O Come, All Ye Faithful

 あたたかな光、あたたかな空気、それからあたたかな拍手と――大広間サルーンは、今しも、聖歌隊の少年らの声をその高い丸天井へと昇らせ、神への賛美を届けたところだった。

 玄関ホールから続く広間は二階までの吹き抜けで、金とオレンジの縞模様を織り出した壁紙が蜜蝋燭の光をやわらかく反射し、甘い香りも伴って、聖誕祭の幸福感をいやがうえにも高めている。美しい寄せ木細工の床にはありったけの椅子が並べられ、賓客は前列に、使用人たちは序列に応じてその後ろに座ることを許されていた。

 そうそう目にすることのない高貴な身分のお客の前とあって気後れしたのか、一曲目の〈まきびとひつじを〉はいくぶん硬い声ではあったものの、拍手に励まされたのか、二曲目〈神の御子は今宵しも〉の澄んだボーイソプラノが、再び天を目指して駆け上がる。

 質素な黒の礼服カソックに身を包んだ、下は六歳から上は十二歳までの二十人ばかりの少年たちは、その緊張した面持ちもあいまって、謹厳な小さな聖職者のようにも見えた。

 小柄なロビンの栗色の巻毛の頭は、三列のうち二列目、向かって左端にちょこんと見えていた。オルガンに触らせてもらえると言っていたが、教師が弾いているところをみるとまだその腕前ではないらしい――と、広間の反対側で立って様子を眺めていたジャックは思った。齢に似合わない大人びた生真面目ぶりは健在で、白い頬を紅潮させながらも、なんとか役目をこなしているようだった。ただ惜しいことに、ひとりひとりの声を聞き分けることはできなかったけれども。

 主は最前列の右端に院長とともに座り、恰幅のいい聖職者に何事かにこやかに話しかけている。銀糸のように美しい髪が光を受けて蜜色に輝き、その穏やかで端整な横顔と、おどおどしていたロビンが卒倒もせずに人前で踏ん張っていることに充足感と同時に一抹の寂しさを覚え、何の気なしに視線をさらに左へ動かすと、壁際に佇立している人物が目に入った。

 あのアイルランド=アメリカ人の紳士だ。せっかくのクリスマスだというのに、何が気に食わないのか渋面で、腕組みをして子供らをねめつけている。客人が片腕を伸ばせば届きそうなところには、同じようにサイモンが立っていた。こちらは執事の常で、無表情かつ無感動というおもむき

 聖なる夜を言祝ことほぐ調べがホールいっぱいに響き渡る中、男が頭を傾けて執事に二言三言囁いた。サイモンが――彼にしては非常に珍しいことだが――気遣わしげに眉をひそめてうなずく。

 紳士はそのままホールを出ていった。


 くだんの紳士が中途で退席したのをサイモンから目交ぜで知らされ、これもお役目だとジャックは客用寝室に向かった。この御方にひとりでも従者を雇うだけの余裕があるのなら、ロビンを置いて俺が御用聞きにやってくる必要はないんだけどな……などと思いながら。

 扉の前でノックをして言う。

「執事から申しつかって来ました。お薬か、寝酒ナイトキャップでもお持ちしましょうか?」

 ややあって、

「……入れ」という低い声がした。

 客人はカーテンを開け放した窓辺に座り、椅子の肘掛けに頬杖をついて真っ暗な庭を眺めていた。紅いベッドカバーの上には、ディナージャケットが黒いインクの染みのように無造作に放り出されている。

 一応断りを入れてジャケットを取り上げ、軽く払って衝立ついたての後ろに吊るす。

「お加減がよくないと聞いたものですから」

「ここへ来るたびに胸が悪くなる」男は彼の方を見ずに吐き捨てた。

 おかしな客だ。

「差し出口をきくようですが、ミロード、あなた様は旦那様のお友達なのだと思っていましたが……」

 相手は振り向くと、眉根を寄せて彼をにらんだ。

「とんだ見当違いだ。私は誰の友人でもないし、階下したに集まっている奴らのように“篤志家遊びごっこ”をしているわけでもない」

 “ごっこ”とはまた随分な言いようだ、どうやら金はあるらしいのに自分用の使用人を雇おうとしないこのしみったれめ。第一この御仁ときたら、硬質な鋼鉄色スチールグレーの双眸はにこりともしない、笑顔のひとつも惜しむような奴だ。それじゃ何でおいでになるんですかと喉元まで出かかったが、この客が帰り際にくれるだろう祝儀の額を思って飲み込んだ。

「今夜歌っていた子供たちの中にお前の知り合いはいるのか?」

「ええ。一番端でもじもじしていた、栗色の巻毛の男の子をご覧になったでしょう? あいつは引っ込み思案だから、きっと外国のお客様がたには選んでもらえないでしょうね。でもいいんです、頭は悪くないから、もうちょっと大きくなったら旦那様の事務所で使ってもらえないか掛け合ってみるつもりですから」

「――そうか」

 アメリカからの客人はそう言って、再び窓の外に目をった。

「私の今いるところはアメリカのボストンなのだが」先ほど感情をあらわにしたとは思えないほど平静な声だった。「お前だけでも海を渡るつもりはないか? 今と同じ待遇は約束できるだろう。私はそれほど悪い雇い主ではないつもりだ、お前がどう考えていようと、お前の今の主人に比べてもな……。ヨーロッパここは息が詰まる」

 思いもかけない申し出に、ジャックはしばし考え――答えた。

「有難いお言葉ですが、ミロード、あなた様のもとで働くというお話なら、せっかくですが、ご遠慮します。あの子と一緒なら考えますが……」

「生憎だが私は子供の面倒を見る気はない。そのためにける人手もない」

 風変わりなけちん坊との会話はそこで終わり、ジャックは黙って客人の着替えを手伝い、ついでに、明日の夕方には辞去するという彼の荷造りを承ったのだった。

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