最終決戦 魔王マギャリオン

「無事か! クソ親父!」


 屋上に上がった俺達を待っていたのは、見るからに満身創痍の親父。身体中傷だらけだ、半裸になっている上半身は肌色より赤の割合が多い。

 よくあの状態で立っていられるもんだぜ。

 おまけにその手にはどこから取り出したのか、俺が持っている異世界剣の三倍はあるであろう、巨大な大剣を握っている。

 そして奥に見えるあの異形が、マギャリオン!


 ……じゃない。

 え? リュウゾウさん⁉

 一体いつの間に参戦していたんだ⁉

 もしかして、あの時見えた気がした影がリュウゾウさんだったのか?

 そうだとしたらスピードが人間離れし過ぎだろう。いや、人間じゃないのは分かっているんだが。

 そんなリュウゾウさんも息遣いがかなり荒く、苦しそうだ。大分消耗している証拠だろう。

 二人に相対しているのは、頭にツララの二倍以上の大きさの角を携え、親父の大剣より更に巨大な斧を構える大男。

 背丈は目測でも余裕で二メートルを超えている。

 その上半身は真っ青で、強大な威圧感と同時にまるで絵画に描かれた悪魔のような不気味さを併せ持っていた。下半身は山羊の後脚に似た逆関節になっており、茶色い毛で覆われている。

 今度こそ間違いない。こいつが、全ての元凶であるマギャリオン。

 まさにラスボスといった風格だぜ。

 ……ツララ、お父さんに似なくて本当に良かったな。


「おせぇよ、弟いなすのにどんだけかかってやがる」

「ツクシさん、月兎族さん、加勢もの凄く助かります。私もそろそろ限界でして」


 虚勢を張る親父と、素直に俺達の到着に感謝するリュウゾウさん。

 親に持つなら絶対後者がいいが、残念ながら俺の親は前者だ。

 しかし性格は違えど、受けているダメージは似たようなものか。改めて見ても二人の身体には大小様々な傷が其処彼処についており、既にボロボロだ。

 それでも臨戦態勢を崩さず堂々と魔王に対峙する姿は、二人が潜って来た修羅場の数を彷彿とさせる。

 そして周囲には、山羊頭や角の生えた見たこともない生物の山が築かれていた。

 そう言えば最初に見上げた時、屋上には複数の影があった。なのに現状、二人が相手をしているのはマギャリオンのみだ。

 まさか俺達がツララをいなすまでのたったあれだけの時間で、全て一掃したのか?

 にわかには信じられないが、それ以外に考えられない。リュウゾウさんはともかくとして、大口叩くだけあるじゃねえかクソ親父。


「で、俺達はどうすればいい? 正攻法で勝てるのか? って、うぉ!」

「跳ぶぞ! しっかり摑まっておれ!」


 けたたましい轟音を響かせ、俺の目の前で空気が爆ぜる。

 マギャリオンに目をやると、先ほどのツララと同じように右角が赤く発光していた。

 だがその威力は、ツララが起こした爆発とは比にならない。下にまで響いていた音の正体はこれか!

 今回はすんでのところで神楽夜が襟を掴み跳び上がってくれたので事なきを得たが、一人なら一発でゲームーオーバーだった。

 少し遅れて、冷や汗が俺の頬を伝う。


「馬鹿野郎、ぼけっとしてると秒殺されるぞ! 正攻法で勝てるなら、俺達二人でとっくに攻略してんだよ!」


 言い方に棘はあるが、たしかに親父の言う通りだ。

 マギャリオン以外をこれだけの速さで殲滅出来たのに、二人が未だ奴を討てていないのは単純に倒す算段がつかないため。


「角を落としても駄目なのか?」


 とりあえず、俺はツララを攻略した時の方法を提案してみる。


「あぁ、そんなもんは既に何回も試した。角だけでなく手足までな。だがどうやら、奴の身体は高速で無限に再生するみたいだぜ」


 はぁ⁉ そんな滅茶苦茶な!

