14-2

 「なんかねえか探すぞ」とシバは言いはしたものの、あまりにもとっかかりがなさすぎることには気づいていた。


 だからこそマギサを呼び寄せたわけで――そしてシバのその選択は間違っていなかったことがすぐに証明された。


「……小汚ねえ人形だな」


 マギサはすぐに寝室から一体の人形を持ち出して、シバに見せた。


 このときばかりはマギサはインコではなくイヌのようであった。


 マギサいわく、「なんとなく『怪異』っぽいにおいがする」とのことで、シバは一瞬だけその人形を受け取ることに躊躇した……が、最終的には詳しく調べなければならないので腹を括って手にした。


 それを見てのシバの第一声のとおり、人形はどこか薄汚れた印象がぬぐえない。


 象牙色の肌をして、大きな目玉がプリントされた着せ替え人形は、女児に買い与えられることを想定されているものであって、成人男性が持っているにはいささか違和感がある。


 無論、この部屋の主たる組員の趣味であるとしても、シバはなにも言いたいことはないのだが、趣味であればこの人形は大切にされていなければまた、違和感がある。


 シバの目には、この人形はこの部屋に似つかわしくなく映った。


「土よごれ?」


 同じように人形を見つめていたマギサが、不意にそんな言葉を口にした。


 シバはもう一度人形を見る。


 大きな目玉をぐるりと取り囲む円の溝に、茶色っぽい線が走っているのがわかった。


 人形が着せられている古ぼけた服も、一見すると目立った大きな汚れはないものの、よくよく見ると泥が付着したのを無理矢理ふき取ったようなシミがある。


「……いずれにせよ、山には行かなきゃなんねーみてえだな」


 人形に土や泥の跡があるのを見れば、イヤでも連想してしまうのが例の山だ。


 ゴミ処理業者が不法投棄の場に選んだ場所。


 そしてその山に行ったであろう人間が、なぜか人肉を求めて暴れている――。


 十中八九、その山には「なにか」がいるのだろう。


 ――否、「怪異」がいるのだ。


 それも、人間を容易く狂わせることのできる。


 シバはその山へ赴くことを恐ろしいとは思わなかったが、なんとなく気分的にはイヤな感じである。


 だが組織のトラブルシューターを拝命している以上、その山へは一度は行かねばなるまい。


 スマートフォンの画面に目をやれば、時刻は正午手前。


 怖くはないとは言えど、夜になれば有象無象の輩――不良だの自殺志願者だの――がやってくるだろうことを考えれば、明るいうちに山へは一度行っておきたいところだ。


 それに、マギサの腹もちょうど減っているところだろう。


「おい、これから山に行くぞ」


 目の前の仕事をさっさと片づけたいという気持ちもあったので、シバはすぐに山へ行くことを決めた。


 マギサは「オッケ~」とゆるい返事をして、山へ行くことに否やはない様子だった。




「いっしょに登山! 友達ポイントが上がる~」


 マギサはシバがちょっとイヤになるようなことを言いながらも、大人しく先行する彼についてきている。


 山には借りた車で上がれるところまで上がったあとは、当然ながら徒歩だ。


 しかし先述した通りにこの山は所有権が曖昧なのか、適切な管理がなされておらず、登山道はもちろん、林道のたぐいもまったく整備されていない。


 かろうじて通っている、獣道じみた場所を歩きながら、シバはこのためにわざわざ買ってきた懐中電灯をなんとはなしにぶらぶらと振る。


 まだ正午をすぎたころあいであるから、山林には一応、日光が降り注いでいる。


 それでもどこか薄暗いのは、間伐などがされていないからだろう。


 山に根を張る木々は、好き勝手に枝を、葉を伸ばしており、それゆえに山の中は昼にもかかわらずどこか薄暗いのであった。


「『怪異』の気配がしたら言えよ」

「わかってるって~」

「……今はしねえのか?」


 能天気な返事をするマギサを振り返らず、シバは問う。


 マギサはすぐに


「ううん」


 と言って、恐らくシバの背後で首を横に振った。


「そこらじゅうにいっぱいいるけど、あの人形と同じにおいはまだしない」


 マギサの言葉に、さすがのシバも若干ぞっとした気分にならざるを得ない。


 かろうじて、「本丸にたどり着く前に腹いっぱいになるなよ」と釘を刺しておく。


 マギサは今日はつまみ食いをする気分ではないのか、はたまたしていても隠しているのか、「わかってるって!」と元気よく返事をする。


 シバはそれを聞いて内心「本当かよ」と疑いつつも、マギサの腹を調べる手立てもないので、今は納得することにした。



 シバは一〇分は山を登り続けて、不意にほとんど虫がいないことに気づいた。


 虫の鳴き声がしないわけではないが、うるさいというほどでもないし、やぶ蚊の類いはまったくたかってこない。


 今の季節と山というロケーションを考えれば、それは日ごろ都市で暮らしているシバにも、不自然に思えた。


 しかしもちろんシバに原因などわかるはずもない。


 「虫除けスプレーを買う手間が省けたな」などと考えながら、うしろでひとりかしましいマギサを背に歩を進める。


 しかし不意にマギサが「あ」と言っておしゃべりをやめて足を止める気配がしたので、シバも足を止めてマギサのいるほうへと振り返る。


「なにかあるよ」


 マギサが指さした方向をシバも見る。


 マギサの指は、大木の足元をさしていた。


 そこには――


「……祠?」


 ……のようなものがあった。


 というのもそれはぐちゃぐちゃとしか言いようがないほどに大破しており、かろうじて祠だったころの原形をとどめているような――そんな有様だったからだ。


「んだこれ」

「人形とおなじにおいがする~」


 マギサがそう言っておもむろに祠らしきものへと近寄って行ったので、シバも仕方なくそれに続く。


 しかしシバは祠に近づくよりも前に、大木を挟んだ向こう側に――男の姿を見つけた。


 中年に差しかかったぐらいの平凡な顔をした男は、おどろいた様子でシバと視線を合わせた。


 そしてシバは男が、このあいだ霊能力者にしつこく食い下がっていた「解心かいしん会」の信者だということにすぐさま気づいた。


 男は、なにを思ったのかすぐにシバへ背を向けて逃げ出す。


 逃げ出すということは、なにか後ろめたいことがあるからだ――。


 シバはそう考えて気づけば男を追いかけ、駆け出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る