嘘だ、強がりだ
「ミツケタ、サザンバラツクシ!」
襲ってきたのは最早何体目なのか分からない山羊頭。
その頭部を掴み、地面に叩き付けたのはライチだ。
しかしその一体が放った声により、周囲で別の人間を襲っていた山羊頭が集まってくる。
「どうなってんだ! こいつらの狙いは俺じゃないのかよ!」
「主で間違いない。ただついでに暴力行為や破壊を楽しんでおるだけじゃろう」
「はぁ⁉ ついでにって使い方おかしいだろ! 一体この山羊頭共は何者なんだ!」
博識な神楽夜なら、答えを知っているかもしれない。
「……確証は持てん。推測でかまわんのなら教えてやろう」
「推測でもなんでもかまわねぇ、少しでも情報をくれ!」
ほんの少し間を空けた後、神楽夜がゆっくりと口を開いた。
「攻めてきているのは、おそらく
魔界――魔界ってあの、漫画やアニメによく名前が挙がるあれだよな? そんなもんが本当に実在するっていうのか?
昨日までの俺になら眉唾過ぎる話だが、現状周囲に人外共を引き連れている状況では否定することが出来ない。
「そのマギャリオンって奴はやばいのか?」
「少なくとも、妾の記憶違いであって欲しいと願う程度にはな。狙った世界は徹底的に攻め立て、もれなく自分のものにするという紛れもない暴君じゃ。ちなみについでにと言ったのは間違っていない、破壊衝動を抑えられないのは奴らの本能のようなものじゃ」
信じたくねぇ話だが、そこら中で好き勝手に暴れまわっている山羊頭どもが神楽夜の話の信憑性をぐっと高めている。
「本当にマギャリオンならば本来、能力の高い固有種が多い世界を優先的に狙うはず。対して、異世界の数は百では足りん。だから今までこの世界が狙われることはなかったわけじゃ」
次々に襲い掛かってくる山羊頭をいなしながら、神楽夜が続ける。
つまり今まではたまに結界を作れる奴が現れるだけの、支配する価値もない世界だと思われていたわけか。
そいつらが急に襲ってきた理由は、おそらく一つ。
俺だ。俺を手に入れる為だ。
「ちくしょう、俺のせいで関係ない人達まで襲われてるってわけかよ!」
俺はやり場のない怒りを側にある電柱にぶつけ、力を込めて思い切り蹴った。
「危ねぇっ!」
するとまるで蹴った電柱から落ちてきたのかと錯覚するほどタイミング良く、人が飛び込んできた。
そいつが居た方向には山羊頭が一体。
おそらくこいつから逃げている最中で、体勢を崩したんだろう。
しかしその山羊頭も今しがた神楽夜が蹴り飛ばしてくれたので、この人物のとりあえずの安全は確保されたかたちだ。
「おい、大丈夫か⁉」
俺はうつ伏せに転がったその人物に声をかける。
「は……? その声、もしかしてツクシか⁉」
よく見てみれば、うつ伏せに倒れているその後ろ姿には見覚えがある。
そしてその声にはより強く聞き覚えがあった。それもそのはずだ、昨日の夕方一時間ほどこの声をみっちり聞かされていたからな。
「お前、猪瀬か!」
こちらに向き直ったところを、思わず抱きかかえる。
「怪我はしてないか? 歩けるか⁉」
「いや、もう駄目だ……どうせ最期にこんなに手厚く介抱してもらえるなら、ツクシじゃなくてスイカちゃんが良かったぜ……」
間違いない、絶対に確実に猪瀬だ。
そしてこんな毒を吐けるのなら無事に決まっている。
俺は望み通りそのまま両手を離し、頭をアスファルトにぶつけてやった。
「いってぇ! 親友になにするんだ!」
「お前こそなにしてんだ、こんな時間に」
「家でテレビ見ながらアイス食ってくつろいでたら、いきなりさっきのやつに襲われたんだよ。というかあいつら、一体なんなんだ? 道中でも何体か見かけたぞ」
そう言えばこの辺りは、こいつの家のすぐ近所だったな。
って、待てよ。こいつ今、なんて言った?
