The Pleasure Becomes Its Opposite

 男は彼を膝の上に載せたまま、箱の中からさらに何かを取り上げた。

 ジャックの目には入らなかったが、それは繊細な細工の施された、細身の銀製の容器だった。あざみアーティーチョークつぼみを模したその蓋をひねって開ける。

 小さな瓶の口から、馥郁たる花の香りが立ちのぼった。男が容器を傾け、てのひらに中身をこぼすと、香りはさらに強くはっきりと漂った。清楚なものではない。どこか遠い南国の、密林や夜の砂漠にひっそりと咲く大輪の花がなまめかしく媚態を振りまいているような、甘くむせかえる、どことなくみだらなものを感じさせる芳香。

 その香りに意識をらされていたのもつかの間、尻の谷間を何かぬるりと冷たいものが滴り落ちるのに、ジャックはびくりと大きく身を震わせた。今ではもう全身に、ねっとりとした薫香がまとわりついているかのようだ。

「冷たいのか?」主人の声。

「気にすることはない、すぐに熱くなる」

 その言葉のとおりだった。

 潤滑油を、さらに奥まった場所に塗り込めるように、細く長い指が尻たぶをそっと押し開く。先刻まであれだけ冷酷無比にその場所を打ち据えていたのと同じ手とは思えないやさしさで。

 すぼまった箇所をくすぐるように撫でられ、彼はそれだけで――はしたないと叱責されるかもしれないのを覚悟の上で――体を支える必要以上に、誘うように脚を広げた。太腿の内側にオイルが滴る、そのわずかな刺激にさえ飢えた体は敏感に反応してしまい、緊張した筋肉がぴくりと引き攣る。

 まるで処女を相手にしているかのような慎重さで、オイルに濡れたなめらかな指が内部なかに忍んできたとき、ジャックはうめき声ともため息ともつかない深い吐息を漏らした。それはさらに侵入を容易にさせるためでもあったし、明らかに快楽の喘ぎでもあった。

 これまで誰もこんなふうに、やさしくも淫らに彼に触れたことはなかった。声でも、それ以外の方法でも。

 お前の望むことを、と“ご主人様”は言った。

 もっとしてほしい――もっと深くまで、と口走りそうになり、片手の指の背を噛んでこらえる。「いい子」はそんな浅ましいおねだりはしない。

 ほっそりした指が二本、三本と増やされると――不思議なことに、圧迫感はあるものの、本来の目的以外にはしばらく使用していなかった場所をこじ開けられるときの痛みはほとんど感じなかった――欲望と同じくらい底がないくらい穴は易々やすやすと男の指を呑み込み、きつく締めつけた。まだ本当に欲しいものを与えられてもいないというのに。

「お前のここ、、は持ち主と同じくらい貪欲だな」

 揶揄からかうような声とともにするりと指が引き抜かれ、赤面する間もなく、これまでとは比べものにならないほど硬く太いものが下口したぐちに押し当てられたとき、当然のように、彼はそのうっとりするようなやさしさがそのまま続くものだと期待した。さっきじゅうぶん罰せられたのだから。

 しかし、口淫のときと同じく、そののぞみは二度とも裏切られた。

 “ご主人様”は遠慮会釈もなく、重量級の物体を彼の狭い通路に、肉も裂けよとばかりに突っ込んだ。

 空気が一気に肺から押し出され、無様な呻きが部屋の静寂を破る。

 思わず逃れようとしたが、調教師が荒馬を乗りこなそうとするときのように、シャツの襟首と後ろ髪を男の手に掴まれていた。柔和な見かけからは思いもよらない力強さで。

 膝の上にピンで留めた獲物を、“ご主人様”は思うさまいたぶった。

 突進してきたときと同じだけの勢いでそれが引き抜かれるときの感覚といったら、内臓まで一緒に持っていかれるのかと思うほどだった。

 抗議の声などあげる暇もなかった。派手でみだらな水音が自身のうめきより先にジャックの耳を打った。それからさも愉快そうに笑う男の声も。

 ふたたび剛直が捩じ込まれる。

 血の通った熱い肉ではない、硬く冷たい物体に胎内を掻き回される感触はひどいものだった。脳天まで犯されているようで、肺の空気と一緒に棒の先端が口から出るかと思うほどだ。やわらかな腸壁が小突かれ、引っぱられ、思ってもみない方向に押されて引き延ばされる間じゅう、ジャックの、下同様に締りの悪くなった唇からは、涎と悲鳴が流れた。

 彼はぶ厚い絨毯カーペットに右手の爪を立て、救いを求めて左手をさ迷わせた挙句、指先に触った、シルクサテンのパジャマ生地に包まれた主の脚もひっかいたが、相手は少しも気に留めていないようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る