 どうやって勝てというんだ、そんな化物に。

 思考を巡らせる暇もなく、今度はマギャリオンの左角が紫色に発光した。

 すると周囲に倒れていた魔族の内数体が、むくりと不気味に起き上がる。


「ちっ、まだ角の折れていない奴らがいたか! とにかく角を折れ、そうすればもう起き上がってはこねぇ!」


 起き上がった中には腕が千切れている個体や、足が妙な角度に曲がっている個体もいる。しかしそんなことなどおかまいなしに、俺達に向けて一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 これは最早洗脳というより、操作だろ。

 ツララはこんな強い支配力にあてられて、あれだけ自我を保っていたのか。


「神楽夜、危ない!」


 俺は右手で異世界剣を振るい、神楽夜の死角から襲い掛かる山羊頭をぎりぎりで斬り伏せる。


「すまぬツクシ、助かっ――」

「しゃがめ! 神楽夜、つくしん坊!」


 親父の声に反応して俺達が姿勢を低くすると、尋常ではない風圧が頭上を駆け抜ける。

 というか、何かが髪の先端をかすったような気がするんだが。

 見ると親父が持っていた大剣をぶん回し、周囲の敵を薙ぎ倒していた。

 おいおい、ゲームの怪力キャラかこいつ! パワフル過ぎんだろ!

 おもわず人生で初めて、親父に対して頼りになると感じちまった。

 しかしそんな攻撃を受けているにも関わらず、数秒と待つことなく直ぐに起き上がってくる魔族達。なるほど、こいつは相当に厄介だ。


 そこから俺と神楽夜、そして親父はそれぞれに背中を預け、なんとか襲ってくるそれらを捌き続ける。そして俺達が相手をしている隙に、リュウゾウさんがマギャリオン目掛けて跳び上がった。

 次いでそのまま巨大な尻尾を、その真っ青な巨体に思い切り叩き付ける。

 不意打ちに対応出来なかったのか、その一撃は見事に胴体を捉え、縦方向に大きく沈む。

 結果マギャリオンの半身が裂かれ右肩から右腕にかけてが、ぶらん、と身体から垂れ下がる格好となった。すげぇ、まるで刃の付いた鞭のような威力だ。


「さすがだぜ、リュウゾウさん!」

「いえ、これでも一時凌ぎにしかなりません。今のうちに周囲の魔族をお願いします」


 その言葉を聞いた俺がもう一度マギャリオンに視線を戻すと、裂け目からグジュグジュと生き物のようなものが蠢いているのが見えた。

 そして十秒と経たないうちそれらが肉を繋ぎ、マギャリオンはリュウゾウさんの尻尾を被弾する前の状態に戻る。

 ――嘘だろ、速過ぎだ。

 あれだけの深手で、再生までたった十秒前後かよ! 

 もしかしたら不意打ちに対応出来なかったのではなく、必要がないから避けなかったんじゃないかと疑うほどのスピード。

 しかしどうやらマギャリオンは再生に力を割くことになったようで、操っているゾンビ魔族達の動きが目に見えて悪くなっていた。

 リュウゾウさんが今のうちだと言ったのは、こういうことか。

 俺はチャンスを逃すまいと、近くにいた一体の角を渾身の力でぶった斬る。

 すると親父の言う通り、あれほどしぶとかったのが嘘のようにどさりとその場に倒れ込む。

 神楽夜と親父もそれぞれこのチャンスを活かして角を折る事に成功したようで、とりあえずゾンビ魔族は一掃したかたちだ。

 しかし、このままではまずい。

 全員に明らかなダメージや疲弊が見えるこちらに対して、マギャリオンにそんな兆候は一切見られない。

 このまま消耗戦になれば、確実にこちら側が先に潰れるだろう。

 なにより敵側に援軍が来ないとも限らない。そのリスクももちろん戦闘が長引けば長引くほど大きくなる。

 考えるんだ、劣る戦闘能力はやはり思考することでカバーするしかない。散々失敗してきただろう、そろそろ俺が役に立つべきだ。

 親父にリュウゾウさん、それに神楽夜とこちらのカードも充分強い。

 考えろ。

 不死身のマギャリオンを討つ方法を。

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