「猪瀬、お前今家にいたところを襲われたと言ったのか?」
「あぁ、いきなり窓ぶち破って侵入された。父ちゃん母ちゃんが旅行中で良かったよ、俺一人だったからなんとか外に逃げることが出来たんだ」
……おいおい。
事の重大さを理解した俺の心臓は、爆発的に加速した。
猪瀬の言っていることが本当なら、スイカは? モミジは? ツララは?
俺の家族は無事なのか⁉
「ツクシ君、お話をしている暇はないみたい」
「ライチ、お主まだやれるのか? 身体中傷だらけに見えるが」
「神楽夜も同じでしょ、兎の姿を維持出来ていない。それに、やれるやれないじゃない。現状ツクシ君達を守れるのは、私達二人だけ」
「はは、その通りじゃな。普通は役割が男女逆じゃ、果報者め。感謝せいよ、ツクシ」
俺は目まぐるしく起こる状況変化についていくのが精一杯で、こいつらのダメージに気付けていなかった。
そして正面に立ち塞がる化物を見た時、それを死ぬほど悔やんだ。
「おいツクシ、このお姉ちゃん達はなんだ――いや、待て、なんだこいつは!」
少し遅れて、そいつを認識した猪瀬。
俺達の目の前に現れたのは、さっきまでの山羊頭の五倍はあるであろう巨大山羊頭。
小さいのに比べると、大きく違う点が二つある。
一つは、真っ黒な翼を携えていること。
そしてもう一つは、けた違いに大きな鎌を有していること。
あんなもんを喰らったら胴体ごと真っ二つだぞ!
「神楽夜、ライチ! 逃げるぞ!」
「逃がしてくれるような相手に見えるかや? まぁ、妾達が足止めするなら話は別じゃがの」
「スイカとモミジ、それに弟が気になるんでしょ? 幸いここら一帯の山羊頭は私と神楽夜で一掃した。今なら接触を避けつつ、家を目指せるかもしれない。その子と一緒に家を目指して」
こいつら、何言ってるんだ?
「ちょっと待て、お前等二人を置いていけってことか⁉ 出来るわけねぇだろ、こんなに助けてもらっておいて!」
「足手まといじゃと言っておる。さっさと尻尾を巻いて逃げよ、旦那様」
「口が悪いよ、神楽夜。私も神楽夜もスイカとモミジには恩がある。心配なのは同じなの、行って」
無理だ。
俺のせいでこんなことになっているのに、辛い事は全部他人任せなんてありえねぇ。
それにこいつらには、一方的に世話になってばかりだ。
「頼む、一緒に逃げてくれ!」
「しつこい! 役立たずの人間二人を抱えて逃げるより、ライチとこいつを迎え撃つほうが生き残る可能性が高いと言っておる!」
……嘘だ、強がりだ。
本当に自分だけが生き残る可能性を考えるなら、俺と猪瀬をほっぽってそれぞれが別方向に逃げるのが最善策に間違いない。
なのになんでこいつら、こんな俺の為に命張れるんだよ。
自分と周囲の人間のことしか考えてねぇ、そのくせ自分の力で周りを守れなきゃ助けてくれなんて言ってくる調子のいい野郎によ!
気が付くと俺の頬には、何故か涙が伝っていた。
情けなさすぎる、女二人に助けてもらっておいて。自分はしまいに泣き出す始末かよ。
「ツクシ、なんとなくしか分からねぇが、俺の役割はおそらくお前を無理矢理にでも引っ張って逃げることだ。だから引きずってでも連れて行く。それでいいな、お姉ちゃん達?」
「あはは、お主中々にいい男じゃのう。ツクシに出会う前だったら惚れておったかもしれん。じゃが妾のハートは既にツクシのものじゃ、堪忍しておくれ!」
「ありがとう。ツクシ君をお願いします」
そう言うと二人は、自らあの恐ろしい化け物の方向へと消えて行った。
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