1-3
「『祝福の階段』?」
思わずシバとマギサは声を揃えた。
一様に怪訝そうな顔をしたふたりを見て、シバと顔馴染みの半グレの男は「そうっす」と肯定する。
これから書き入れ時の、夜の繁華街の片隅。
たまたま出くわした半グレの男に声をかけたシバは、もののついでを装い「呪いの階段」について聞いてみたわけであったが。
「『呪いの階段』じゃなくて?」
軽く首をかしげるマギサの言葉に、半グレの男は脇に控えていたツレの後輩らしき少年に「お前は聞いたことない?」と問いかける。
少年はすこしだけ困ったような顔をしたあと、
「いや……聞いたことないっすね。『呪いの階段』なら知ってますけど……」
「うーん?」
少年がゆるく首を左右に振るのと同時に、またマギサが首をかしげた。
アテが外れた半グレの男は、それでも自分が知っているのは「祝福の階段」の話だけだと言う。
「どんな話なんだ?」
「あの公園の西側にある階段の踊り場で足踏みの音を聞くといいことがあるっていう……まあ、与太話っすよ」
「どこで聞いたんだ?」
「学校の友達……だったかな? ケッコー前に聞いた話なんで……」
半グレの男は気まずげに頭を掻く。
シバはそんな半グレの男と、彼のツレである少年を見やった。
「ところでお前らいくつよ?」
「いくつ……歳っすか? 二四っす」
「お前は?」
「今年で一八です」
シバはふたりの年齢を聞いて、それから準構成員の男の顔を思い出した。
準構成員の男の年の頃は二〇歳前後ごろ。
今シバの目の前にいるふたりの年齢の狭間であるように見えた。
「お前はどこで『呪いの階段』について聞いたんだ?」
「学校っす。今は行ってないっすけど。あ、足踏みを聞いたら~っていうところは同じなんすけど、おれは『足踏みを聞いたら呪われる』って聞きましたね」
「
シバが続いてそう問いかければ、半グレの男は
「あそこの公園にはもともと妖精の巣があって、今でも妖精がいて気まぐれに祝福してくれる、って話だったはず」
と答えた。
しかし続けて、
「呪いと関係あるかは知らないっすけど……あの公園で人死にがあったって話は聞いたことあります」
と付け加える。
「人死に、か」
このサラダボウル・シティは命がいくらあっても足りないと言われる場所も数多い。
しかしくだんの公園がある地域は、比較的治安がいい。
なんらかの抗争に巻き込まれての人死にが出るとは思えなかったが、なにごとにも例外は存在する。
シバが続けて詳細を尋ねようとしたところで、少年が「その話なら聞いたことある……かもしれないっす」と、控えめに言った。
シバが促せば、少年はおずおずとながら話し出す。
「おれも、詳細に知っているわけじゃないんすけど。おれらの上の学年のセンパイがひとり、あの公園で死んだって話は聞いたことがあるっす」
「……そのセンパイとやらの幽霊があの公園にいるって?」
「幽霊がいるかは知らないっすけど……そのセンパイのせいであの西側の階段は呪われてるって有名だったんすよ」
「なんでそのセンパイは死んだんだ?」
「本当かは知らないっすけど、いじめっ子に追いかけられて足を踏み外して階段から落っこちて、頭の打ちどころが悪くて死んだってダチが言ってました。いや、本当かどうかは知らないっすけど、まあ『呪いの階段』の話は結構有名でした」
「……わかった。時間取らせて悪かったな」
「いえいえ……シバさんのお役に立てたなら」
シバは話を聞かせてくれたふたりに駄賃を握らせたあと、マギサと連れ立って繁華街を進んで行く。
「なんか話が微妙に食い違ってたね」
「ああ。だけどなんとなく光明は見えてきた」
「そうなの?」
「……もともとあの階段は『祝福の階段』だったとして、なんで今は『呪いの階段』って呼ばれているか、ってところ」
「なにか、きっかけがあった……?」
「そうだろうな。あの呪われてるとか言ってきた男、さっき会ったふたりの年齢の狭間くらいの歳だろ。ってことはその『きっかけ』についてあのふたりより詳しく知ってる可能性はある」
「あのふたりは、階段のジンクスについて本気で信じてる様子じゃなかった」
「……けど、あの男はなぜか信じてる。――こりゃもしかしたらあいつがその『きっかけ』そのものを知っている可能性もありそうだな」
「こういうときのシバの勘は当たるから、そうかもね」
マギサはそう言って、いつも以上に笑みを深めた。
そんな顔をしたマギサの胸中は、シバには手に取るようにわかり、内心でため息をつく。
「……もう一度、あの男に話を聞く必要がありそうだな」
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