異世界から指名手配でもされてんのか、俺は?
「え? はっはっは! 面白い冗談ですね。今焼き鳥を購入したではありませんか、喰うつもりならこんなもの買わないでいいでしょう?」
顎をぬめりと動かし、歯をカチカチと鳴らしながら返事をするリザードマン。冗談返しのつもりでやっているんだろうが、全く冗談に聞こえねぇし見えねぇよ!
でも、信じるしかない。ここで死のうが俺だけ異世界に行こうが、あいつらを養えなくなることに変わりはないんだから。
それなら俺が生きて稼ぐしか元々選択肢はないんだ。
「弟や妹を置いていくわけにはいかないので、異世界には行けません」
明確に理由付きで、拒絶の意思を伝える。
「ふーむ……そうですか。我々としては全員に来ていただいてもかまわないのですが、どうでしょう?」
「妹達は学校が楽しいと言っているので、おそらく断ると思います。それにあいつらが高校出るまでは養ってやると約束しているんです」
「いや、それは素晴らしい。うーん、そうですね。それならば、身を引くしかないか」
嘘だろ、まさか話が通じたのか?
なんて話の通じるリザードマンなんだ。神楽夜の時とは大違いじゃないか。
「貴方が居れば我々の世界の繁栄は約束されたんですが、まぁこれは自力で頑張れという啓示だと捉えましょう。ただもし、もし我々の世界に少しでも興味が出るようならここに連絡をください」
そう言うとリザードマンは、携帯の電話番号が書かれた紙を差し出した。
いや、俺携帯持ってないんだが。まぁ家電からならかけられるか。
しかしパイパイでの支払いといい、どうして地球人の俺が持っていないのに異世界人のリザードマンが携帯を持っているんだ。
「分かりました。あ、お買い上げありがとうございました」
「ふふふ、お仕事頑張ってください。――おっと、丁度お時間のようだ。ではご機嫌よう。三々波羅ツクシさん」
「え? ちょ、待って! なんで下の名前まで――」
喋り終わると同時に、入店して来た時とは違い足ではなく尻尾を器用に動かして猛スピードで店外へと出て行ってしまったリザードマン。
苗字は名札に書いてあるが、どうして俺のフルネームまで知っているんだ?
神楽夜の件といい、俺は異世界から指名手配でもされているんだろうか。
リザードマンと入れ替わるように自動ドアから現れたのは、千鶴さんだ。
それであんな速度で出ていったのか。そういえば蛇にはピット器官というものがあって、視覚に頼らなくても周囲の状況を把握出来る能力があるとか聞いたことがある。
あのリザードマンにも似たようなものがあって、千鶴さんがこの店に近づくのを感知したんだろうか。
「ただいまツクシ君、いい子でお留守番してたかな? お婆ちゃん凄く喜んでたよ――って、わ! 何これ、店内びっちょびちょじゃない!」
千鶴さんの声を聞いて安心した俺は、無理矢理張っていた虚勢の糸がぷつりと切れ、そのまま地面にへなへなと倒れ込んだ。
「ちょっと、大丈夫⁉」
慌てて駆け寄って来てくれる千鶴さん。でもおそらく、腰が抜けているのでしばらく立ち上がることは出来ない。
本当に怖かったんだ。人生終わったと何度も思った。
あ、でも仕込み過ぎた焼き鳥が売れたのだけは嬉しかったな。
水? に濡れた店内清掃のせいで、高校生が働ける午後十時ギリギリまで残業をこなし、ようやく帰路に着くことが出来た俺は蜂乃神社周辺を避けて帰るべきか考えていた。
いや、残業分の時給は発生しているので、逆にあのリザードマンには感謝するべきなのかもしれない。うちの店はそういう早急に必要な事由がない限り、基本的に残業を嫌う方針だからな。
