The Father of Lies

 一年目は何事もなく過ぎた。あまりに多くのこと――その大半は思いがけぬ幸運――が起こったので、ジャックは自分がほとんど雲の上クラウド・セブンにいるような心持ちでいた。

 ロビンはきちんと小さく折り畳んだ便箋で手紙をよこし、それを受け取るためにジャックは喜んでグロート銀貨一枚を配達人に払った。それくらいには金銭面にも読み書きの面でも余裕ができていたのだ。

「お前の小さな弟が息災のようで私も嬉しいよ」

 彼が銀の盆に主宛ての手紙を重ねて持ってゆくと、主人はそのうちのひとつを開けて目を通しながら言った。

「私にも、預けた責任というものがあるからね。気にかけてはいたんだ。あの院長はきちんと仕事をしているようだね」

「あなたのおかげです、サー」

 主は微笑んだ。

 以前のロビンと同じくらい、整ってはいるが、あまり血色のよろしくないその顔を間近に目にして、サイモンのやつはちゃんと給仕をしているのだろうかとジャックは思った。階下の使用人にも回るように配慮するあまり、主が甘やかされた子供のように、あれは食べたくない、これは嫌いだと駄々をこねるのを許しているのではなかろうかと。誰かがこの人に、仕事はそこそこにして、まずはまともに栄養を摂るべきだと言ってやらなければ。

「今年は聖誕祭のパーティーをあそこでやろうと思っているのだが、どうだろうね?」

 尋ねられ、そういえば“お屋敷”でパーティーがあるかもしれないとロビンが言っていたのを思い出す。

 彼がなにか気の利いたことを答える前に、主の方は、子供みたいに自分の思いつきアイデアに没頭していた。

「最近は忙しくて、教会からもつい足が遠のいているのだが、昔はよく聖歌隊の子供たちの歌声に耳を傾けたものだよ。まさに天上の調べだ。あの子はどうかね――可愛い駒鳥ロビンは?」

「あいつが人前で歌っているところなんか見たことありませんけど。俺の週給を賭けたっていいですよ」ジャックは笑った。

「それは残念だ。――まあいい、人には向き不向きがあるからね。だが他の子供たちは望みがあるかもしらんな。院長にも聞いてみることにしよう。客人には印象づけられるだろうし、子供たちにも励みになるのではないかな……」

 主人の声はまさに天からマナを降らせるかのごとき響きがあった。そうすると、の地は乳と蜜の流れる土地、ということにでもなろうか。そこで、望むらくは三人、ともに暮らせるのならどんなにか……。

「ええ、きっとそうだろうと思います」

「となれば当然、贈り物プレゼントも用意しないとならないだろうね。当世の子供たちの喜ぶものなど私は詳しくないが、サイモンなら――問題外だな」

 ジャックは小さく吹き出した。

「ブリジットは、下にちっちゃいのがたくさんいるって言っていましたよ」

「そうなのか。そういえば、雇ったときにそんなことを聞いたような気がするな。今年はあの子に買い物を頼むとしようか……」

 まるで事業計画でも練るかのように、しばし虚空にペンをさまよわせたあと、手近な紙を引き寄せて何やらメモを取り始めた主を――彼は左利きだった――背後に、ジャックはそっと部屋を出た。

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