勃発!?おいでませ異世界戦争!!
タカサギ狸夜
日常
本日最後の時間割である英語の授業。
その最中に襲われた猛烈な睡魔になんとか打ち克ち、内容を朧ながらも詰め込んだ俺は、校門を出て少し足を進めたところにあるイチョウ並木の遊歩道を歩いていた。
この季節になると黄色と茶色のグラデーションが絶妙で、通い慣れた道だというのに思わず空を見上げながら歩いてしまう。
自然が織りなすキャンバスに目を走らせ、夕方から始まるアルバイトへの英気を養う。
我ながら口に出せないようなそんな気障ったらしいことを考えていると、足元にぶちゅん、という嫌な感覚が走った。
……はぁ、またやっちまった。
そのたった一歩で現実へと引き戻された俺を待っていたのは、さっきまでよりも一層強くなったひどい臭い。
一気に憂鬱な気分になり、靴裏にへばりついてしまったそれをアスファルトで拭っていると、周りを歩く学生達から失笑が漏れているのが聞こえた。
しかしその矛先は直ぐに俺ではない人物へと移り、またその数秒後には別人に移っている。
ようするにこの銀杏並木の中、銀杏を躱して歩くのは至難の技だということだ。
あぁ、ちなみに冒頭の話だが、別に俺が勉学に至極真面目に取り組んでいるというわけではない。
ただ単純にうちの高校が一定以下の内申点を記録した場合アルバイトを禁止するという、平等を謳う現代に似つかわしくない厳しい校則を敷いているからだ。
学校と二つのアルバイトを掛け持ちしている俺には、そもそも家で勉強する時間なんてものが存在しない。つまり、赤点を回避するには授業を聞き逃さないように必死で取り組むしか方法がないわけだ。
万が一にでも俺がアルバイト不可になってしまえば、俺だけではなく弟や妹達の食い扶持までが断たれてしまうからな。もちろん母さんの遺してくれた金はあるが、今後未成年四人だけで生きていくことを考えると、今易々とそれに頼るわけにはいかないだろう。
「おいツクシ! やっと追いついたぜ、お前歩くの速いんだよ!」
聞き覚えのある声に、加えて同じ学校に二人といない珍しい名前。結果、明らかに俺に向けられているであろう言葉を耳にした俺は、声の出どころである背面に顔を向ける。
するとその先には予想通り、乱れた呼吸を整えようと息を大きくしている級友、
地毛だと言い張って無理矢理押し通している茶髪を、ワックスで立てている。相変わらずこいつは目立つことこの上ない。
「遠目にお前の姿が見えたから追いかけたんだけど、中々追いつけなくて少し走っちまった。で、今日はどうよ? 時間ねぇ? あとお前くせぇぞ。銀杏踏んだだろ」
向こうが名前呼びなのに対して俺が苗字呼びなのは、特別信頼関係の差を現わしているとかではない。まぁ本当のところはお互いにしか分からないが、高校一年からずっと同じクラスなんだ。親友と呼んで支障ない間柄だとは思う。
ただ
「すまん。今日は銀杏を踏んじまってくせぇから、早急に帰らなきゃならん」
「おい、性格悪いぞ」
皮肉を皮肉で返しただけなんだが。
「これで四日連続誘ってるぜ。いくらアルバイトで毎日休みがないとはいえ、少し俺に付き合う時間くらい作っても罰は当たらんだろ」
いくら~とはいえって言葉は、自身も同じ経験のある人間以外使ってはいけない言葉だと思うぞ。まぁ意図的に俺を口撃しているわけではないこいつに皮肉ばかり垂れていても話が進まないので、口にはしないでおこう。
しかし困ったな。今日は授業中猛烈な睡魔に襲われたこともあり、バイトに出発する六時頃まで仮眠をとろうと思っていたんだが。
ただ基本的に学校のある日は毎日五時過ぎからバイトをいれているので、今日は時間があるといえばある。要はその時間を仮眠にあてるか、猪瀬にあてるかの選択だな。とりあえず先に用件を聞いてみるか。
