やっぱり天使じゃん

 頭が真っ白になりただ立ち尽くす俺を前に、スイカは説明を続けた。

 リビングで俺達三人を待っていると、二階から突然大きな音が響いたこと。

 直後角を生やしたツララが下りてきて、俺に伝言を残しモミジを連れ去ったこと。

 そんな信じられない出来事が重なり、スイカは気付けば呼吸を乱し気を失っていたらしい。

 どうしてツララがモミジを攫うんだよ。

 なんでツララの頭に、いきなり山羊頭みたいな角が生えるんだよ!

 一つだけ疑問が解消した、スイカは俺に言伝をする為に残されたんだ。

 まるで妹を道具みたいに……あの優しいツララが? ありえねぇ。

 当然俺はまず異世界人の力で操られているのではないかと疑ったが、もし魔界勢に対象に角を生やし操る能力があるとするならば、その矛先はツララでなく俺に向くはずだ。

 じゃあ角が生えたのはツララの能力?

 いや、ツララは間違いなく母さんから生まれている……ハズだ。

 待てよ。俺とツララは一つしか違わないし、当然俺に母さんがツララを身籠っていた頃、一歳前後の記憶なんてない。

 ――もしかしたら、ツララは。


「ツクシ兄ぃ! 猪瀬君が!」


 猪瀬の様子に気付いたスイカの声で現実に引き戻される。 

 そうだ、今は何よりも最優先にするべきことがある。


「スイカが起きれば猪瀬は大丈夫なんだろ? 頼む、一刻も早くなんとかしてやってくれ!」


 猪瀬は表情こそ無理矢理繕っているが、顔色と身体の震えが全くごまかせていない。 隣に居るスイカも心配そうな表情で、ずっと猪瀬の手を握っている。


「あぁ、勿論そのつもりだ。ということで三々波羅スイカ、あんたの力を借りたい」

「へ? 私?」


 手はそのままで顔だけリュウカの方を向いたスイカは、明らかに困惑した表情を浮かべた。

 当然だ。俺も未だにスイカが目を覚ませば大丈夫というリュウカの言葉の真意が、全く分かっていないのだから。


「急いだほうが良さそうだ、手短に説明するぞ。三々波羅ツクシも聞いておいてくれ。三々波羅スイカ、そしてお前の双子の妹三々波羅モミジは三々波羅シキ、三々波羅セツの実子だ」


 説明すると言っておいて当然の事実を述べるリュウカに、スイカは困惑したままで表情を変えることはない。ついさっき同様、至極当たり前の反応だ。

 だが、俺は違う。

 その言葉で確信を持った。持ってしまった。

 ようするに頭に角の生えたツララは腹違い、もしくは養子だということ。

 この言い方とツララに起きた変化はそれ以外説明がつかない。


「そして三々波羅シキは人間だが、三々波羅セツは元々オレ達と同じ幻獣界の住人。セイレーンと呼ばれるその一族は、他者を惑わせる魅了や幻視、回復能力に長けている。お前達二人はその血を半分受け継いでいるんだ」


 ……一体今リュウカは、なんて言った?

 理解が追い付かないどころか思考が間に合わない。

 最初に異世界人なのではないかと疑った親父だけが人間で。

 母さんも、弟も、妹も。残りの家族全員が人間じゃねぇってか?

 そんな馬鹿げた話が、あってたまるかよ!

 俺は思わず近くの壁に拳を当てる。

 夢であってくれと願ったが、拳から伝わる痛みはどう考えても本物だ。

 しかし、セイレーンに魅了。こいつら姉妹が異常なくらいモテるのは、その片鱗だと言われれば妙に納得出来ちまう。

 そう言えばサラマンダー父が別れ際に言っていたあの言葉。

 この事実を知った時、少しでも衝撃が和らぐように気を遣ってくれたのか。

 そして俺はどうなる?

 今の説明の仕方なら、姉妹プラス俺は実子だと説明するはずだろう。

 そう言わなかったということは俺もツララと同じ、もしくは……。

 おそらくこのあたりが、俺が異世界に狙われる要因。

 一体、俺は何者だ?

 

「……リュウカちゃん。それ、本当だよね?」

「あぁ。いくらなんでもこの状況でそんな冗談を言うほど悪質な奴にはなりたくねぇよ」

「……そう」


 しばらくの間、沈黙が流れる。

 猪瀬は痛みや寒気に必死に耐えているようで特に反応を見せていないが、スイカは天井を見上げたまま動かない。

 神楽夜やライチの話で異世界の存在を認識していたとはいえ、ただ認識していただけだ。

 実際に死んでしまった母親、そして自分達までもが半分異世界人だと伝えられればその情報量で脳がパンクするのは無理もない。

 ましてやスイカとモミジは十五年も人間やってきてるんだ。

 俺は事実とそれを受け入れられるまでの時差ってやつは、どれだけその事柄が自身の人生に強く影響を及ぼすかによって決まると思っている。

 今回の場合、それがスイカにとってあまりにも大きい。飲み込むまでに相当な時間がかかるだろう。


「回復能力って、怪我や病気を治す力のことだよね? それが私にもあるってことでいいの?」


 しばらく続いた沈黙を破りスイカがリュウカに質問したのは、意外にも自分のことではなく、母さんやモミジのことでもなかった。

 さっきリュウカが口にした、セイレーンが備えているという回復能力。つまり現状、猪瀬を助けることが出来るのかという問い。

 これには正直驚いた。とんでもない事実を知って呆然としていたのではなく、猪瀬を助ける最善を模索していたのか。

 スイカの反応を待っていたリュウカが、返答の為に口を開く。


「あぁ、飲み込みが早くて助かる。もう少し時間とやりとりが必要だと思っていたんだけどな。ただしお前が回復能力を使うには、眠っているセイレーンの力を無理矢理起こさなければいけない。そしてそれには、おそらく結構な苦痛を伴う」


