19
「あっ、マギサさんじゃないですか!」
喜色をあらわにした二〇代前後に見える男は、そうやってマギサに馴れ馴れしく――少なくともシバにはそう見えた――近づいてきた。
男は、マギサのそばにいるシバを一瞥したけれども、気に留めた様子はない。
普通、シバのギリギリカタギに見えない風貌を見れば、たいていの人間は気後れする様子を見せる。
けれどもその男はそんな素振りを見せるどころか――むしろ、シバに対して敵愾心を抱いているような目を一瞬見せた。
シバは、一瞬だけかち合った男との視線で、火花が散ったような幻影を見た。
「え? だれだっけ?」
「あ、スイマセン。覚えてないですよね……おれ――」
シバからゆるやかに視線を外した男は、マギサを見て軽く頭を下げる。
それでもマギサの背はローティーンほどしかないので、目線は同じにならないくらいだ。
男は名乗りはしたものの、シバの知らない人間だった。
一方のマギサは心当たりがあったらしく、「ああ」と言ってようやく思い出した様子である。
「この前の」
「はい。その節はお世話になりました。ところで、今デート中でした? 思わず声かけちゃって、すいません」
男は微塵も「すいません」などとは思っていない笑顔を浮かべて、再度シバを一瞥する。
シバはマギサと一緒にいるところを捕まえられて、「デート中でした?」などと言われて、穏やかならざる心境となる。
シバは、マギサに対して複雑な感情抱いている。
だから「デート中」だなどと勘違いされてひとり静かに腹を立てた。
すると知らず、男をにらむような目つきになる。
それでも男は言葉は丁寧であった一方、軽薄な態度を崩さずに、むしろ挑戦的にシバを見ているようだった。
マギサはシバと男の間に生じた不穏な空気に気づいているのかいないのか、実にあっけらかんと答える。
「デート中? かもね!」
「ええっ。恋人、いたんですね……」
「ううん。シバは友達だよ!」
「あ、そうなんですか」
「そう、一番の友達!」
マギサから「友達」であることを二度も強調されたからなのか、男はあからさまに安堵した顔になる。
シバはそれがムカついた。
マギサに馴れ馴れしい態度の、あからさまにマギサに気がある男の存在もそうだし――うれしそうに「友達」という単語を馬鹿みたいに繰り返すマギサだって。
「――友達じゃねーよ。バカインコ」
「バカじゃないし私は人間!」
「どうだか」
男は、マギサとシバの様子に一瞬だけ呆気に取られた顔をする。
でもそれはほんの一瞬のことだった。
また軽薄な笑みを浮かべてマギサを見る男の顔に、シバは明確な下心を感じて胃のあたりがムカムカするような気持ちになる。
「あの、もしよかったらなんですけど、このあと予定がなかったらぜひおれと――」
目の前で堂々とマギサをナンパする男に、シバは舌打ちが出そうになる。
しかしマギサは――
「ごめーん。今は友達といるから! 友達優先!」
と言って、またあっけらかんとした態度で男の誘いを一刀両断する。
もしかしたら、ナンパされているという自覚すらないのかもしれない、とシバは思った。
そう考えてシバはマギサに呆れると同時に――胸中で優越感めいたものが頭をもたげるのがわかった。
「話、終わったか? じゃあ行くぞ」
シバはマギサの腕を取ると、今度はシバから男を一瞥した。
男はわずかに目を細めていて、シバにはそれがプライドを傷つけられたときの顔に見えた。
「あー、待ってよシバ! あ、じゃあねー」
ぐいぐいと腕を引っ張られたマギサは、シバに向かって抗議の声を上げる。
マギサは深くは考えていないのだろうが、男に対して「またね」とか「今度ね」などと言わなかったことに、シバは満足した。
胃のあたりで渦巻いていたムカつきは消えていて――しかしシバはその理由については無視を決め込んだ。
シバはまだ、どうしてもマギサへの気持ちを決められない。
マギサはハッキリ言ってちゃらんぽらんだし、ときおり意味不明な言動を取るし、ムカつくし――。
けれど、でも。
「今日なんか奢ってやるよ」
「え? いきなりどうしたの?」
「オレの気が変わる前になに食べたいか考えとけ」
「わかった~」
まだ、マギサがシバを離す様子はないので、しばらくはこのままでもいいかと思う。
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