暴虎馮河
「うぉっ!」
咄嗟に飛び退いて直撃は免れたが、避けきれなかった左腕がそれに巻き込まれた。
燃えてしまったのかと錯覚するほどの熱が襲い、続けて鈍く重い痛みが走る。
怪我の程度を判断するため指や手首に力を入れようと試みるが、上手く力が入らない。
「あはは! まさか僕の能力が召喚と鎌を振り回すだけだとでも思ったの? そんなわけがないだろう! 僕はいずれ全世界を統べる、魔王マギャリオンの息子だよ⁉」
ヒステリック気味にそう宣うツララへ目をやると、さっきまで発光していなかった右角が赤く光っている。召喚の時に角が光っていたことから察するに、おそらくあれがさっきの爆発の原因。
さっきまでの接近戦であの力を使わなかったのは、密着状態で自分が巻き込まれるのを防ぐためか。
おいおい、そいつはあまりにも理不尽だ。こっちは能力ナシだってのに、一人で能力二つ持ちかよ!
「ぐっ!」
次々に周囲の景色が歪み、次々に爆ぜていく。
角の発光具合で撃ってくるタイミングはなんとなく分かるのに、こうも連発されると避けるので精一杯だ。反則だろ、こんな能力。
比べて俺の武器はこの異世界剣のみ。とにかく近づかないことには、勝負にすらならねぇ。接近するには的を絞れないよう多人数で攻めるのが一番効きそうだが、生憎三人は巨大山羊頭と戦り合うので手一杯だ。
こっちは俺一人でなんとかしなくちゃならない。
……いや、逆に考えてみるか。このまま逃げて逃げて逃げ続けて――
「逃げてばかりでつまらないなぁ。反撃してこないなら、向こうにもちょっかい出してみようか?」
そう言うとツララは角を発光させ、巨大山羊頭と戦闘しているライチの至近距離の空気を歪ませた。
は? あんなところまで届くってのか⁉
互いに戦闘中のため、俺と向こうの距離は戦闘開始時より大分開いているのに。
この威力に加えて射程まで長いのかよ、ふざけんな!
範囲こそ狭いが、かすっただけで未だに左腕が上手く利かないんだ。
こんなものが意識外から直撃したら、致命傷は免れない。
「ライチ! 避けろ!」
ライチは俺が発声するより先にツララの攻撃を感知し、回避行動をとっていた。
さすがライチ! と、思ったのも束の間。
爆発の直撃こそ避けたものの、ライチはその爆風で帽子を落としてしまう。
「しまっ――た――」
キョンシー族の生命線である札を失い、ライチの身体は針金を通したように硬直する。
その隙を、敵が見逃すはずがない。
巨大山羊頭はすぐさま狙いを正面にいるリュウカからライチへ切り替え、容赦なく大鎌を振り上げる。
「やらせるかよこの野郎! 喰らえ!」
リュウカが大きく息を吸い込み、炎を吐き出した。
それを浴びた巨大山羊頭は、ようやくライチと距離を開ける。
しかし既に、鎌は振り下ろされた後だった。
数秒間宙を舞い、ボトリと小さく鈍い音を立てて地面に落ちたそれは、この距離と暗さでは何であるのか判別出来ない。
だが、ライチの右腕。肩から先。
いや、右腕が在った場所。
そこを見れば、容易に想像が可能だった。
「ライチィイイ!」
俺の身体から大量の脂汗が流れ出す。声の限りを尽くし、叫ぶ。
神楽夜がすぐさま帽子を拾いライチに被せるが、ライチはそのままどさりと地面に倒れ込んだ。
脳が脈打ち、手足がわななく。
気付けば、痛めている左拳すらも渾身の力で握り締めていた。
「あははは! 兄さんが僕をしっかり抑えておかないから、こういうことになるんだよ。だから逃げ回ってないでさっさと――」
「……うるせぇな。黙れよ」
俺は人生で初めて、自分自身で制御出来ないほどの怒りという感情を抱いた。そしてその矛先を、全て一点に向けている。弟であるツララへ向けて。
スイカが力を使った後眠ってしまったのを見て、ツララのエネルギー切れを狙う作戦を考えていた。だがいくら山羊頭を召喚しようと爆発を起こそうと、こいつは平然としてやがる。おそらくそれほどまでに魔族とやらの基礎能力が高いんだろう。
それならもう、その元を断つまでだ。
「おいツララ、お前にとっての家族は誰だ?」
