16-1

 ――耳寄りな情報がある。近ごろ出回り始めたドラッグについての話だ。


 マギサと連れ立って歩いているシバに声をかけたのは、シバたちとそう歳の変わらなさそうな青年だった。


 異様なのは、その顔はボコボコに殴られたあとらしく、ところどころ青紫色に腫れ上がっているところだろうか。


「与太話ならネットにでも書き込んでろよ」


 シバはもちろん相手にはしなかった。


 青年の顔に見覚えがなかったこともあるし、いきなり声をかけてきて、いきなりドラッグの話を持ちかけるだなんて、イカレポンチのすることだろうと思ったからだ。


「聞いてくれ!」

「ヤだよ」


 シバはマギサの腕を引っ張り、踵を返すが、その前に青年が回り込んで立ちはだかる。


 シバはイラッとして、一発殴ってやろうかと思った。


 今なら青年の顔に拳を打ち込んでも、その跡は目立ちはしないだろうから。


「アンタ、ボスの息子なんだろ?」


 シバは躊躇なく青年の頬に拳を打ち込んだ。


 明らかにひょろっとした痩躯の青年は、いともたやすく地面へ倒れ込んで、血を吐いた。


 元から口の中が切れていたのかもしれない。


 しかしいずれにせよ、そんな惨状の青年を見ても、シバの心に同情だとかは浮かばない。


 自業自得。


 ――好きこのんで地雷を踏みに行ったコイツが悪いのだ。


 シバが青年を殴っても、マギサはぼんやりとなりゆきを見ているだけだった。


 シバに道徳心だとか倫理観だとかがそなわっていないように、マギサも一応カタギの割には、そんな感じでお美しい心を持ち合わせていない。


 なんだかんだと似た者同士だったから、シバの凶行を前にしても、マギサはぴくりとも眉を動かさないのである。


「言葉には気をつけろ」


 シバは倒れ込んでいる青年の腹へ、追い打ちで蹴りを入れる。


 青年はえずいたが、シバがさほど本気で蹴らなかったこともあってか、胃の中のものを吐き出しはしなかった。


「ま、待って……」


 地面にうずくまっていた青年が、シバの靴に手を伸ばしたので、シバはその手の甲をえぐるようにかかとを落とした。


「……シバ~……」

「ア゛ア゛?!」


 そんな青年とシバの様子――というか、シバによる一方的な蹂躙を目にしていたマギサから声が上がる。


 きゅう、と同時にマギサの腹も声を上げる。


 シバはその音を聞いて、思わず額に手をやった。


「……んだよ、『怪異』か?」


 青年に声を吐きかけたときとは変わって、どこか柔らかささえ感じられる声音でシバが問う。


 無論、そこには多分に呆れも含まれていたが――先ほどと声音が違うことは、だれが聞いても明らかだった。


「ちょっとにおいがするだけだけど」

「……このゴミか?」

「そう」


 シバが足元に転がる青年を指差せば、マギサはためらいなく肯定した。


「ハアー……ッ」


 シバは深い、それは深いため息をついたあと、靴の爪先で青年の腫れ上がった頬をつつく。


「話だけなら聞いてやるよ」


 木立に囲まれた、こじんまりとした公園のベンチにシバは腰を落ち着け、脚を組んだ。


 マギサは当然のようにその横へ、行儀よく膝を揃えて座る。


 青年は立ちっぱなしだ。


 シバに蹴られた腹部が痛むのか、胃の当たりに手をやっている。


 しかしシバがそんな様子の青年を見ても、感じるものはなにもない。


「――で、オレが……ボスの息子だと知った上で持ちかけてくる話ってなんだよ」


 青年は、再度近ごろ出回り始めたドラッグについて話し出す。


「『アンヘル』って名前のドラッグ……アレの原料を知ってるんです」

「……で?」


 シバがうろんげな目を向けているのがわかったのか、青年は焦ったように自分が、シバが属する組織と敵対する組織の、末端の人間だと告げてきた。


「あなたは裏切り者ってこと~?」


 マギサが端的に問えば、青年は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、しかし最終的にはそうだと認めた。


「『アンヘル』の原料は……『天使』なんです。おれ……おれ……彼女を救いたくて……」


 顔が腫れ上がっているためにわかりにくかったものの、青年は目を伏せていた。


 シバは、面倒ごとがまた転がり込んできた、と思った。

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