「で、時間があるとして何をするんだ? どのみち六時頃にはバイト先に向かわなきゃならん、一時間前後しか時間ねぇぞ」
「お、今日はバイト遅いのか。今の時世に携帯も持っていないお前の予定を把握するのは困難だからな。運がいいぜ」
ん? 俺のバイトが遅い日は大体学校のある週五日に一回、それで四日連続声をかけてようやく今日当たりを引いたんだから運は悪いほうじゃないか? まぁ、この陽気さ能天気さが猪瀬のいいところでもあるんだが。
「飯に付き合って欲しいだけだ、一時間で全然構わない」
「飯か、出来ることならあまり金を使いたくないんだが。ただ今日は遅めのバイトで帰りも遅くなる、牛丼かハンバーガーなら付き合おう」
「ちょっと相談したいことがあってな、俺が出すからファミレスに行こうぜ」
「何、いつもポジティブなお前が相談事? 珍しい事もあるもんだ……って、ならねぇよ! いやでも、一応聞いておこう。進路についてや勉強についての相談か?」
こいつが奢るからファミレスに行こうと言い出す時は百パーセント――既にかなり嫌な予感はしているが、しかしそれが当たっているとは限らない。
「いや、恋愛相談だな」
予想通り過ぎて、溜め息すら出ない解答。しかしこいつよく正面から俺の目を見てハッキリ言えるもんだ。
「どうせまたスイカについてだろ、自分でなんとかしろ! なんで俺が毎度身内同士の恋愛相談に乗らなきゃならねぇんだよ、気色悪い!」
スイカとは三々波羅スイカ、つまり俺の三つ下の妹だ。次女モミジとの双子で、こいつらは通っている中学校内でもファンクラブがあるほどモテまくっている。
しかし兄である俺からすれば、あんなじゃじゃ馬のどこにそんな魅力があるのか分からない。たしかに顔立ちは相当に整っていると思うが、それならほぼ同じ顔をしていて且つ家庭的で大人しいモミジに好意を抱く方がよっぽど賢明な判断だ。
なのにどうしてか、学校内での人気はほぼ五分五分らしい。
そしてこいつ、猪瀬も初めて家に来た二年前からずっとスイカに好意を抱いている。それを兄である俺に包み隠さず伝えてくるあたりの肝っ玉だけは尊敬出来るが、さすがにもう聞き飽きた。
「なんでだよ、親友や家族の恋ってのは普通応援したくなるもんだろ」
「別々ならそうかもしれん。だがな、それが親友と家族の恋だと気色悪さが勝つんだよ。そして一体何年悩めば気が済むんだ。あいつに男が出来るのが怖いなら、さっさと告白でもしたらどうだ?」
「馬鹿お前、そんなこと出来るか! もう少し距離を縮めてだな、まずはその、デートでもして――」
派手な見た目で明るい性格。女子からもそこそこ人気がある猪瀬だが、スイカの事になると急にまごつきやがる。
「落ち着け。お前は俺の足裏から漂う銀杏の臭いにやられて、スイカに好意を持っているという錯覚を起こしているだけだ。ということで今日は帰ろうと思う」
「銀杏にそんな恐ろしい催眠効果はねぇよ! 臭いって言ったの完全に根に持ってんじゃねぇか! 全く、どうやったらあんな天使と暮らしていてそんな性格に育つんだ」
「天使……テンシ? それって天真爛漫の略語か? それなら合ってる」
その後も数回似たようなやりとりをこなしたが、どうしてもファミレスに行きたい猪瀬と早く帰って寝たい俺。
結局、これ以上は時間の無駄だと判断した俺が折れる格好となった。
「さすがツクシ、
「それ、全く褒めてねぇぞ。はぁ……覚悟しとけよ。ドミノ風ドリア温玉付きと、ペペロンチーノダブルサイズで食うからな!」
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