 楽観的な喋り方が主なリュウカが、珍しく真剣な面持ちで語気を強める。

 該当者でない俺ですら圧を感じる凄みの効いたその雰囲気に、やはり人間のような姿をしていようがリュウカも人外なのだと再認識させられた。


「うん、やり方を教えて」


 それに対して、こくりと頷き一切の迷いなく答えるスイカ。

 俺とリュウカはその度胸に思わず目を見合わせてしまう。


「はは。オレなりには結構頑張って脅かしたつもりだったんだけど、即答かよ。なら善は急げだ、早速やらせてもらうぞ」


 スイカはこれにも大きく頷いて見せる。リュウカはスイカの肩を両腕で掴むと、続けて頭から抱えるように抱き寄せた。

 そして、ゆっくりと目を閉じる。


「いくぞ、集中しやすいようにお前も目を閉じてくれ。覚悟は……聞くまでもないか」


 直後、猛烈な熱気が二人の周囲を覆う。


「うぁっ!」


 堪らずスイカから声が漏れた。

 苦痛ってのはこれのことか。

 少し離れている俺の位置でも視界が滲むような高熱が押し寄せる。リュウカが吐く火球のように実際に火柱などが立っているわけではないが、密着しているスイカはたまったものじゃないはずだ。

 俺は反射的にスイカの身を案じる言葉を吐き出しそうになるが、ぎりぎりのところで飲み込む。

 ここで俺が止めてくれなどと叫べばスイカの決意を無駄にしちまう。

 自分達や母さん、家族の出生を知るよりも、猪瀬を治すことを最優先にして行動している。

 頭では優先順位が分かっていようが、普通そう簡単に出来る選択じゃあない。

 本当にやばそうなら止めるが今は我慢だ。そんなスイカを、そしてリュウカを信じるしかない。


「オレ達の世界では五歳になると力を目覚めさせるために、共鳴と呼ばれるこの儀式を行うんだけど、本来かなりの人数で数時間かけて行う。今はそれを無理矢理オレ一人で出来るだけ短時間になるようやっている状態だ。しかもお前は半分しかセイレーンじゃない身体で」


 少し間が空いた後、リュウカが切り出した。

 なるほどな。サラマンダー父が出来ればついて行きたいと言ったのは、単に護衛としてだけではなくこの時の為でもあったんだろう。


「そっか。滅茶苦茶しんどいのは近道をしているからか」


 体感的にまだ一分も経っていないと思うが、スイカの額からは大量の汗が滴り落ちていた。

 真夏に外で二、三時間スポーツでもしてきたのではないかと疑うほどの量だ、明らかな消耗が見てとれる。

 ましてやスイカはさっきまで気を失っていたんだ、本当に大丈夫か?


「どうする、少し抑えることも出来ると思うけど」


 同じくその様子を見ていたリュウカがそう提案する。


「心配してくれてありがとうね、でも大丈夫。猪瀬くんはもっと辛くて苦しいと思うから。それに五歳の子が我慢しているのに、私が音をあげるわけにはいかないでしょ? それよりリュウカちゃんは辛くない?」

「おいおい、こんな時にさっき会ったばかりのオレの心配かよ。お前ら兄妹は恰好良すぎてずるいな、でも正義のヒーローは譲らねぇぞ」


 それ以降誰一人言葉を発することなく、十分程度が経過した。

 スイカとリュウカは集中状態で、俺もそれを乱すようなことは出来ない。

 猪瀬は知っての通りなので当然だろう。

 猪瀬の為に、連れ去られたモミジの為に少しでも早く終わらせたいのは俺も同じだが、流石にここまで長時間熱にあてられているとなると二人のことが心配だ。

 特にスイカはさきほどよりも更に消耗が見てとれるので、俺は気を逸らしてしまうのを承知で声をかける。


「なぁ、やっぱりさっきの少し抑えるってやつを――」


 その瞬間、スイカが閉じていた目を開いた。

 リュウカもなにかを感じ取ったようで、少し遅れて目を開ける。


「はぁーしんどかった。うん、よし。お待たせ!」


 俺の言葉を遮るようにそう言って、にっと笑ったスイカ。

 その右肩に白い羽が咲いた。

 突如姿を現したその羽は、部屋を覆ううだりそうな熱気を忘れさせるほど可憐で、繊細で、綺麗で。

 毎日スイカを見ているはずの俺ですら目を奪われるほどだった。


「……はは、やっぱり天使じゃん」


 少し離れた場所から一部始終を見ていた猪瀬が、小さな声でそう呟く。

 そういえばこいつ、学校帰りにそんなこと言ってたな。ただあの時は間違いなく、ただの比喩表現だっただろう。

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