Lust In Action

 潮目が変わった。

 圧倒的な質量をもって胎内を蹂躙していた異物が卑猥な水音とともに引き抜かれる――とば口のぎりぎりまで。一時いっとき訪れた休息に、彼は溺れかけた人のように音立てて大きく息を吸い込んだ。

 屋敷中の人間が飛び起きるかと思うほど悲鳴をあげたというのに、誰ひとり、扉を叩く気配すらしない。涙と汗と涎が絨毯に黒い染みをつくり、肘と膝は立って歩き始めたばかりの赤ん坊のように頼りなく震えている。

 耳元で自分の声が残響しているように思えてならない。敏感な粘膜は咥え込んだ黒檀の径そのままにぴったり張りつき、ずきずきと拍動している。

 痛む首をねじって、彼は何とか男の顔を仰ぎ見ようとした。どんな表情をしているのか知るのは恐ろしかったが、もしかするとあの穏やかでやさしい一面の片鱗でも残っていはしないかと期待して。

 彼のねがいは聞き届けられた。

 男が手首をひねり、漆黒の張子が内部なかでぐるりと半回転した。また先刻までの猛攻が始まるのかとジャックは瞬時に全身を緊張させた。

 が、その予想を裏切り、次に訪れたのは探るような動きだった。ゆるく反りかえったなめらかな木肌が、めちゃくちゃに痛めつけられひりひり疼いている肉の隘路を、そっと――それこそ撫でさするようにそろりと進んでゆく。首枷のようにがっちりと彼を捕えていた主の右手も緩められ、冷ややかな指がまるでピアノでも弾いているかのように、汗ばんで火照った首筋をくすぐる。

 男の操るそれの、丸く張り出した部分が腹側の一点スイートスポットを擦り、彼は呻いた。今度は悲鳴ではなく明らかに快楽の喘ぎだった。男が声を立てずに嗤うのが、全身の振動から伝わってきた。

「わかっているとも、ここがいんだろう?」

 ジャックはうなずくことしかできなかった。操り人形さながら、その膝の上で、主が巧みに己に似せたもので彼の弱いところを執拗に擦り立てるにつれて、飼い主に撫でられるのを喜ぶ飼い猫のように身をよじり、嗄れたはずの喉から甘い声をあげていた。甘美な痺れが下肢全体に広がり、自分の腹と、なめらかなサテンに挟まれた彼の欲望はひたすらに解放を願って、先端からひっきりなしに透明な滴を零していた。

 無意識のうちに淫猥に尻を振っている彼の動きが主に少しでも快楽を与える結果になっているのかどうか――ジャックは敏感な場所を、望んでいたものの模造品ダミーで突かれるたびにのけぞり、喘ぎ、恥も外聞もなく、パジャマ生地に包まれた男の腿に、痛々しいほど膨れあがった自分のものを擦りつけていた。

 その貪欲さについても、主は咎めるどころか、さらに煽るように脚を小刻みに揺り動かしさえした。

「お願いです――」彼は快美と疲労にもつれる舌で懇願した。快感が下肢を通り越して中枢神経までぐずぐずに侵しているかのようだ。

「お願いです、サー、それを抜いて――あなたのものできたい、そんな……」

 そんな玩具おもちゃではなく。

 舌ったらずな単語は、主がまたそこを巧妙に抉ったために、不明瞭な喘ぎとなって薄闇の中に立ち消えた。

 彼がどれほどきつく締めつけようと、黒檀の棒が満足の証を吐き出すことはなかったし、もちろん萎えることもなかった。

「駄目だ」男は身をかがめて、楽しそうに彼の耳元に囁いた。

 彼が身も世もなく悶えているというのに、ちょうど腹に触れる主人の触角は興奮に頭をもたげてはいるものの、寝室で子供たちを相手にしていた時ほどには張りつめていなかった。

「分不相応なものを望むのは許されざる行為おこないだ。このまま気をりなさい」

 彼は情欲に熱くなってぼやけた頭をどうにか横に振った。

「――っ、できな……」

 両手はすでに力なく、申し訳程度に床についているだけ、自分で弄ることも許されていないのに、けるわけがない――

「私がやれと言ったら、やるんだよ、ジャック」

 燃える柴の中から呼ばれたように、おそれとそれ以外の感覚が身のうちを貫いた――彼の主がひときわ強くそこを擦りあげるのと同時に、右手が彼の顎を掴んで中空にのけぞらせた。

 本当に欲しがっていたものをついぞ与えられないまま、彼は頭の天辺から尻までを一直線に串刺しにされ、快楽と衝撃に喉を詰まらせ、声もなく果てた。その過程で主の夜着を大量の白濁で汚すことになったが、粗相を自覚するだけの気力は残されていなかった。

 がくりと頭を垂れ息を乱している彼の、汗に濡れた黒髪を、主の指が優しく梳く。

 おおきな物がずるりと体内から抜けてゆく感触が、射精後の倦怠感に重なる虚しさを呼び覚まし、己の愚かさに苦い涙が溢れそうになる――が、次の台詞で雲散霧消した。

「ちゃんとできたじゃないか、可愛いジャック。お前は本当にいい子だね」

 この上なく私を愉しませてくれるよ。

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