1-4
時刻は午前〇時を回った深夜。
すり鉢状の底に遊具が設置された公園へと繋がる階段の前に、影がふたつ。
そのふたつの影に、小走りでもうひとつ影が近づいて行く。
それを認めた影のひとつ――シバは、近づいてきた準構成員の男を見やって、挑戦的に目を細めた。
「おいコラ。手間かけさせやがって」
シバの口元は、美しくゆるやかな弧を描いて釣り上がっていたが、その目には冷たさがあり、明らかに笑っていない。
一方、シバの隣に立つマギサは、いつも通りにニコニコと笑んでいる。
いっそ、不自然なまでに、不気味さすら感じさせる笑顔を浮かべている。
「な、なんすか……?」
準構成員の男は、シバとマギサのうしろにある階段へちらりと目をやる。
そちらには男が「呪いの階段」と呼んでいた階段があった。
「トボけんじゃねえよ」
シバが静かに語気を荒げて、すごむ。
鋭い視線に射抜かれた男は、シバから目をそらした。
「いや、あの、マジでわかんないんすけど……」
「ハッ。消極的な嘘をつくのはもうやめろ。全部わかってるんだからな」
「な、なにを――」
「――お前、この階段で同級生を殺したんだってな」
シバの言葉に、男は目を剥いた。
「ち、ちがいます!」
男は反駁しようとしたのか、口を開いたものの、そうやって否定したきり、なにも言えないようだった。
その否定の言葉だって、おどろくほどに上擦って、震えていた。
三人のあいだに、沈黙が落ちる。遠くで車の走行音が響き、虫の声が聞こえるばかりだ。
男は完全に視線を自身の足元に落とし、顔を上げようとしない。
そんな男の様子を見て、シバはため息をついたあと、舌打ちをした。
「テメーがイジメてた同級生、お前に追い立てられて――ここで足を踏み外して、打ちどころ悪く死んだんだってな。そういうことは最初に言っとけよな」
シバが調べ上げた「呪いの階段」の謂れはそうだった。
繁華街で会った半グレの男が言っていた通りに、最初はこの西側にある階段は「祝福の階段」と呼ばれていた。
準構成員の男がイジメていたという同級生は、その「祝福」にすがろうとしたのかもしれない。
けれどもそこに、その同級生をイジメていた準構成員の男がやってきて――。
「チッ。メンドクセー回り道させやがって」
シバは、準構成員の男の過去についてとやかく言うつもりはなかった。
無論、断罪する気もハナから微塵もない。
シバが腹を立てているのは、「呪われた」と相談をしてきた際に、その「呪い」に心当たりがあったにもかかわらず、申告をしなかったことについてだ。
お陰様でシバはマギサと共にいらぬ回り道を強いられた。
シバは、そのことに怒っているのだ。
「……ねえ、どうして今さら『呪われた』と思ったの?」
マギサは不気味なまでにニコニコと笑みを浮かべたまま、準構成員の男に問うた。
準構成員の男は、もはや消極的にせよ嘘をつくことはできないと観念したのか、顔をうつむけたまま言う。
「……ガキができて」
――付き合っている女に子供ができて、友人たちと祝い酒を飲んだ帰りにたまたま公園を訪れた。
そこでふと思い出したのだ。
同級生をイジメ抜いた果てに、殺したことを。
「そしたら、なんか、怖くなって。そしたら、なんか、どんどんツキに見放されたみたいにヘンなことが起こって……オンナもなんか、セッパク? の危険性があるとかで入院しちまうし――」
――だから、急に怖くなったのだ。
――だから、「呪われている」と思ったのだ。
「お、おれはどうなってもいいし、どんだけ恨まれたってもいい……けど、ガキは」
シバは、反吐が出そうになった。
今さら都合よく恐怖に駆り立てられて、陶酔に浸って、救えない馬鹿だと思った。
けれどもシバは、なにも言わない。
シバは自分がなにか、もっともらしいことを説く資格がないということはわかりきっていたし、そもそもこの準構成員の男のためになにかをしてやる気持ちにもなれなかった。
「……聞かせてくれてありがとう」
マギサはハナからずっとニコニコと笑っていたその笑みを、ことさら深くする。
「――いいスパイスになった」
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