Town House
足を踏み入れた先は家の裏手で、右手に厨房、左手には
「こっちだ」
指示されたのは
「旦那様からお前を風呂に入れるように言われている」
「風呂ォ? そんなのテムズの水浴びでじゅうぶん――それに、飯を食わせてくれるって……」
「あとで食べさせてやる。とにかくその薄汚い格好で厨房に立ち入ることは許さん」
その部屋は
足下の大きな洗い桶からはもうもうと湯気が立っている。
「もしかしてこれに入れってこと?」
執事はうなずいた。
俺は洗濯物かよ、と彼は思ったが、下水と馬糞のにおいがするやつを抱く気にはなれないだろうし、その最中に腹が鳴ったら興ざめだろうから、飯を食うまではと従うことにした。
彼が着たきり雀の上着を脱いだところで、いったん出ていった執事が戻ってきた。
「これで髪も洗うんだ、ひどい臭いだからな。着替えはここへ置いておく。前に辞めた
かたわらの作業台の上に置かれたものは、清潔なタオルと海綿、それに薄茶色をした石鹸だった。さらにその横には灰色の
巨大な
それでも、水差しに入っていた替えの湯も使って頭も洗うと、熱い湯と、これまで嗅いだことのない爽やかな石鹸の香り、さっぱりしたタオルの感触もあいまって、路上生活と馬車の中でこわばっていた筋肉がほぐれていくのを感じた。
“風呂”から上がるころには彼の腹の皮は背中とくっつきそうになっていたし、そのせいか、着るようにと渡された
台所に顔を出すと、料理女が大テーブルの上に、
甘い香りに頭がくらくらした。
添えられていたスプーンごと飲み込みそうな勢いで、まるで犬のように皿に顔をつっこんでがっつく。
「お前は
向いに腰かけた執事が尋ねた。
「16。たぶん」
口のまわりについた
「そうか。……読み書きを習ったことは?」
彼は首を横にふった。
「けど
それを耳にしても相手の謹厳な
「それが
皿は舐めたようにきれいになっていた。
「お前はいつもそんなふうに口数が多いのか?」執事がぴしゃりと言った。「余計なことはしゃべらなくていい。訊かれたことだけに答えるんだ。旦那様は騒がしいのはお嫌いだ。――名前は?」
「……ジャック」
主人が主人なら使用人も使用人だ。
目の前の男の声は問答無用の響きを帯びていた。元軍人か何かなのだろうか?
「私はサイモン、サイモン・カーンだ」
私にサーはつけなくていいと執事のサイモンは言い、食べ終わった彼を主人に会わせると、二階へ連れていった。
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