褪せぬ思い出

 殺すわけ、ねぇだろ。

 俺が二度斬ったのはたしかに頭部。だがそれはツララの思考を支配していた二本の角。つまり紫と赤の光を放つ、異形の部分を斬り落としただけだ。

 まぁ位置関係的に向こうからは、ツララの頭を叩っ斬ったように見えてもおかしくはないがな。

 力の源を失ったツララは糸が切れたように、地面にへたりと倒れ込む。

 それと同時に背後からはズシン、という轟音が響き渡り、遅れて地面を揺らすほどの振動が伝わってくる。振り返って確認すると、巨大山羊頭が倒れていた。

 奴もほぼ同じタイミングで三人によって倒されたようだ。


「おい、意識はあるのか?」


 今までツララは角無しだったんだ。

 角が折れると死んじまうなんてことはなさそうだが、身体に何かしらの影響が出る可能性はあるからな。

 俺が問いかけると、ツララは下を向いたまま、返答の代わりに肩をびくんと震わせた。元のツララに戻っているような反応だが、実際のところは分からない。


「謝罪も反省もいらねぇ、ただ一つだけ聞いておきたいことがある」


 もちろん反応はない。

 だが俺はおかまいなしに続ける。


「俺は異世界人の座敷童で、拾われ子。ただし俺の家族は三々波羅シキ、セツ、スイカ、モミジ。そして同じ拾われ子のお前、ツララだけだ。お前にとっての家族は誰だ?」


 俺が先ほどと同じ質問を繰り返した後、沈黙の時間が続く。

 その間に神楽夜、ライチ、リュウカの三人が合流した。

 心配していたライチはリュウカに肩を借りつつも、なんとか歩く事が出来ている。

 肩の辺りが長い袖で縛ってある、おそらくリュウカが止血の為応急処置を施してくれたんだろう。

 そして三人共が気配を察知し、口を挟むような野暮なことはしてこない。


「ごめん……」


 ツララがしばらくしてようやく絞り出した言葉は、それだった。

 今にも消え入りそうなか細い声で、謝罪の言葉を口にする。


「謝罪も反省もいらねぇっつったろ。で、質問の答えは?」

「……黒い自分が頭の中で囁いたんだ。お前を追い詰めているような現状はまやかしだ、破壊しろって。お前にはその力がある、魔族として生きることこそが正解だって何度も何度も」


 そんなことは、分かってる。


「お前が進んで魔族の仲間になろうとしたなんて、俺もスイカもモミジも、シキですら誰も思わねぇよ」


 ツララは俺の言葉に、首を振ることで答える。


「いや、違うよ。兄さんのように強い精神力があれば、きっと僕もそんなものに負けることはなかったんだ。だけど、逃げてばかりの僕はその声に逆らうことが出来なかった」


 おいおい、逆に少しくらいさっきまでの威勢を残しておいたほうが良かったんじゃないか?


「だーから! 謝罪反省云々はいい! 質問に答えろ!」

「ここまで迷惑かけたんだ、今さらそんな都合の良い事言えないよ。一年間も逃げ続けたうえ、兄さんに殺意を向けた。スイカとモミジにも迷惑をかけて、挙句兄さんの仲間に取り返しの付かない傷を付けた」


 あー、もう! まどろっこしい!

 この自分に対する自信のなさ。

 間違いない、完全に元のツララだ。


「能力は高いくせに、マイナス思考過ぎるんだよてめぇは! それなら直接聞いてみればいいじゃねぇか! とりあえずさっさとモミジの居場所を教えろ!」


 ツララはばつが悪そうな顔を浮かべたが言葉に従い、俺達を運動場の隅にある物置へと案内した。

 扉を開くと、中には口と手足を布で縛られたモミジの姿がある。


「モミジ! 無事だったか!」


 俺はモミジの側へ駆け寄ると、しゃがみ込み口と手足の拘束を外す。


「ぷはっ! ありがとう、ツクシお兄ちゃん。神楽夜さんにライチさん、それに――」


 モミジは今、頭に角が生えた後その角を斬り落とされている兄貴や、左腕の爛れた兄貴。リュウカという未知の異世界人。そして、腕を刎ねられたライチを見ている。

 加えて外からはずっとわけの分からない轟音が響いていたことだろう。

 それなのに。質問したいことばかりであろうにも関わらず、開口一番の台詞が感謝なのは実にモミジらしい。


「リュウカだ」

「リュウカさん。ツクシお兄ちゃん、スイカは大丈夫?」

「あぁ、無事だよ。今は疲れて寝ちまったから、猪瀬に看病を頼んでる」

「そっか、それなら安心だね」


 そう言うとモミジは、ツララの方へ歩き出す。

 俯いてこそすれど、足音でその気配を感じたのだろう。ツララは一層肩と表情を強張らせた。

 対してモミジは目の前まで近づくと、恨み言を言うでもなく、何を問いただすでもなく。

 ツララを抱きしめて、ただ一言笑顔でこう言った。


「おかえりなさい、ツララお兄ちゃん」


 その言葉を聞いた瞬間。

 ツララはまるで兄と妹が逆転したかのように啼泣し、抱擁を返した。


「ごめん、ごめんなモミジ! 今回も今までも、辛い思いばかりさせて。大切な、大切な家族なのに!」


 俺は存分に兄貴風を吹かせて、ほら見ろ、と言おうとしたが、今少しでも言葉を発すると俺も号泣してしまいそうなので、黙ってその光景を見守り続けることにした。

 少し荒療治だったかもしれないが、結果良ければ全て良し。ツララは文字通り本当に操り人形にされていただけだった。

 そしてその能力の媒体は魔界の奴らに共通する角。俺がそれを破壊したため、ツララは元の性格に戻った。

 ちなみにマギャリオンが角を媒体にして洗脳の力を使用していると気付いた理由は、魔族にしか効果がないという前情報を考慮した結果、ツララ、山羊頭、巨大山羊頭に共通する項目がそれしかなかったからだ。

 単純な理由だが、実際ツララに至っては明らかに角を介して能力を使用していた。

 我ながらそこまで無茶な賭けだったとも思わない。

 まぁ、仮にもし賭けに負けていたとしても。俺が倒されていようとも。

 時間はかかれど、ツララは必ず自分に打ち克ち、本来の自分を取り戻していただろうと思うけどな。

 だってさっきの戦闘でも、モミジを盾にすれば解決出来た箇所が沢山あったんだ。

 でもツララは、洗脳状態であったにも関わらずそれをしなかった。


 それに、あの時入ったツララの部屋。

 唯一荒らされていなかった一箇所。

 そこには、スイカの部屋と全く同じ写真が飾ってあったんだから。

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