「は? 何を言っているんだ、この状況で――」
「いいから答えろ」
「ぼ、僕の家族は魔族だけだ! さっきから言っているだろう、マギャリオンの息子であることを知れて心底光栄だよ!」
あぁ、そうだよな。それを聞いて安心したぜ。
俺は頭と右腕だけを重点的に庇い、そのまま一直線にツララへ向けて駆け出した。
「え? まさか怒りで我を失ったの? まぁこっちとしては、壊しやすくなって助かるよ!」
回避行動をとらず、ただ真っ直ぐ突き進むという選択をした俺に襲い掛かるのは、当然ツララから放たれる無数の爆発。
分かっていたことだ。だから最初は、出来るだけ負傷しないよう距離を詰める方法を模索していた。
しかしそんな悠長なことをしていたから、仲間が。ライチが傷ついた。
進めば進むほど滅茶苦茶熱いし死ぬほど痛ぇ。
でも四肢がもげたわけじゃない。ライチの痛みはこんなもんじゃなかったはずだ。
「ちっ、しぶといな。いい加減に諦めろよ!」
諦めるわけがねぇ。俺が諦めたら、お前は負傷したライチを抱えてるあっち側に向かっちまうだろうがよ。
俺は怯むことなく、そのまま突き進み続ける。
「こいつ!」
「どうしたツララ、追い詰められたような顔して。状況的に追い詰めてんのはそっちだろ?」
近くで爆発音を聞き続けているので、最早耳の機能も大分低下してきている。
三人が俺に向けてなにか叫んでいるみたいだが、ツララと違い距離が遠いのでほとんど聞き取れない。
「ツクシ、無茶をするな! 左腕がもうボロボロじゃぞ!」
そんな中、タイミングが良かったのかふと神楽夜の声が鮮明に聞こえた。
そりゃまぁ、壊れたら終わっちまう頭と剣を振る為の右腕だけは絶対に晒せない。ガードに使うのはどうしても負傷した左腕になっちまうからな。
忠告ありがとう、三人共。
でもな、無茶しないと勝てねぇんだよ。
俺は火傷で爛れた左腕に目をやる。ひでぇな、それに焦げた嫌な臭い。もしかして、いやもしかしなくても元通りには戻らないだろう。
ただし痛みに関してはピークを越えたのかアドレナリンのおかげか、あまり感じなくなってきたことだけが幸いか。
「止まれ、止まれよ! 死ぬのが怖くないのか⁉」
そんな人間がいてたまるかよ。
ただ、俺は。
「あぁ、死ぬことよりお前がお前自身でなくなる事のほうが、他人が俺の代わりに傷つく事のほうが、ずっと怖いね! どれだけ戦闘能力で劣っていようとも、精神力では腐れ魔王に操られたうえ、格下だと宣った俺とのタイマンからも逃げるような奴なんかに絶対負けねぇ!」
俺はずっと心に溜めていた言葉をツララに吐き出すと、その勢いのまま、ツララの胴を真っ二つにする勢いで思いきり斬りかかった。
予想通りその一撃は大鎌で受け止められたが、さっきよりも異世界剣が手に馴染む。
それはおそらく、俺がさっきのように向こうの攻撃を捌きたいという弱気な思考ではなく、こいつを斬るという闘争本能を剥き出しにしているからだろう。
今度の鍔迫り合いは、俺が上になるかたちで圧倒的優位だ。前述通り、これだけ密着されれば爆発の力も使えないはず。
特に、自分の身を守る事が最優先の今のツララにはな!
「やめろ! あんなぽっと出の異世界人達のために、本当に弟である僕を殺すのか⁉」
「都合の良い時だけ弟面してんじゃねぇよ、操り人形が!」
さっきとは逆、今度は俺がツララの鎌を弾き飛ばす。聞こえにくくなっている耳にも響く金属音。世界が少しスローモーションになったような錯覚を覚える。
そしてもう一度異世界剣を振りかぶると、ツララに向けて渾身の力で振り下ろした。
一閃。
頭部に一太刀。
そして間髪入れずもう一撃を同じく頭部に叩きこむ。
手に伝わるのは重く鈍い痺れ。剣で対象を斬り落とすという、味わったことのない感触。
直後。時間が経ち回復してきた俺の耳に、この光景を見ていたリュウカの声が響く。
「三々波羅ツクシ! お前本当に弟を――」
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