千鶴さんには来店した酔っ払いのお客さんがもどしてしまい、店内を水に濡らしたモップで清掃していたら臭いで気分が悪くなったと説明した。
しかし俺の腰の抜けようは相当だったらしく、結構疑われた。
だが同じアルバイトという立場の千鶴さんに監視カメラを再生する方法はないし、しぶしぶ納得して清掃を手伝ってくれた。
というかあいつ、そもそも監視カメラなどには普通に映るのだろうか。店長に映像を確認してみてもらいたいが、もし俺がその存在を他人に教えるのがリザードマン的にアウトだった場合、何をされるか分からない。そう考えると死ぬほど恐ろしいので黙っておこうと思う。変に騒ぎになってバイトに影響が出たりしたら、俺も困るしな。
さて、それはそうと帰り道をどうしようか。
あれから結構時間が経過しているが、まだ神社周辺に神楽夜が居る可能性は否定出来ない。行きに通った道なら帰りも通ると考えるのが道理だからな。それに、結界とやらを閉めるのにどれだけ時間がかかるのかも謎だ。
はっきり言って神楽夜に対してはリザードマンのような恐怖はないんだが、単純に明日も朝から新聞配達のバイトがある。ただでさえ寝不足なんだ、睡眠時間は少しでも多く確保したい。ようするに、このまま家まで真っ直ぐ帰りたいだけだ。
もし蜂乃神社を避けるなら、家までは少し遠回りをして帰ることになる。
安定した遠回り択をとるか、リスクをとって近道を行くか。
ちくしょう、なんでバイト先からの帰り道なんかで悩まなきゃいけないんだ。
地面を見つめ歩きながら考えを巡らせる。もうすぐどちらの道を選ぶかの分岐点だ。
来た道を帰る、つまりリスキーな近道なら真っ直ぐ。少し遠回りで蜂乃神社を避けるなら左側の路地に入らないといけない。
決めきれず未だに迷っている俺の顔が、突然光で照らされた。
視線を地面に向けていたのだが、その光は下を向いていても思わず顔をしかめてしまうほどの威力だ。
発せられた方向はおそらく正面。この時間だ、車のハイビームあたりだろうと予想して顔をあげた俺の考えは完全に甘かった。
目に映ったのは、本日三度目の現実離れした光景。
眩しさで目を細めているので見間違いであってほしいと願ったが、いくらこんな状況であっても車と見間違えることはあり得ない。
俺の目を眩ませた光源は、青白く強烈な光を発する。二メートルほどの大きさの水晶だった。
いや、正確には水晶のように見える物体が正しいか。鉱物としては規格外の大きさだし、俺の知っている水晶は目を眩ませるほどの青白い光を放たない。
若干光に慣れた目でよく見てみると、中にはうっすらとだが女のシルエットが見える。
衣服などは纏っておらず裸体で、目は閉じている。容姿が異様に美人であるところ以外普通の人間と大差ないように思えるが、一つだけ言えることがある。
確実に、異世界フラグだ。
こいつは異世界人で、俺を異世界に連れて行くつもりだ。
だってこれ、異世界といえば何を連想しますかランキング十位には食い込んでくること間違いなしの囚われお姫様だろ! 本当に囚われの身パターンなのか、異世界から干渉する場合こうなるパターンなのかは分からんが、透き通った綺麗な声で勇者だの救世主だのと相手を祭り上げ、自分の世界に転移させるつもりに違いねぇ!
夕方からで神楽夜に続きリザードマン、そして今って、あからさまな狙い撃ちだろう。
俺がこいつらに追い回される理由は一体なんなんだ?
