A Leopard Cannot Change Its Spot

 彼の肩にごつごつした手が置かれた。

 執事だった。

 青白い顔の執事は死人のようにこわばったジャックの手指からベッドウォーマーをもぎ取り、彼を押した。

 思いがけぬ強い力だった。おかげで、床に張りついていた彼の足はようやく離れ、ふたりはこそ泥のように廊下の暗がりへ逃げ込んだ。

「サイモン……あんたは知って……」

 廊下の隅で片手で口を覆って彼はうめいた。声が届かないほど離れたはずなのに、耳の奥で細い声が反響する。

「……ああ」執事は囁くように答えた。その声にはかろうじてわかるほどの苦悩が滲んでいた。あの、セント・ポール大聖堂のようにびくともしない男が。

「旦那様はずっと昔からああ、、なのだ。それ以外の方法では満足を得られない。何度もお止めしたが聞き入れようとはなさらなかった。だが私は旦那様のもとを離れられない。離れればもっとひどいことになるからだ」

 老執事の言葉を彼は闇の中で聞いた。

「私やお前が、他の家の使用人では望むべくもない生活くらしができているのはどうしてだと思っていた? お前はもう知ってしまったし隠しておくこともないから言ってしまおう。旦那様のお知り合い、、、、、全員すべてこういう趣味嗜好の持ち主だ。旦那様は彼らに入り用の品を斡旋しているのだ――ご自身が愉しまれる分も」

 膝が笑ってしまい、彼は壁に手をついた。

「お前のために言っておくが、このことについて旦那様の邪魔立てをしようなどとは考えないことだ。客人に対しても同じだ。彼らの腕は長い」

 サイモンの口調は脅しではなく、ただ事実を淡々と述べているだけなのだと彼には感じられた。それにどのみち……。

「俺は……」

「お前が望むなら、何も言わずにお暇を申し出ることだ。ここを辞めてもこの仕事を続けたいのなら、うちに来る客人の中で、優秀な使用人を欲しがっているかたがひとりいるからな、そのかた宛てに紹介状を書いてもらえるだろう。旦那様はその点はきちんとしているし、私から口添えしてやることもできる。安心するがいい、そのかたはうちの訪問客の中では唯一といっていいくらいまとも、、、なかただ」

「……」相手に見えるとは思えなかったが、彼は首をふった。

「そうだな、どうするかは今すぐには決められないだろう。部屋に戻れ。ひと晩寝るか――寝られないだろうが――考えることだ。だがこれだけは約束してくれ、黙って逃げ出したりはしないと。そうするととても面倒なことになる――私もお前も」

 彼は今度はうなずいた。掴まれている肩の動きでそれとわかったのだろう、執事は手を離し、もう行けというように軽く押しやった。


 真っ暗な中をどうやって、自分にあてがわれた部屋に帰りついたのか覚えていない。

 ひとりで暗闇の中で息をひそめていると――そうだ、ひとりで!

 彼のような身分の人間に一人部屋を与え、読み書きを学ばせてくれた、物好きで風変わりだが理想の主人と思えるような紳士が、教会に禁じられたおぞましい変態性欲の持ち主だったなんて、一体誰に相談すればいいんだ?

 誰にも言えない。サイモンに、密告してタレこんでも無駄だと言われたからではない。実際あの忠実な家令は、主のくらい秘密を知った彼を自由にした。いつでも逃げ出せる。

 あるいは――彼は屋敷を訪れた客の顔を一人ひとり思い出した。

 皆驕慢で、出迎える彼のことなど同じ人間とも思っていないのがよくわかった。それ自体は階級が違えば当然のことだ、下手に情けなどかけられてはかえってどうしたらよいか戸惑うだけだ。だがあの中に、供も連れず、誰も連れ帰ろうとしない客がいた。よほど懐具合が寂しいか、慈善事業にまったく関心のない吝嗇けちだと思っていたが、まとも、、、なのがあの男ひとりだけなのだとしたら――ああ、でも……。

 何も見えないはずの黒く塗り潰された空間に、少年の白くか細い体が浮かび上がる。若木のような肢体に覆い被さる主人の躰は、それに比べれば巨人のようだ。あのよく通る低い声で、何事かを幼い耳に囁きかけていた。息ひとつ乱さず、しかし官能に恍惚とした表情で……。

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