三々波羅家の食卓

「えぇ⁉ 嘘でしょ⁉ 二人共、違う世界から来たの⁉」

「その通りじゃ。妾は獣人界、ライチは霊界から来ておる」

「だから神楽夜ちゃんは耳が生えてて、ライチさんは肌が真っ白なんだ!」

「な⁉ なぜライチにはさん付けで、妾にはちゃん付けなのかや⁉」

「だって神楽夜ちゃん、どう見ても私より年下でしょ?」

「馬鹿を言ってもらっては困る! 聞いて驚け、妾は二百五歳じゃ。其方達の十倍以上は生きておる!」

「えー、ちょっとそれは信じられないな」

「いやいや。異世界から来たという事実は信じとるのに、おかしいじゃろ!」


 スイカと神楽夜の一連のやりとりを聞いて、キッチンからくすくすと笑い声を漏らしているのは次女のモミジだ。

 リボンをあしらった緑色のネグリジェに身を包み、その上からチェックのエプロンをかけている。

 そして俺に代わってチャーハンを炒めながら、唐揚げを温め直してくれている。

 あぁ、すまん分かってる。もちろん状況はちゃんと説明させてくれ。

 まずスイカが一階に降りてきた理由だが、これは本当に偶然だったらしい。

 睡眠中催してトイレに向かう際、明日部活で使うジャージを鞄に入れ忘れたことを思い出し、それならついでに一階のトイレへ行こうと考えた。

 両方こなしても五分とかからなそうなちょうどそのタイミングで帰宅した俺達と鉢合わせたということだ。

 そしてさっきの要領で寝ていたモミジを起こし、事態を大きくして今に至る。

 まぁ当の睡眠を妨害されたモミジに関しては、世話好きで大人しい性格なこともあり全く気にしていないようだが。

 それどころか疲れているだろうからと、俺に代わって俺がやろうとしていた飯の準備までしてくれている。

 本当に我が妹ながらよく出来た人間だ。

 そして唯一不幸中の幸いと言えるのは、中学生という感受性の強い時期なのがいい方向に作用したらしく、二人共すんなりと異世界人である神楽夜とライチを受け入れてくれたことだな。

 いきなり人外が家に上がり込むなんて叫び声をあげたり警察に通報されてもおかしくない案件だろう。まぁスイカに至っては少し馴染み過ぎな気もするが。


「はい、出来たよ。三々波羅家特製ちくわ入りチャーハンと、唐揚げです」


 相変わらず速ぇ、少し雑談しているうちにもう完成させちまった。そしてこの匂い、やはりモミジは料理上手だ。


「食べていいの⁉ ねぇ、食べていい⁉」


 匂いに釣られたライチが、皿を置き終わる前に食い気味でモミジに問いかける。まるで餌袋を持つ人間を発見した鯉のような反応だな。


「うん、もちろん。どうぞ召し上がれ。あ、チャーハンはつい癖で四人前作っちゃったから、遠慮せず残してくださいね」


 配膳してくれているモミジとスイカは一卵性なため他人から見ればほぼ同じ顔だが、髪型やパジャマが違うので二人にも判別がつくだろう。というか、性格や喋り方が百八十度違うから間違えるほうが難しいか。


「で、ツクシお兄ちゃん。どっちが彼女さんなの?」


 取り分けたチャーハンをかきこもうとしていた俺は、腰を下ろしたモミジの不意な一言でおもいっきりむせた。

 モミジは普段常識人な反動からか、稀にぶっとんだ発言を見せる。そして今回のは中々に爆発力が高い。


「だから、二人共会ったばかりだと説明したろ!」


 なぜか隣で頬を染めもじもじしている神楽夜を尻目に、爆弾を処理しにかかる。


「それを言うなら、普通会ったばかりの女の人を自宅に連れ込むかな?」

「それはこいつらが異世界人で、泊まるアテがないって言うから……って、もしかしてモミジ、なにか怒ってるか?」


 スイカなら日常茶飯事だが、モミジが喰ってかかってくるのは珍しい。


「あぁ、モミジはツクシ兄ぃの帰りが遅いから心配で十二時くらいまで寝ずに布団で待ってたらしいよ。そしたらうっかり寝ちゃった直後に、のうのうと女連れで帰ってきたからいらついてんじゃない?」

「ち、ちがうもん! 私はただ、女の人に対しては誠実に接して欲しいだけだもん!」


 そういうことか、それは申し訳ないことをしたな。スイカがわざわざモミジを起こしにいったのも、自分が寝る時にまだ帰っていない俺をモミジが心配していたと知っていたからか。