くそ、そうだとしてもせめて間隔を開けやがれ。一時間に一度くらいのペースでポンポン湧いてきやがる。蝗かこいつらは。
「勇者、三々波羅ツク――」
俺は水晶の中に居る女の口が開くその瞬間を見逃さなかった。
それを目視すると同時に、即座につま先を左に向け全速力で路地へと走った。
先手必勝。関われば、俺の睡眠時間はどんどん奪われていくことになるからな。
そのまま少し進んだところで振り返ってみるが、ぼんやりと青白い光が見えるだけで追ってきている素振りはない。いや、あの大きさでこの狭さの路地に入られたら物理的に追えないんだろう。
直進ダッシュではなくこっちを選んだのはその可能性に賭けてだったが、大正解だったみたいだ。
しかし、少し聞こえただけだが予想以上に透き通った凄く綺麗な声だったな。
あの声であのレベルの美人にもし同情を促す雰囲気でこられたりしたら、放っておけなくなるところだったかもしれん。危なかった。
予想外の来訪者により、半ば強制的に遠回りになる道を選ばされた格好になった。
三度も現実離れした光景を見せられ俺の疲労は極限状態だ。
本来は歩いて三十分弱の帰り道が、途方もない山を登るような錯覚にかられ思わず眉をひそめてしまう。
駄目だ、一旦休もう。もちろん睡眠時間は惜しいが背に腹はかえられん。走って震えて走ってのコンボで、足にも相当なダメージが蓄積されている。
俺はそのまま近くにある、
いくら疲れているから近場で休むとはいえわざわざ夜の墓地に立ち寄るなんて不気味な奴だと思われるかもしれないが、ここを選んだのにはちゃんと理由がある。
ここには三々波羅家の墓があるんだ。つまり母さん、三々波羅セツが眠ってる。
学業とアルバイトの両立で日中ほとんど暇がない俺には、ドレミファマートの帰りであるこの時間くらいしか墓参りの時間がとれない。故に墓参りに来るのは大体いつも暗くなってから一人。最初は多少の気味悪さも感じたが、もう慣れた。
本来今日は寄る予定ではなかったが、これだけ滅茶苦茶な出来事に巻き込まれまくっているので、精神的な回復の意味も込めてここを休憩場所に選んだというわけだ。
それに慣れてしまった今は、夜の墓の雰囲気も嫌いじゃない。なんだかこう現実離れしているというか、それこそ異世界のような独特の空気を持っている。
って、今日これだけ異世界への誘いを拒んでいるのにその例えは変かもしれないな。
人の気配がないので風に揺れる草木の音がしんみりと聞こえるし、飾ってある花なんかも綺麗な色が多く夜の闇によく映える。
俺は休憩用のベンチに座りながら聴覚や視覚でそれらを一通り味わった後、母さんの墓への階段に足をかけた。
上っていくと同時に、腰につけている家の鍵がちゃらちゃらと音を立て、俺の足の動きに合わせて一定のリズムを刻んでいる。
普段はなんとも思わないが、非現実的な体験をした後の日常的に聞き慣れた音というのは意外と心地良いことが分かった。
下から十段目、そして右奥から三番目。その墓石に近寄ると三々波羅家之墓という文字が見えてくる。
俺は目の前まで辿り着くと、目を瞑るわけでもなく、手を合わせるわけでもなく、ただ母さんに喋りかけた。
苦手なんだ、そういう作法が。
だって毎度目を瞑っていたら、母さんが見る俺の顔は今後いつもそれになっちまうし、毎度手を合わせていたらいつも頼み事をしているみたいになっちまう。
母さんの墓に来る事で、母さんとの思い出を回想して英気を養う。あとは最近の出来事を報告するくらいか。
墓というのは、俺の中ではそういう場所だ。死んじまってる故人に頼みごとをしたり仏頂面を拝ませにくるところじゃない。
まぁ完全に持論だし、人に理解してもらおうと思う気も押し付ける気もないので基本人には話さない。
あぁ、ただし妹達は別だ。母さんの命日には三人で一緒に墓参りをし、その際当然スイカとモミジは普通に手を合わせて目を瞑った。そんな中俺だけぼーっとしているのも不自然なので二人には俺の持論を話している。
「なぁ母さん、今日は久しぶりにツララの姿を見られたよ。スイカなんて俺が遅刻しそうなのに気付いて、シャワーを後回しにして起こしてくれてさ。自分が自分がって性格だったのに、信じられるか? モミジの料理は相変わらず美味い、最近作るカレーなんか母さんの味そっくりだよ」
墓参りを終えた俺は、行きに上がった階段を降りていた。
行きは多少のしんどさを感じたが、今はほとんど苦にならない。やはり人間気分が変わると同じ疲労でも感じ方が全然違うな。ここに寄って正解だった。
少しペースをあげ、一段飛ばしで軽快に階段を降りていく。調子も上がってきたしそのまま鼻歌でも歌おうかと周囲を確認したところ、残念ながら前方に人が倒れていたのでやめておいた。
こんな夜中にハイテンションで墓場に居る人間を目撃したら、ホラー以外なにものでもないからな。傍から見たら完全に人を埋め終えてご機嫌な殺人鬼だ。
――って、人が、倒れている⁉
……しまった! 異世界人来訪という非現実的過ぎる光景を三度も見せられたせいで、緊急事態に対するハードルが上がり過ぎていた!
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