化粧ってレベルじゃねぇだろ!
「うぉおお⁉」
俺が大声をあげたのは、三人のうち誰かの身体が切り裂かれたからではない。
さっきまで目の前にいたはずの山羊頭がすごい勢いで真下に移動したからだ。
「ライチ、お主重すぎじゃ! 予想より大分低いぞ!」
いや、俺達が上昇したのか。
間一髪、俺とライチを掴み跳び上がってくれた神楽夜。山羊頭はそれに反応することが出来ず鎌を空振りしているが、あの勢い……。
俺の額を一筋の冷や汗が伝う。
それが呼び水となり、一気に恐怖が押し寄せる。
なんだあれ――あのままあそこに居たら、腕の一本や二本持っていかれてもおかしくはなかったぞ!
「ちょっと待て! 助けてくれたのには大いに感謝するが、お前とライチが居れば異世界人は干渉してこないんじゃなかったのかよ!」
「妾はちゃんと基本的には、と言ったじゃろう。どこの世界でも手荒なことを好む輩に常識など通じんよ。奴らは多分四肢を落としてでも無理矢理連れて行くタイプのようじゃな。今の攻撃も確実に主の左腕を落としにきていたぞ」
「いやそんな美味しい物は最後に食べるタイプみたいなノリで、恐ろしい事言うなよ!」
紛らわせるために無理矢理舌を回しているが、正直死ぬほど怖ぇ。
常識外れだと思っていた今までの異世界人達がまともだっただけだと痛感させられた。
「私は後ろの二体をやる。神楽夜は今襲ってきた奴をお願い出来る?」
ライチが後方を見つめながら、神楽夜に問いかける。
え? 後ろの二体って?
そういえば神楽夜もさっき奴ではなく奴ら、と言っていたような……。
「嘘だろ! おい!」
俺は人生で一番自分の目を疑った。ここ数時間で何回記録更新すれば気が済むんだ!
俺達の背面側には、前方下に居る山羊頭そっくりな奴が更に二体こちらを見つめていやがる。
「うーん、どうしようかの。ライチは助ける気満々みたいじゃが、妾は散々邪魔者扱いされて傷ついておる。主、この状況自分でなんとか出来るのか? それとも、散々邪魔者扱いしておいて助けてくれなどと都合のいいことを言うつもりかの?」
こんな状況だというのに、にやりと意地悪な笑みを浮かべる神楽夜。
だが、言っていることは正論だ。たしかに神楽夜には、獣人界に行くことに前向きでない俺を助けるメリットはない。
――そうだな。
それなら、自力でなんとするしかねぇだろ。あんなやつくらい一人でぶっとばせる!
――わけねぇ!
鎌ナシでもあんな身のこなしに対応出来る気がしないのに、尚且つ向こうは鎌持ちハンデ有りって難易度おかしいだろ!
それなら俺にはマシンガンが与えられなきゃ無理だ、絶対無理。
どれだけ情けなかろうが狡かろうが、俺はまだ働く、養う手足を失うわけにはいかない。
「都合のいいことを言うつもりだ。神楽夜、ライチ、力を貸してくれ」
地面に近づいており、既に臨戦態勢のライチはこくりと頷く事で答える。
神楽夜は、どうだ?
「あはは! 実に素直でよろしい、恰好悪いが恰好良いぞ。意地悪を言っただけじゃ、妾が未来の旦那であるお主を見捨てるわけがあるまい。ただし、当然契ることを前向きに考えよ!」
そう言い終えると共に、三人の足が地面に着地する。
神楽夜が少し先に降りて着地の負荷を減らしてくれたとはいえ、足にズンと鈍い痛みが響く。
しかし反対側に居たライチはそんな衝撃などなかったかのように、間髪いれずに後方へ向かって猛スピードで走り出した。
その距離に比例して詰め寄るように、前方に居る山羊頭は俺達めがけてもう一度突き進んでくる。
「時に主よ、主は惚れた女のすっぴんを見て幻滅するタイプかや?」
「は? 何言ってんだこんな時に!」
「いいから答えよ」
本当に何を言い出したんだこいつは。だが現状一ミリも戦力になれない俺には、反論する権利もない。
「実際本気で女に惚れたことねぇから信憑性については保証出来ないが、おそらくそんな些細なことで印象は変わらねぇよ」
「ふふ、そうか。安心したぞ」
直後、神楽夜の方向から金切り声が響く。
一瞬身体が硬直してしまうレベルの超高音だ、耳に残って離れない。
肉食動物が放つ威嚇のようでもあり、草食動物が今際に放つ最後の一声のようでもある。
なんだ、何が起こった?
驚いて神楽夜の方を向いた俺は、更に大きな衝撃を受ける。
……神楽夜、だよな?
俺が見た時には既に身体が耳と同じ白い体毛で覆われていた。
そこから頭部へかけて、徐々にその範囲が伸びている。
数秒も経たないうちに、頭部は完全に兎のそれへと変化した。
加えて立派な横髭、一段と鋭く尖る耳。
おそらく尻尾も生えているんじゃないかと予想出来る。
……なんてこった。神楽夜がシル〇ニアファミリーになっちまった!
さっきの質問は、こういうことか。
って、化粧ってレベルじゃねぇだろ!
前方に向けて実際には生えていないのだが、まるで翅でも生やしているかのようにふわりと鮮やかに跳躍する神楽夜。音もなく跳びはねるその姿は全身の真っ白さも相まって、舞う雪のように神々しく見えた。
そのまま山羊頭の顎を、思い切り蹴り上げる。
「グォオオオオ!」
あまりの衝撃に、声にならない声をあげる山羊頭。筋肉隆々で見るからに重そうな身体が後方に五メートルほど吹っ飛んでいく。
マジかよ。どんな威力してやがる。
リザードマンやライチならともかく、神楽夜もこんなに強かったのか。
って、そうだ。ライチ! あいつは二体を相手にすると買って出た、大丈夫なのか?
すぐさま後ろを振り返り確認すると、ちょうど二体がライチめがけて突進しているところだった。
「ライチ! 危ねぇ!」
「大丈夫。美味しい料理もあって、身体機能は完全に回復してる」
そう言うとライチは目の前まで迫った山羊頭二体の角を、器用にそれぞれ逆手で掴む。
するとまるで糸に絡めとられでもしたかのように、二体はピクリとも動けない。
角を掴まれただけで完全に動きを封じられている。
普通は手足を使って反撃しそうなもんだが、それすら許さないほどの力がかかっているのだろう。
加えてライチが着ているダボダボの長袖のせいで、視界までもが遮られている。
そしてライチはそのままその怪力にものをいわせ腕を捻りながら、らせん状に宙に舞った。
鉄棒のように二体の角を支柱に使い、ライチの足が天を仰いでいる格好だ。
さらに空中で体勢を保ったまま、それぞれを内側に向けてぶん投げた。
右に居た山羊頭は左の壁に、左に居た山羊頭は右の壁に思い切り激突する。
本当に信じられない身体能力だ。
キョンシーってのは普段身体に負荷がかかりすぎないよう、脳が抑制している力を全て解放出来る、つまり常に火事場の馬鹿力状態だと聞いたことがあるが、おそらくその言い伝え通りで間違いないだろう。
というか二人共頼もし過ぎる。ポーカーでいえば初手からストレートフラッシュくらいのレベルだぞ。
こいつらが一緒に居てくれればどんな奴に襲われようと大丈夫なんじゃないのか?
そんな俺のポジティブな思考を打ち砕くかのように、あちこちから叫び声やサイレンが聞こえ出したのは、それから数秒も経たないうちだった。
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