三々波羅ツクシの力

「凄いな、予想していたより数倍覚醒までの時間が早い。三十分はかかると踏んでいたんだけど見上げた精神力だよ。しかも片翼とはね、恰好良いじゃん」


 リュウカがスイカから両手を離すと、部屋を包んでいた熱気が嘘のように消えた。


「ところで、力の使い方は分かるか?」

「うん、大丈夫だと思う。なんていうのかな、上手く表現出来ないけどやれる気がする」


 スイカはそのまま猪瀬の近くまで歩くと、横に座った。

 そして右肩に纏った羽を器用に動かすと、傷口を包み込む。

 すると羽は、ゆっくりと淡い緑色の光を放ち始めた。

 これがセイレーンの回復能力――いや、スイカの力。


「猪瀬くん、きっとここに来るまでにツクシ兄ぃを助けてくれたんでしょ? ありがとう、これで良くなると思うから」


 光にあてられた猪瀬の顔色が若干ながらマシになっている。

 さすがに一瞬で治るというようなことはなさそうだが、効果が目に見えるのでとりあえずは一安心といったところだ。


「はは、まさか本当にスイカちゃんに介抱してもらえるとはな。俺は果報者だ」


 そう言うと猪瀬は、当たり前のようにスイカの膝に頭を乗せる。


「おい、猪瀬! どさくさに紛れてなにやってやがる!」

「ツクシ兄ぃ、うるさい! 集中できないから黙ってて!」


 猪瀬はスイカが目を閉じて集中しているのをいいことに、俺に向けてピースサインを送ってくる。

 さっきまで心配していた相手だが、俺は眉間に皺を寄せることでそれに答えた。

 こいつ……治ったら覚えてろよ。

 まぁでもこんなことが出来るくらいになっているなら、これでひとまずは大丈夫なんだろう。本当に良かった。



 それからスイカに道中の話をしつつ、数分が経過した。猪瀬の体調は万全とはいかないまでも、一時より大分回復したようだ。

 既に上体を起こし座ることが出来ている。

 ただ傷口は血こそ止まっているが、完全に塞がっているようには見えない。

 やはり衰弱の原因はリュウカが睨んだ通りのことだったんだろう。

 しかし、半分しか血が流れていないにも関わらずこの力。セイレーン恐るべしだな。

 代わりにスイカは、前触れもなく直後にころりと眠ってしまった。

 当然対価は存在するということか。察するに異常な体力の消耗といったあたりだろう。まぁ今回に限っては力を使う前にも無理しているので、一概に正解とは言えないかもしれないが。

 そして今は寝息を立てていて、羽は消えている。

 セイレーンは多分、能力を発動する時だけ身体が変化するタイプなんだろう。そうじゃないと母さんの背中に羽がなかったことの説明がつかないし、神楽夜の兎化みたいなものって認識でいいのか。まぁ、神楽夜の場合は何故か常に耳だけは露出しているけどな。どちらかといえば今まで隠していたツララの角が同じような感じっぽいか。

 しかしスイカの奴、俺と血が繋がっていないことが分かった後も変わらずツクシ兄ぃと呼んでくれたな。

 もちろん俺も生まれが違おうとツララやスイカ、モミジに対する情は一切変わらないが、情を向けている相手も同じ気持ちでいてくれたという事実は素直に嬉しい。

 って、おっと。感傷に浸っている場合じゃないな。

 猪瀬が回復したのなら、次はツララの馬鹿とモミジだ。


「もう大丈夫そうだな、それじゃあちょっくら兄弟喧嘩に行ってくるわ。すまん猪瀬、非常に不本意だし、非常に腹立たしいし、非常に心配だがスイカを頼めるか?」


 俺は眠りこけているスイカを指しながら、猪瀬に声をかける。


「おいそれ、人にものを頼む態度じゃねぇだろ。まぁでも安心してくれ、スイカちゃんは任された。本当はついて行きたいんだがすまんな、ここまで色々見聞きした後だと、最早ただの人間である俺が力になれる気がしない。ましてや手負いだしな、看病に一人残るならツクシの言う通り俺が適任だろう」