「ごちそうさまでした!」


 一ミリも空気を読まず、両手を合わせ満足そうな声でそう呟いたのはライチだ。

 それに反応して俺を含むライチ以外の四人全員がテーブルに目をやると、大皿に盛られていたはずのチャーハンと唐揚げがまるで手品のように姿を消していた。


「え⁉ 嘘でしょ⁉」


 スイカが驚愕した表情で声をあげる。

 この場の全員が同じことを思っただろう。

 消えているのは、かろうじて少量のチャーハンを小皿に移していた俺の分を含め全て。つまり神楽夜はまだ一口も料理を口にしていないということになる。


「ライチ! お主、やりおったな! それだけ食うのに何故太らないんじゃ、栄養は全部胸にいっておるのかや⁉」


 言いながらライチにとびかかり、ぽにゅぽにゅとその豊満なバストを揉みしだく神楽夜。

 いや、普通怒るのそっちじゃねぇだろ。まぁいいものを拝ませてもらった感は否めないが。

 しかしまいったな。うちは金銭の都合上、基本的にカップラーメンやレトルト食品を買い置きしていない。


「神楽夜、腹減ってるか?」

「当たり前じゃろう!」


 そうだよな。さすがに目の前であんな美味そうな匂いを漂わせられて何も食わずは酷だ。

 俺の腹も当然、たった一口じゃあ全然満たされていない。


「ごめんね、二人共。美味しくて夢中で食べてたら、空っぽだった」


 ライチはそう言ったが、その手は満足そうにお腹をさすっておりあまり申し訳なさそうに見えない。


「ライチさん、美味しかったならしょうがないです。それにそう言ってもらえると、作った甲斐があって嬉しいです」


 俺と神楽夜が返事をしないので、代わりにモミジが返答をする。食い物の恨みは怖いからな。


「ツクシお兄ちゃんも神楽夜さんもそんなに怒らないで。大丈夫、ご飯は炊けばあるし、鶏肉は残った分冷凍してあるからまだ全然作れるよ」

「いや、それはそうかもしれないが飯を炊くのに時間がかかるだろ。さすがに夜遅い、スイカとモミジはもう寝た方がいい。材料があるなら俺が作るよ」

「私は大丈夫だよ。今日は特に予定もないし。それにそれを言うなら、朝早いツクシお兄ちゃんのほうが心配だけどね」


 うーん。俺は最早睡眠については諦めているので問題ないが、妹達は心配だ。


「私は出来れば、モミジの料理が食べたいなぁ」


 互いに気を遣い合っているところに、ライチの余計な一言。こいつマジで悪意なく人を怒らせるタイプだな。


「まぁ妹がこう言ってくれておるんじゃ、素直に好意を受け止めるのも兄の務めではないのかや? 妾達はもっと腹を空かせて最高の料理を味わうため、その間夜の散歩にでも洒落こもうではないか」


 急に耳元まで近づいてきた神楽夜が、手で戸をたてながら囁いてくる。

 いやいや、唐突すぎるだろ。夜の散歩って……あ、もしかしてそういうことか?


「そうだな、ライチはどうする?」


 俺は同じように小声で神楽夜に質問する。


「食べ物の恨みは忘れておらんが、来てもらったほうがよい。他の異世界人が主に目をつけているとしても側に妾、それにライチまでおれば基本的にはよっぽど絡むのを躊躇うじゃろうしな」


 耳元から返答が返ってくる。ボディーガード的な役割も担ってくれるわけか、こういうところは頼もしい。


「あ! 二人で内緒話してる! なになにー、気になるじゃん」

「うるせぇ、色々あんだよ大人には。というかスイカ、お前は明日朝から部活だろ。さっさと寝ろ」

「えー、モミジだけずるいじゃん! 私も起きてる、昨日寝るの早かったから平気だもん!」


 普段は真逆な言葉遣いの二人だが、相変わらず感情的になった時だけは喋り方が似てるな。


「はぁ……どうせ言っても聞かないんだろう? ほどほどにしとけよ」

「やった! モミジ、お米研ぐのは私がやる!」


 嬉しそうにキッチンへと向かうスイカ。


「俺達はちょっと外に出てくる、ライチも同行頼めるか?」


 ライチはこくりと首を縦に振った。


「いってらっしゃい、ご飯が出来るまでには戻ってきてね」




「神楽夜、ありがとう。お前にしてはかなり気の利いたことをしてくれるじゃないか」

「まぁの。しかし一言余計じゃ。妾はいつでも気が利く将来の良妻賢母じゃぞ?」


 三人で目的もなく歩きながら、神楽夜に感謝の意を述べる。

 妹達が居る状態で俺が異世界人に狙われていることや理由なんて話しにくいだろうし、出来れば俺もやめてほしい。この二人は状況的に仕方なかったとしても、これ以上俺の事情に家族を巻き込みたくないからな。

 もしかしてそう考えると、ライチもこの機会を作る為にわざと飯を全部たいらげて――って、それは考え過ぎか。


「で、本題について教えてくれるんだろ? 良妻賢母さん」

「主、言い方がずるいぞ。しかしまぁ対価であるチャーハンと唐揚げは予約出来たし、いいじゃろう。ただし、話すことが多い。まずは主自身についてか、主の父三々波羅シキについて。どちらから先に聞きたいんじゃ?」

「……はぁ? なんでいきなり、お前の口から親父の名前が出てくるんだよ」


 神楽夜の口から親父の名前が出た瞬間、はっきり言って神楽夜やリザードマンに会った時よりも、ライチに札をつけた時よりも圧倒的に動揺した。


「もちろん顔見知りだからじゃ。主は最初に出会った時、妾が主の名前や状況を知っておるのを不思議がっておったの? それも全部、シキから聞いて知っておったんじゃ」


 ――あの、クソ親父!


