After Walpurgis Night――in 1933

「あのかたは今でも私を哀れむような眼差しでご覧になりますよ」

 今般も帰りがけに彼を眺めやった、ロンドンの空の色に似た寂しげな灰色グレーの双眸を、黒衣の従者は思い起こす。

 “子供たち”がその後どうなったかをジャックが目にすることはなかった。成長した姿も、あるいは自分と同じように、救い主となった主人に仕えて、再び海を渡ってくるところも。これだけ長い年月を過ごしてきたというのに、ただの一度も。

「お前は私に仕えるようになってどれくらいになるのだっけね?」

「130年ほどになるでしょうか」

「サン=ジェルマン伯の従者のようなことを言うんじゃないよ」主は笑った。

「哀れむべきなのはあの男のほうだとも。いつまでたっても忠実な使用人も生涯の伴侶も、どちらか片方をさえ手に入れられずにいるのだからね!」

 そのうえ、“ご主人様”は、良いご主人様ではあったが、良い恋人ではなかった。

 カントリーハウスで働いている上級使用人のうち何人かは、“ご主人様”と“その従者”と同じ存在だった。主の審美眼のたしかさを象徴するかのように、皆一様に見目麗しく、さらにひとつの共通した特徴をもっていた。

 嫉妬深い猫のように、ただひとりの飼い主の寵愛を巡って、膝の上の居心地の良い場所を他のペットたちと争い合うなどという馬鹿げた真似を彼がすることはなかった。

 他の連中がどんな方法で旦那様を愉しませていようと気にするものか。ご主人様は、ふたりきりのときはいつも俺によくしてくださる。お前は有能で、役に立つ、いい子だと言い、それから彼が、そんなことはありません、数々の不手際をお許しくださいと泣き叫ぶまで責め立て、もちろん許すとも、だからまた私のために働いてくれとやさしく撫でてくれる。

 それで充分じゃないか。これ以上、知る必要のないことを知って苦しむことはない。 

「あのかたは、旦那様とは違う意味でお優しいのだと思いますよ」

「ほう、そうかね。それではお前はついにあの男のもとで働く気になったのか? 紹介状なら喜んで書いてやるよ。あの男の顔が血色を取り戻すくらいの推薦文を書き連ねてだね……お前の献身ぶりを是非とも自分の膝の上で試してみるといいと……」

 彼は首を横に振った。

「私のいる場所は、旦那様、今も昔も、ここだけです——地獄の火が凍るまで」



 Fin.

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