Servite Domino in timore

 男がつと立っていって、部屋を横切り、窓辺に置かれていた箪笥ドローワーの二段目の抽斗ひきだしを開けた。

 戻ってきたとき、その手には、長短辺が十×五インチばかりの黒い長方形の箱があった。表面は琺瑯びきエナメルのようにきららかで、だがそれよりもしっとりと吸いつくような風合いを放っている。蓋にはジャックがこれまで見たこともない異国の、長い裳裾を引いた衣装をまとった人物がふたり、対角線上に金一色で描かれていた。

「日本のものでね」再び安楽椅子に腰かけ、膝の上に置いた箱を愛しげに指先で撫でながら主は続けた。

「ある種の木かられる樹液を幾重にも塗り重ねて、この深い色艶いろつやを出すのだそうだ。非常に手間のかかる、高価なものだが――お前の髪色のように綺麗だろう?」

「……」

 屋敷の持ち主が貿易商らしいというのはメイドのブリジットから聞いていたし、実際に東洋の珍しい事物を目にして、それが全くの嘘ではなかったのだと腑に落ちたが、その値の張る美術品と彼に何の関係があるのか想像がつかなかった。

「ああ、こんな話はお前には退屈だろうね。これはただの容れ物だ。お前の欲しいものはこの中に入っているよ」

「……?」

 箱と一体化しているように見えた蓋が取り払われる。中には黒い絹張りがされていた。さらにその真ん中に、一層くらい、光を吸い寄せる何かが収められている。

 それは夜のようにつややかでなめらかな黒檀の棒で、何の目的に使用されるものなのかは、その形――先端に、丸く張り出した傘をもち、幹の部分はゆるやかに反りかえりながら、切り落とされた根元に向かって次第に太くなっている。漆黒の中にも微妙な陰影が浮かぶのは、蔦のように絡みつく血管をさえ、本物、、そっくりに精巧に彫り上げているからだ――からうかがい知れた。

 そのささくれひとつないすべらかな表面は、処女のように硬質な輝きを放っていたが、実際には潤滑油と人体のあぶらと唾液と涙で磨き抜かれているのだろうことを、彼は肌で感じ取った。男は何も言わなかったが、ジャックの目には、それが今しがたまで咥えていた生身そのものをかたどったように見えた。

 主が箱を横のテーブルに置き、音もなく、中の物を取り出す。

「ここへおいで」自分の腿を軽く叩く。

 蛾がどうしようもなく炎にひきつけられるように、彼はふらふら立ち上がり、しかし、身を投げ出す前に、

「……あの、それを俺に使うつもりなら……」

 今さら何を言うのかというように、男が軽く眉を上げて彼を見た。

「私から与えられるものは何でも受け容れるんじゃなかったのか?」

 ジャックは少女の手首ほどの太さのあるそれに目を落とし、唾を飲み込み、

「その……自分で慣らさなくても……? だってそれは見たとこあなたのと同じくらい大きいですし、そういうのにはそうそうお目にかかったことはないし……」

「誰が“そんなへまはしない”んだね、ジャック?」男は喉の奥で笑った。「つまりお前は今、他の男が最大限膨張した状態になったところを一度ならず目にしたことがあると問わず語りに語ったのだよ。良い子はそんなことはしないだろう?」

 言われてみればふつうそんな淫らなことはしない。

 嫌われたのかと青くなった彼に、

「お前が悪い子なのはわかっているよ。さっきだってまるで商売女みたいなやりかただったじゃないか。どこであんなことを覚えたんだ?」

「……その、お、俺……」

 やはり気に入らなかったのだ。

 それはそうだ、主が好む無垢な存在はあんなことはしない。

 ごめんなさいとしゃくりあげる彼に、“ご主人様”は頭を振り、

「……まったく、お前にはやれやれだな。――いいからここへ来なさい」

 主人の気が変わる前にと、今度はおとなしく身を委ねる。

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