Desires Like Cruel Hounds

「俺……俺、は――……」

 彼は男の足許に目を落とし、両の拳を握りしめた。言葉が鉛のように喉に詰まっている。吐き出すことも、飲み込むこともできない。どちらにせよ、口に出してしまえば、もう元には戻れない。

「俺はあなたのものになりたい」

 まろぶように椅子の足下にひざまずいた彼を、冷徹な双眸が見下ろした。

 乱れて額にかかった黒髪を、主の節の目立つ細く長い指がかきあげる。食が細いせいかあまり健康的には見えない薄い唇には、かすかな笑み。

「可愛いジャック、それは本心から言っているのか? そう言うことの本質をお前は理解しているのか?」

「あなたが俺を抱かなかったのは、俺が好みじゃなかったから?」

 男の手はあくまで優しく、彼を気に入っている、可愛いと言ったにも関わらず、次の言葉が彼を打ちのめした。

「そうだな、お前は少々育ちすぎだ」

 主人を見上げたまま、彼はぎこちなく首を振った。

「あなたは……あの子たちに何を……何をして……何をさせたんですか?」

「お前の考えているようなこと、それからお前が想像もしていないようなことを」

「それじゃ、これ、、だって……同じはずだ」

 膝立ちのまま主の脚の間に回り込み、とがめられないのをいいことに、パジャマの前立てのボタンをはずす。

 彼が何をしようとしているのか全て承知の上で、主人は好きなようにさせているのだとジャックには推測できた。

 残酷な宣告が嘘でない証拠に、生地のあわいから現われた主の性器は、いささかも欲情の兆候を示してはいなかった。

(……けど、同じことをさせたんなら――……)

 布地の上に重く横たわるそれを、指先と舌で掬いあげる。象牙色をした肉茎はその傘の部分の半ばまで包皮に覆われているが、彼がこれまで相手にしてきた紳士、、連中のものと比べても、長大な部類に入る。

 これが胎内に入ったら……。

 薄暗い戸口から垣間見た光景と淫らな期待に、口中にじわりと唾が湧く。

 唇をすぼめて先端にキスをし、そのまま舌先をつかって音を立てて舐めしゃぶる。

 初めてこれをやらされた時は、膨張した一物が口に入らず、ひたすらしゃぶらされたのを今になって思い出したからだ。それからは早く射精さイかせるために小手先の技術テクニックも身につけたが、おそらくこちらの方が新鮮、、なはずだ。

 狙っていたとおりに、次第に頭をもたげてきたその根元に舌と唇を這わせながら、主を仰ぎ見る。男は青白くさえ見える瞼を閉じて、背もたれに頭をもたせかけていた。間違いなく感じているだろうことは、わずかにひらかれた唇から時折漏れるかすかな呻きと、硬度を増してくる肉槍からわかる。

 自信を取り戻すと同時に、ジャックはちくりと胸に痛みを覚えた。主人は目を瞑っている。自分のためにひざまずく彼を見ていない――彼以外の何かを、あるいは誰かを、その瞼の裏に思いうかべているのだろうか。

 気まぐれのように、ひんやりした男の手指が彼のこめかみをくすぐり、耳にかかる黒髪を梳く。愛撫ともいえないような軽い戯れにさえ、全身が触れられることを待ちのぞみ、甘い痺れが身の内を走る。

 いきおい奉仕にも熱が入る。

 甘える仔犬のように鼻を鳴らして、しかし歯を立てないようにむしゃぶりつく。塩辛い先走りの味さえも今の彼にはご褒美だ。丁寧に舌先で掬い取り、敏感な先端を強く吸う。

 色の薄いくさむらに鼻先を突っ込み、その下に重たく垂れ下がる睾丸にまでも舌を伸ばして舐め上げる。主人の内腿の筋肉がぴくりと震え、肉根がさらに硬くそそり立つ。それにそそられるように、彼の欲望もまた痛いくらいに昂っていた。

 しかし、そこまでだった。

 舌のつけ根と顎が痺れてきたのに、口腔内のそれは硬度は保ったまま、一向に射精には至らない。

 一度ならずやられたときは嘔吐えずきそうになったので、客が相手なら望んではやらない、喉奥へ咥え込もうとしてさらに顔を寄せたとき、頬に手がかけられた。

 身を引き、お預けをくらった犬のように惚けた表情かおで主を見上げる。

 主人の、それまで閉じられていた瞼が開き、またあの感情の読み取れない双眸が、“お座り”の格好で床に手をついている彼を見下ろしていた。

 主の指が、長時間の口淫で紅く腫れたようになっている、濡れた唇をなぞる。

「そのへんにしておきなさい、ジャック」

 他の客なら欲情に息を弾ませているはずなのに、軽い悪戯いたずらを咎める程度の響きしか込められていなかった。

「このままお前の口の中で果てることはできるかもしれないがね、その先のことは――お前が望んでいるようにすることはできないよ」

「俺じゃあなたを満足させることはできないってことですか……? 俺が下手くそだから――?」

 熱をもっていた己の股間のものがしぼんでいくのを、彼はぼんやり感じ取った。

「お前のせいじゃない」

 男の、冷たくさえ感じられる指が、熱くなった口腔内に侵入してくる。薬指と小指が下顎をおさえ、中指が歯列を割り、親指と人差し指が舌をつまんで引っ張る……その指にさえ彼は従順に舌を這わせた。唇の端からまたみっともなく唾液がこぼれる。

 酷使されたやわらかな口の中を愛おしむようになぞったあと指が引き抜かれたとき、彼はひどく空虚うつろな感覚を抱いた。もう一度……口の中でも、他のところでもいい、虚しさを埋めてもらいたい。

 我知らず涙が滲む。

「泣くんじゃない」面白がるような声。

「私は他にも悪徳をもっているんだよ。私が望むことではなくて、お前が望むことをしてやれるかもしれない」

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