 言われてみて思ったが、俺も自分について何一つ把握していないしほぼただの人間なんだよな。

 まぁでも、それが兄弟を助けにいくのを躊躇する理由にはならないが。


「いや、充分力になってもらったよ。今からも大事な妹を看ててもらうんだしな。痛い目や危険な目にも遭わせちまってすまなかった」

「あの程度でスイカちゃんの膝枕、それに看病が出来るならお釣りがくるぜ。俺のことはいいから今度はお前が気張ってこいよ、親友!」

「おう!」


 毎度思うが、猪瀬は恥ずかし気もなく親友という言葉を口にする。

 日常生活中は気恥ずかしさが勝つが、今回に限ってはこれに幾度励まされたか分からない。


 家の外に足を踏み出すと、周囲はまだ真っ暗な状態だった。時計が示す時刻は三時過ぎ。

 色々と内容が濃すぎて、もう明け方でもおかしくないという感覚だったがまだ夜中のようだ。

 スイカがツララから聞いた伝言。

 それは十世蜂高校にて俺を待つという内容だった。

 ようするにモミジは、それを成立させるための人質として攫われた。相変わらずその目的は一切不明のままだけどな。

 サイレンがあちこちから聞こえるのは変わっていないが、今のところ山羊頭共が周囲に居るような気配はない。


「さてと、リュウカ。目的地までの暇潰しに、さっきの続き。俺とツララについても教えてくれないか?」


 俺は足を進めながら、当然のように同行してくれているお人好しの異世界人に話しかけた。


「あぁ。ただお前、もう大体勘付いているんだろ?」

「まぁな。ただ答え合わせをしたいだけだ、頼む」

「分かった。それならもうズバッと言っちまうぞ。三々波羅ツクシ、お前は異世界人だ。ただし、妹達のようにハーフじゃない。正真正銘純粋な異世界人、つまりオレ達と同じだな」


 ――だろうな。

 色々な情報を自分なりに整理した結果、もうそれ以外辻褄の合う答えがない。

 それにしても親父以外全員が人間じゃないって、妖怪一家かよ。

 親父にしてもゲートマンとかいう普通の人間ではないしな。

 ここまで極端だと逆に笑えてくるぜ。


「そうするとツララも純正異世界人で合ってるか?」

「すまん、実はオレが父ちゃんから聞いてるのは三々波羅ツクシと妹達についてだけなんだ。ただ三々波羅スイカが言っていた情報を鵜呑みにするなら、その容姿からしてマギャリオンと同じ、魔界の魔族の可能性が高いと思う」


 なるほど、ツララの存在はリュウカ達にとっても予想外だったってわけか。

 それしても、魔族……ツララがマギャリオンと同じ種族かもしれないというのには正直驚いた。

 って、普通は自分が異世界人だと聞かされたことの方に驚きそうなものだけどな。駄目だ、驚愕の事実が多すぎて脳が麻痺しちまってんのかもしれねぇ。

 だって俺は驚くどころか、期待している。各異世界がここまで欲する俺の力。

 ライチの言い方では、世界単位に幸運をもたらすほどの力。

 ずっと歯痒かった。ただ、傍観者でいるしかないことが。

 ずっと不甲斐なかった。ピンチに他人を頼ってばかりで、力になれない自分が。

 俺が異世界人であるなら、スイカのように力の使い方さえ覚えれば。やっと俺も戦力になれるんだ。

 そう思うと興奮と期待で動悸が治まらない。


「それで、俺があちこちから狙われる理由。肝心の俺の力ってのはなんなんだ?」


 気恥ずかしいのでリュウカに高揚を悟られないよう、ただ能力を聞くのではなく原因の方に重きを置いた質問にした。我ながらナイスだ。


「あぁ、心して聞いてくれ……」


 きたきた、きたぞ。運命の瞬間が。

 今後の戦況を大きく左右するであろう、俺の力が判明する時が。

 弟ツララは魔族、妹達はセイレーン。果たして長男である俺は一体なんなんだ?


「――三々波羅ツクシ、お前は妖界あやかしかいの座敷童だ。能力は周りの皆が幸せになる」


 ――はは。そうか、なるほど。

 ずっと知りたかった俺の正体は座敷童。周りの皆を幸せに出来るのか!

 座敷童……ざしき、わらし?


「ちょっと待て、俺が座敷童だと言ったのか?」

「うん。座敷童だ」

「それって、俺が座敷童だということか?」

「今まで普通の人間として生きてきたんだ、ショックは大きいだろうが――」

「座敷童なの、俺?」

「あぁ」

「なんかこう、妖なら鬼とか妖狐じゃなくて? 座敷童?」

「しつこいな! そうだって言ってるだろ!」


 ……え?

 ライチの言っていた幸運をもたらすって、そのままの意味かよ!

 くそ、なんでだ。

 兄妹が魔族とセイレーンなのに、なんで俺だけ座敷童なんだよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る