最終決戦 参戦者

「ライチ、大丈夫か⁉」


 突然、リュウカに支えられていたライチが膝をつく。

 ひどい汗だ。相当消耗しているのが分かる。

 俺達のやりとりが終わるまで自分の事を気に掛けさせまいと、かなり無理をしていたんだろう。


「うん。札が外れた時は焦ったけど、リュウカと神楽夜のおかげでなんとか」


 しかしそう答えるライチの左肩は縛ってある布まで赤く染まっており、近くで見ると生々しく痛々しい傷痕が見える。


「ごめんなさい、僕のせいで! 何度謝っても取り返しがつかないことをしたのは分かってます、本当に――」

「ううん、あなたのせいじゃない。悪いのはマギャリオン。だから、そんな顔しないで。ツクシ君も私達も、皆あなたの笑顔の為に戦ったんだから」


 違う、俺のせいだ。

 俺に力と判断力が足りなかったからライチに大怪我させちまったし、ツララにこんな思いをさせちまってる。

 くそ、俺のせいで……。

 今さら後悔したところでどうにもならないのは分かっているが、やりきれないという気持ちもどうにもならない。


「三々波羅ツクシ、それに三々波羅モミジ。提案があるんだがいいか?」


 暗い雰囲気を払うように、リュウカの声が響く。まだ内容を聞いていないが聞かない理由が一切ないので、俺とモミジは同時にこくりと頷いた。


「三々波羅モミジを覚醒させたい。まだそんなに時間が経っていない今なら、ライチの腕がくっつく可能性がある」


 リュウカはいつの間にかその手に、刎ねられたライチの腕を持っていた。

 一瞬ぎょっとしたが、そうか。その手があったか!


「是非それで頼む! モミジ、苦しい思いをするかもしれないが耐えられるか?」


 俺は出来るだけ時間をかけず、モミジに簡潔に説明をした。母さんのこと、セイレーンの持つ力のこと、共鳴のこと。


「そうだったんだ、お母さんはやっぱり私達の自慢だね。うん、分かった。皆で私達を助けてくれたんだから、私も何か力になれるなら嬉しいよ」


 どれか一つをとっても頭で整理するのに何日もかかりそうな内容ばかりだが、やはり性格は違えどスイカと双子の姉妹だ。

 スイカより多少察することや覚悟が出来ていたにしても、我が妹ながら大した肝っ玉だよ。

 二人共こんな場面でも、自分よりまず他人を優先しちまうんだから。


「ただ一つ、それを実行するとなると問題が生まれる」


 モミジの了承を得ることが出来、準備万端だと思ったんだが。


「なんだ? スイカの時のようにすぐ覚醒するとは限らないとか、共鳴するには間隔を空けなければ消耗が激しいとか、そういうことか?」

「いや、おそらく三々波羅モミジの精神力なら覚醒は早いしオレの体力も大丈夫だ。ただ屋上ではまだ戦闘音が響いている、加勢に行く人数は一人でも多いほうがいいだろう。現状ここでリタイア確定なのは、重傷のライチ、そして戦闘能力のないお前の兄妹だ。三々波羅ツクシ、お前も火傷で出血が止まっているとはいえ、怪我の程度的には充分リタイアの対象だと思うんだが。どうせ止めてもいくんだろ?」


 俺はリュウカの問いに間を空けることなく、こくりと頷く。


「当たり前だ、クソ親父と約束しちまったからな。あいつに約束を破ったなんて弱みを握られたら、今後が面倒な事この上ない」

「はは、勇敢なのか無謀なのか。前者であることを願ってるよ。で、本題なんだが。三々波羅モミジを覚醒させるとなると、オレもここでリタイアすることになる」


 ……なるほど、たしかにその通りだ。

 特にリュウカの戦闘能力はこの中で一番と言っていいくらいに高いうえ、さっきの戦闘でもほぼダメージを蓄積していない。一緒に戦ってくれるのなら、大きな戦力になること必至だ。


「分かった。モミジの覚醒、つまりライチを優先してくれ」


 それでも、迷う理由にはならない。


「ツクシ君、私はキョンシー族だからあまり痛みを感じない。失った腕も片方、一本残っていればご飯は食べられる。そもそもマギャリオンに負けてツクシ君を奪われたら、今までの皆の苦労は全部水の泡なんだよ? それなら討てる可能性は一パーセントでも上げるべきに決まってる。どう考えても、リュウカを連れて行く方が賢明じゃない?」


 ライチが正論を唱える。

 だがそれは、理論的に見て正論というやつだ。悪いが俺は感情的に選択させてもらう。

 だってお前、やせ我慢が効かず片膝をつくくらいには、痛みを感じているじゃねぇか。


「馬鹿言うな、お前の腕の方が大事に決まっている。それにリュウカがいなくても、マギャリオンくらい討ってきてやるから安心して待ってろ!」


 俺もお前達や妹を見習って、自分を懸けて他人を大事に生きられるようになりたいんだ。

 もちろん、その為の犠牲になるつもりはないけどな。

 マギャリオンを討つ。

 これは本気で言っている。


「ははは! 三々波羅ツクシ、やっぱりお前恰好いいよ。どうだ、この戦いが終わったらオレと恋仲になるか? サラマンダーのメスは見た目ほぼ人間だし、容姿もそこまで悪くないだろ?」

「やめい! ツクシには妾という婚約者がおるんじゃ! ライチといいリュウカといい、人様の旦那をたぶらかすのは感心せんぞ!」


 今まで口を挟まなかった神楽夜が、ここぞとばかりに声をあげる。

 あっはっは! 今から魔王を討ちに行くというのに、死ぬかもしれないというのに。緊張感ゼロだな。

 まぁ、でもそれが逆に心地良くもある。


「じゃあ行くか、最後の戦いに。対魔王だ、生きて帰れるかは分からないが、それでも付き合ってくれるか? 神楽夜」


 俺は唯一残った兎耳の援軍に問いかける。


「当たり前じゃ! 今だけでなく、これからも一生付き合うに決まっておる! そもそも妾が主に共鳴する場合、数年単位でかかる可能性もあるしの」

「え⁉ そうなの⁉」

「マギャリオンですら魔族の覚醒に約五年。別世界の住人を無理矢理覚醒させるんじゃぞ、当然そのくらいの欠点はある。妹達のようにすぐに覚醒が可能なら、戦わずとも主を覚醒させて事なきを得るに決まっておろう」


 さっき質問しようとした答えが今返ってきた。なるほど、いつになるか分からない俺の覚醒を待つ時間なんて、元からなかったってわけか。


「さぁ、行くぞ。ツクシ」

「よろしく。神楽夜」


 神楽夜の耳が一段と鋭く尖り、白い体毛が身体中に拡がる。

 そして兎化が完了すると同時にそのまま俺を抱え上げ、勢いよく跳び上がる。

 その後校舎の側面をたった二蹴りしただけで、俺達は瞬く間に屋上へと到着した。

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