシー。
「さぁ、主も動けるようになったならさっさと仲間を探せ! お主等は本来群れで行動していて、札が外れると動けなくなるという弱点を補い合っているはずじゃろう?」
神楽夜の問いに言葉を返すことはせず、自分は寝起きなんだといわんばかりに頭をぽりぽりとかいて欠伸をしている。
異常にマイペースなのはこいつら種族の特性なのか、こいつの個性なのかどっちだ?
それにしても、神楽夜はやけにこいつの生態に詳しいな。もしかしてただ俺達の世界が乗り遅れているだけで、それぞれの異世界同士では交流が盛んだったりするのか?
まぁ、どうでもいいか。どうせ異世界に行くことはないんだから。
と言いたいが、神楽夜を皮切りにこうも連続で俺の周りに異世界人が現れる原因はなんだ?
それを知って解決しておかないと今後も巻き込まれそうな予感が凄まじい。
あとそういえば何も言ってこないが、キョンシーも本来は俺を異世界転移させる為に来たんだろうか。
本人が居るんだ、直接聞くのが手っ取り早いか。
「なぁキョンシーの姉ちゃん、あんたも俺を霊界とやらに連れて行くためにきたのか?」
言葉を発している最中もついつい視線が胸へと引きずられ、それを察知した神楽夜にまた腕をつねられた。
俺の問いにこくりと頷くキョンシー。
やはりか。現れる異世界人達はもれなく全員、俺を自分の世界に引っ張るのが目的らしい。
「駄目じゃ、ツクシは妾のじゃ! 爆乳キョンシーに分け与えるツクシは持ち合わせておらん!」
よく分からないことを言い出す神楽夜。
それに対して首を振ることで答えるキョンシー。
神楽夜がその反応を見て、更にピーピー文句を言っている。
というかこいつ、帽子を被ってからも一度も言葉を発していないよな?
「なぁあんた、名前はなんて言うんだ?」
返事の代わりに、人差し指を地面につけて何か文字を書き始めた。
しゃがんだ反動で豊満な胸がぷるんと――って、さすがに節操なさ過ぎるな。
札が外れていた時と比べペースは圧倒的に速いが、やっていることは同じだ。
地面には(助けてくれてありがとう 私の名前はライチーフー)と書かれた。
もしかしてこいつ、元々言葉を発せられないのか?
情報源は一つでも多い方がいい。神楽夜だけでなくライチにも話を聞きたいが、向こう側が全て筆談となるとかなり時間がかかりそうだ。
俺はしばらくぶりに左手首を確認する。時計が指しているのは十二時手前、既に日付をまたぐ寸前だった。
ちっ、もうこんな時間だったのか。
相当に疲れているが、俺だけがターゲットにされている理由を知らないとまたいつ次の異世界人が現れるか分からない。そんな状態では安心してぐっすり眠れないからな。
ここまできたら、朝まで付き合う覚悟で話を聞くしか道はない。
――って、俺は話を聞く気まんまんだがこいつらは大丈夫なのだろうか?
「なぁお前ら、自分の世界に戻らなくていいのか?」
「なぜそんなことを気にするのじゃ? あ、もしかしてさっきの接吻で獣人界に行く気になったということかや⁉」
「いや、なんでそうなるんだよ! 単純に話がしたいが時間が遅いから、こっちの世界に居られる時間が限られているんじゃないかとか、一度報告に戻らなくていいのかとかそういうことを危惧しただけだ」
「優しさには感謝するが、妾は帰りたくても帰れないのじゃよ。強制的に結界を閉じた場合、張り直せるようになるまで丸一日のインターバルが必要だからの」
うっ。
それって、俺が原因だよな? 俺は全く悪くない気もするし、なんだか気の毒なことをしてしまったという気もしなくはない。
ライチも俺の言葉に反応し、例によって地面に文字を書く。
その内容は(キョンシー族は三人以上いないと結界が作れない)と言うものだった。
げっ。
だからこいつは俺を連れて行くために来たはずなのに、それに対してそんなに積極的じゃないわけか。
ということは、まさか。
「お前達二人共、こっちで一泊する気か?」
神楽夜とライチは見事に同じタイミングでこくりと頷く。
「はぁ⁉ 一体寝床どうするつもりなんだよ」
俺を連れ去ろうとしている誘拐犯達だが、見てくれはどちらも若い女だ。年頃の妹を持つ兄の身としては心配がゼロだと言ってしまえば嘘になる。
「大丈夫じゃ。妾くらい可愛ければ適当に歩いているだけで男が声をかけてきて、寝床や飲食物を提供してくれるじゃろ」
おいおい、二百五歳が家出中の中学生並に楽観的な考えを披露してきやがった。
「お前の容姿だとおそらく、目立てば先に声をかけてくるのは警察だぞ。それにさっきまでファーストキスもしたことなかったような奴が男にどうにかしてもらおうなんて――」
「ん? よく聞こえなかったんじゃが、何か言ったかの?」
顔を真っ赤にして俺の足をぐりぐりと踏み潰す神楽夜。こんな程度で照れている奴が逆ナン待ちとか、有り得ねぇだろ。
続けてライチが返答を返す。
(ここに居る 問題ない)
え? ここってもしかして、この墓ってことか⁉
いや、超問題だろ! 普通の女の子でもアウトなのに、加えてライチの衣装とボディ。
こいつがここで一夜を明かすというのは、雪山でタンクトップとパンツだけで寝るのと同レベルのリスクだと言っても過言ではない。
「駄目だ、今の世の中は決して治安が良いとは言えない。いくら異世界人とはいえ、見知らぬ他人について行ったり外で夜を明かすのはやめておけ」
「ならどうしろと言うんじゃ、主が添い寝でもしてくれるんかの?」
そうなんだよな、言うだけ言っているが解決策がまだ思い浮かんでいない。金に余裕があるなら二人にホテル代なりを渡してやれるんだが、そのあたりに関してはご存知の通りだ。
うーん、どうしたもんか。一人暮らしならまだしも三人が居る家に招待するのは論外だし。
……いや、本当に論外か? いつものバイト終わりの時間ならともかく、よく考えれば時間はもう日付をまたごうとしている。スイカは土曜でも部活があるから十時過ぎには寝ているし、モミジも起きてて十二時前だ。寝る時は全員二階で、ツララはここしばらく二階から降りたことがない。
明日一番早く起きるのも新聞配達で五時に起きる俺だし、一階で寝泊りさせれば案外バレないんじゃないのか?
まぁ、バレた時の妹達の反応は想像するだけで恐ろしいが。
「仕方ねぇ。添い寝はしないが、お前らうちに来い。ただし、対価として知っている情報を喋ってもらう。それと弟妹には絶対に接触するなよ!」
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