 母さんが死んだ後勝手に蒸発して、勝手に息子が異世界から狙われるような状況作りやがって!

 一体なにが目的なんだ、それによってはぶっ飛ばしてやらなきゃ気が済まねぇ。


「……いや、ちょっと待て。ってことはもしかしてあいつ、ライチにも会ってんのか?」


 ライチは間違いなくこの世界に来たのが初めてだと言っていた。俺と会うより先に親父に接触していたとは考えづらいが。

 俺の問いに、首をふるふると横に振るライチ。


「私は会ったことないよ。ただ、族長の指示に従ってこっちに来ただけ」


 なるほど、そういうことか。

 しかしそうなると、親父は族長とやらには接触していることにならないか?

 もしかして……いやでも、まさか。


「神楽夜。親父に会ったのはこっちか、それとも獣人界かどっちだ?」

「主、鋭いのう。さすが妾の旦那様よ。厳密にはこっちでも会っておるが、獣人界でも会っておるの」


 ってことは、やはり。


「考えたくもねぇ話だが。親父は異世界人か?」

「惜しい。というか、普通はそう考えるじゃろうな。しかしシキは紛れもなく人間じゃ、ただ特殊な力を備えておるだけでな」


 特殊な力と言われても、話の辻褄が合うような能力は一つしか思い浮かばないんだが。


「それは自力での異世界転移か?」

「本当に聡い奴じゃの、もっと驚かせてやるつもりだったんじゃが」


 いや、充分驚いてるっつうの。


「その通りじゃ。この世界でも妾達のように、結界を作ることが可能なゲートマンと呼ばれる人間が極めて稀にじゃが出現する。大体百年に一人くらいの割合だったかの? 当然異世界と交流しているそやつらは時代錯誤の情報力、技術力、身体能力を有している為ほとんどが有名人のはずじゃ。まぁ、中にはシキのように気ままに生きている変な奴もおるがの」


 マジかよ。

 この世界も昔から異世界と交流があったなんてにわかには信じ難いが、例えば不老不死伝説や時間旅行伝説のサンジェルマン伯爵。

 四百メートル離れた後方の動く相手を狙撃したと言われるシモ・ヘイヘに、あれだけの凶行を起こしながら未だに正体不明の殺人鬼切り裂きジャック。

 俺みたいに少しでも歴史に興味のある人間なら、はっきり言って人間離れした人間には善悪問わず思い当たる節があり過ぎる。

 そして彼ら全員がゲートマンだったのだと言われれば、その全ての伝説に納得がいっちまう。


「さて、次はお主について説明せねばならんの」


 親父についても異世界を行き来しているいうことが分かっただけで滅茶苦茶説明不足なんだが。

 まぁでも神楽夜がこう言うってことは、先に俺についても説明したほうが楽なんだろう。周囲を幸せにするとかいう、わけの分からん抽象的な説明しか受けていないしな。


「ツクシ、お主は妾達と――」

「ツクシ君、神楽夜、ちょっと待って。あいつ、何?」


 神楽夜の言葉を遮ったのは、ライチだ。左手で帽子を押さえながら正面を睨んでいる。

 こいつのこんなに真剣な表情は初めて見たかもしれない。

 その言葉に反応して俺と神楽夜が正面に視線をやると、そこには黒山羊の頭に上半身裸の生き物が立っていた。

 首から下は人間に見えるが、外灯の少ない場所に立っているので、その頭は被り物なのか神楽夜のような本物なのか判別がつかない。

 あいつ、どっちだ?

 神楽夜かライチ目当ての被り物をした変質者ならおそらく簡単に追っ払えるんだが、あの頭が本物だった場合が面倒だ。

 もう異世界人は腹一杯なんだが。


「サザンバラツクシダナ? イッショニキテモラオウ」


 ボイスチェンジャーでも使っているんじゃないかという超低音で、耳障りな声を発する山羊頭。思わず耳に手を当ててしまうが、耳の良い神楽夜には更にダメージが大きいようで完全に両耳を閉じて塞いでいる。

 あの耳って自分の意思でそんなことが出来るのか。便利だな。

 そしてこいつは、俺の名前を知っている時点で後者確定か。

 神楽夜から聞いた感じ大丈夫そうな印象だったから警戒していなかったが、異世界勧誘お断りシールでも用意しておけばよかったかな。

 何度も同じ断り文句を使ってるからいい加減暗記しちまいそうな勢いだぜ。


「生憎だが、お前の世界に行く気はねぇよ。俺には養ってやらなきゃいけない弟や妹が――って、ウソ⁉ ちょい待て、待った待った!」


 山羊頭は今までの異世界人とは違い、俺の返答など求めてはいなかった。

 前屈みの姿勢になり一直線にこちらへ向かってきた右手には、ちょうど外灯の下に位置したことにより照らされてギラリと不気味に光る、湾曲した鎌のような刃物。

 一気に距離を詰めると同時に、その鎌を振りかぶりこちらへ向けて有無を言わさず突進してきた。

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