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 シバは組織のトラブルシューターである。マギサと出会って、色々あって、そういうことになった。


 そして先ほど会った準構成員の男は、本人曰く呪われているらしい。


 常のシバであれば一笑に付して捨て置くところだが、残念なことにシバは組織のトラブルシューターである。


 なによりその噂がまかり間違ってボスの耳に入り、ボスが面白がったためにシバは呪いの解明に着手するハメになったのだ。


 正直に言って準構成員の男が呪い殺されようとシバにはどうでもいいことである。


 しかし、ボスの意向であれば無視はできない。


 異世界人から異星人まで揃うと言われるサラダボウル・シティにおいては、呪いの実在を疑うのはバカのすることである。


 しかし単に準構成員の男が気に病んでいるだけという可能性もなきにしもあらず。


 今は、そういう状況だった。


「呪いの階段か~」


 準構成員の男に聞いた話はこうだ。


 夜中にたまたま、寂れた某公園に立ち寄った際に呪われた。


 その公園には足踏みする音を聞くと呪われる階段があるのだ――。


 シバはマギサとふたり、連れ立ってその公園を訪れていた。


 公園はすり鉢状になった底にあり、赤錆が浮き、緑青ろくしょうがはびこる遊具がぽつんと寂しげに置かれている。


 そしてそのすり鉢状の底にある公園へとアクセスできる階段は、三つ。


 そのうちの西側にある階段が、くだんの「呪いの階段」だと言うのだ。


 風が吹き上げてきて、公園を取り囲む木々の葉がこすれる音を聞きながら、シバとマギサは階段を下りていく。


 シバは途中の踊り場で足を止めて公園を見下ろす。


 燃えるような夕日の色が公園の遊具を染め上げて、地面に濃く長い影を作っている。


「夜中に来たほうがよかったか」

「そうだね。でもまずはどんな感じか下見ってことで」


 準構成員の男の話によれば、正確な時間は覚えていないものの、足踏み音を聞いたのは午前レイ時を回って以降の話とのことだった。


 そして以来、準構成員の男は呪われているとのことであった。


 しかしその呪いと主張するものはハッキリ言ってちゃちなものばかりだ。


 運転の荒い自転車に轢かれそうになったとか、階段から足を踏み外しかけたとか、靴ひもが連続して二足ぶっ千切れただとか。


 サラダボウル・シティの治安のせいだとか、気のせいだとか、単に偶然が重なっただけだとか、いくらでも言えることばかりなのだ。


 けれども、準構成員の男は頑なに自分は呪われているのだと主張していた。


 そこまで言われれば、なにか根拠はあるのかと尋ねるのが普通だろう。


 もちろん、シバもそうした。


 けれども準構成員の男は呪いの階段へ行って、呪われたせいなのだと言うばかり。


 しまいにはシバがキレそうになったので、マギサが適当なところで勝手に切り上げて、準構成員の男を帰した次第である。


 そしてそのままとりあえず現場に行ってみようという話になり、ふたりは今ここにいる。


「ちょっととっかかりがなさすぎるね。この辺りに詳しいひとに聞いたほうがいいかも。『呪いの階段』の噂が本当にあるのかどうかも含めて聞きたいな」


 マギサの言うことがもっともだったので、シバはなにも言わなかった。


 シバが準構成員の男を疑わしく思っているのと同じように、マギサも男が消極的に嘘をついている可能性については考慮しているようだった。


 そのことに、シバは心のどこかでホッとする。


 裏社会では他人を疑わずに生きて行くことはできない。


 良心が咎め立てたから、というよりは、マギサと同じ考えでいることに対する連帯感が、シバの心を安堵させたようだった。


 幼い頃から泥をすすって生きていたシバに、心から信頼できる人間などいなかった。


 完全に裏社会に身を置くようになってからは、なおさら。


 ボスのことはその手腕に信を置いてはいるが、心を開いているわけではない。


 けれどマギサは、固く閉ざしたシバの心の扉を乱打する。容赦なく、遠慮なく。


 それを心のどこかでシバはうれしいと感じているのだ。


 無論、シバの本心はそれを認めたがらなかったし、死んでも口にはしないと固く誓うような事柄であったが。


「ねえシバ、もう帰るんだったら生ジュース飲みに行こうよ。一週間前にできたお店で――」


 シバは、その日はまんざらでもない気持ちだったので、帰りにマギサとその生ジュースとやらを飲みに行った。

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