Curiosity killed the Cat

 氷雨が降っていた。

 夕方も遅い時間に、最後の客を乗せた馬車がファサードを離れ、広壮な館には静寂が戻った。むろん使用人たちには後片付けが残っているとはいえ、つい先ごろまで子供たちの甲高い声が広間ホールや廊下に響いていたのに比べると、今は幽霊でも出そうな静けさだった。

 聖歌隊の少年らのうち何人かは、引き取りたいと客から申し入れがあったと聞いた。前列で歌っていた子が大半だそうだ。

 世の中はそんなものだ――ロビンは残ることになったと言われても、ジャックは残念だとも思わなかった。

「温かいお茶か、お酒でもお持ちしましょうか?」

 暖炉の前にしゃがみこみ、火をかき立てながらジャックは聞いた。

 客の見送りに外に出た際に足元を濡らした主は、厚手のガウンに着替え、毛皮の内張りをした室内履きに足を突っ込んで、安楽椅子から火のほうへ脚を伸ばしている。

「そうだな、ブランデーを頼む。サイモンに言えば選んでくれるはずだ。……ああそれから、残っている子供たちにホットミルクをやるのを忘れないようにと伝えてくれ」

 主の声はすでにまどろみの中にいるように低く、気怠かった。

「かしこまりました」

「お前もなかなかに、従者ヴァレットのようなふるまいが身についてきたようだね、ジャック?」

 命じられたことをするために戸口へ向かう彼の背に、ねぎらいの言葉がかかる。

「お前は役に立つ、いい子だよ……」

「ありがとうございます、サー」

 ブリジットの淹れてくれたお茶を飲んだ時のように、胸の中に、ぽっと光と熱が灯るのを彼は感じた。しかし子供のようにはしゃぐことはせず、微笑みで返す。主には見えていないはずだが、声が弾んで、少し震えてさえいたのに気づいてくれていたのなら嬉しいのだけれど……。

 階下へ降りサイモンを探す。果たして、老執事は、この屋敷で起こることのすべてを察知していると言わんばかりに、酒蔵セラーの前にいた。

「ちょうどよかった。捜す手間が省けたよ。寝酒にブランデーがほしいって旦那様が――銘柄は適当に見繕ってくれって。それと、残っている子供たちにはホットミルクをやってくれってさ」

 執事はうなずいた。かすかな、ため息のような音が、この頑健そうな初老の男の胸から漏れた。

「私が持っていこう。お前はもういい」

「それじゃ、俺は子供らに――」

「それも私がやる」

「サイモン――いいのかい? 子供たちがいるのは屋根裏だぜ。一緒に持っていくんじゃ冷めちまうし、いくらあんたの脚でも、二度も半地下ここ上階うえを行ったり来たりするのは大変だろ。あんたは旦那様のお供でずっと起きてたみたいだし……俺のほうがうんと若いんだから、遠慮するなよ」

 最後のは余計だったか、と彼が心の中で舌を出す前に、鉄の規律を持つ執事は言った。

「余計な口を利くなと前に言っただろう。お前に気遣ってもらう必要はない。いいからさっさと自分の部屋に戻るんだ。扉はしっかり閉めておけ。夜中に子供らと枕投げをして遊ぼうなどという悪戯心を起こすんじゃないぞ」

「俺を一体いくつだと思ってるんですか? しませんよそんなこと」

 実を言うとちょっぴりそんな気分になっていたことは確かだが、水を差され、ジャックは唇を尖らせて使用人用の階段へ引き返した。

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