6-1
ふたり、目が合っても声は上げなかった。
それどころかシバは素早く顔をそらして知らぬフリを決め込もうとしたが、マギサにそのような手が通用するはずもない。
当然のごとくシバのお気持ちなど察する気配を微塵も見せることなく、マギサは素早い動きでシバに近寄る。
「だれ?」
どこか舌っ足らずな、間延びした語尾で、シバの腕にしなだれかかっていた
嬢はマギサの頭のてっぺんから足の先まで無遠慮にじろじろと見たあと、再度何者なのかと問うようにシバを見つめる。
今日のマギサは相変わらず長い髪をひと束にまとめていなかったし、ふわふわとした白いフレアスカートを穿いている。
肩の周りなんかは女にしては多少角ばっているように見えるが―― 一度見ただけでそこまで察せる人間はそういないだろう。
つまるところ、今のマギサはだれがどうみても女だということで、シバに
シバは、この嬢が己の兄貴分の近ごろの気に入りということ以外を知らない。
知らないが、この嬢はシバがおおよそ考える「女のイヤなところ」を集めて煮詰めてつめ込んだような人間だということだけは、この短時間で理解した。
「……知り合い」
「友達だよ、ね!」
シバが無難にやり過ごそうとそっけなくそう言えば、マギサは食い気味にその関係性を上書きしてくる。
シバは思わずマギサを見やって、じっとにらみつけるなどアイコンタクトを試みたが、マギサに通用するはずもない。
友達を自称するのであればこちらの都合を察して欲しい、とシバは思った。
「ふ~ん……」
嬢は心底興味がなさそうな声を出す。
実際、嬢は女だと思っているマギサには興味がないのだろう。
先ほどまで、シバには猫撫で声であれこれと気を引こうとしていたのだから、その様はいっそ清々しささえ感じられる。
悪い意味で舌を巻くが、しかしシバからすると嬢に好感を抱くほどのことではない。
その潔い一面を見て、とっととこの仕事を終わらせようという決意がより固まっただけだ。
「お前、ヒマか?」
「まあね」
「じゃあ一緒にこいよ」
「え? いいの? やったー!」
大喜びのマギサに対して、嬢は「ちょっと……」とシバの腕を軽く引っ張って抗議の声を上げる。
シバは今すぐにでも腕を振り払いたい気持ちを抑えて、「こいつは役に立つんで」と告げる。
マギサには粗暴な言動のシバも、一応兄貴分の気に入りということで嬢には多少丁寧な口調で接していた。
だからこそ、マギサと出くわして気まずい気持ちになったのだ。
それは友達には見せている顔を、肉親には見られたくないという思春期の少年の心境に似ていた――が、シバ本人にはそんなことはわかりはしないのだった。
「大人しくしてろよ」
「うん、うん。わかってるって」
「本当だろうな……」
「うん!」
シバは右腕に引っついている嬢の機嫌が急降下しているのを感じ取りながらも、マギサの同道を取り消さなかった。
「お姉さんはシバの友達? なら私の友達だね!」
マギサは不機嫌さを隠そうともしない嬢に怖気づくどころか、そんなことには気づいていないように見える。
シバはストレスから失笑しそうになった。
しかしマギサが嬢の馴れ馴れしい態度から、ぞっとするような発想――つまり、嬢がシバの色恋のお相手だと勘違いすることがなかったのにはひと安心する。
「このオネーさんはな、今ちょっと困ってんだよ」
「困りごと?」
「そう。お前はなにか感じねえ?」
「まあまあ」
シバは「まあまあってなんだよ」と思って、閉口した。
シバの傍らで腕に絡みついている嬢は相変わらず眉根を寄せており、不機嫌さを隠そうともしない。
嬢からの説明は望めないと早々に理解したシバは、曖昧な返事をしたマギサに向き直る。
「オネーさんはさ、生臭いにおいに悩まされてるんだと」
「……ああ」
マギサは意外にも「たしかにくさいね!」などとは放言しなかった。
シバですら先ほどから薄っすらと漂う生臭い――もっと言えば、魚くさいにおいに嫌気が差しているというのに。
一応、マギサも初対面の相手には気を遣えるのだという事実に、シバは感動すら覚えた。
「だから、これからオネーさんのマンションに行く予定」
「そこで調査するの?」
「まあそう。お前、こういうの得意だろ?」
「まあまあ」
シバは、「まあまあ」という語がマギサの中で流行っているのかと思った。
「でもずーっと生臭いのは大変だよね。食欲湧かないし」
嬢は接客業であるので、悪臭を漂わせていてはお話にならない。
しかしマギサは嬢の職業を察していないのか、あるいはそんなことよりも食欲のほうが優先されるのか――。
定かではないものの、らしいと言えばらしい物言いであった。
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