18-1

 坊主頭にスクエアのサングラス、白スーツの下はド派手なシャツ……。


 シバの兄貴分は、恐らく万人が想像できるようなコテコテのヤクザスタイルで、実際にヤクザなのであった。


 ガハハ、と豪快に笑う姿がよく似合う一方、ヤクザはヤクザなのでもちろん怖い顔だってできる。


 しかし今目の前にいるシバの兄貴分は、ちょっと困ったような顔をして、デスクの上に置かれたぬいぐるみを見ている。


「いつの間にか部屋にあってよお。捨てても捨てても戻ってくるんだわ。――シバ、お前『こういうの』の専門だろ?」


 シバは組織のトラブルシューターである。


 マギサと出会ってこっち、そういうことになっている。


 なっているが、ハッキリ言ってまだまだ未熟なシバの手には余る肩書きではあったし、「トラブルシューター」として任される仕事の大半はうろんな――幽霊騒ぎだの呪いにかけられただのといった――ものばかりだった。


 シバは組織のトラブルシューターである。


 しかし決して、霊能力者だとかではない。


 この異世界人から異星人までそろうと言われるサラダボウル・シティに身を置いているため、幽霊や呪いが存在することは知っているものの、シバ自身はそういったものを必ずしも視覚などの感覚器官で捉えられるわけではない。


 むしろ、「そういうの」の専門はマギサだろう。


 「怪異」なるものを主食とするマギサ。


 そのマギサはなぜかシバを「友達」だと思っており、ことあるごとにその言葉を口にし、「友達」であることを強調する。


 けれどもシバはそれをうっとうしく思うこと半分、まんざらでもない気持ちが半分……という複雑な感情をマギサに対して抱いているのであった。


 シバは兄貴分を見た。


 兄貴分が、己の胸中を見透かしているのではないかと疑ったからだ。


「……オレは霊能力者とかじゃないんですけどね」

「まあそう言うなや。テキトーに処分してくれりゃあいいから」


 シバは、兄貴分の言葉の狭間で、「マギサに」という語が聞こえたような気がした。


 けれどもさすがに組織の中でもことさら人望のある兄貴分のこと。


 シバに対してマギサとの仲を勘ぐったり、からかったりとかいうことは一切しない。


 それでも兄貴分がシバとマギサの仲を気にかけている――ということは、なんとなく空気で伝わってきた。


 いつぞや、マギサが兄貴分に頼まれて運びの仕事を任されたシバを車で迎えにきたことがある。


 そのときは深く考えもしなかったが、兄貴分とマギサが個人的に連絡を取り合える間柄であることは明らかだろう。


 シバはなぜ兄貴分がマギサとそういう間柄になっているのかは、知らない。


 面倒見のよい兄貴分のことだから、マギサのことを気にかけているのかもしれないし、あるいはもっとドライに、使えるカードだと考えて手持ちに加えているのかもしれない。


 いずれにせよ、まだ尻の青い若造であるシバが、海千山千の兄貴分の深謀遠慮を覗けることはないだろう。


 シバはそう考えて、デスクの上にあるぬいぐるみを見た。


 ぎりぎりカワイイと言えなくもないような造形の、デフォルメがきいた黄緑色のクマらしきぬいぐるみ……。


 「捨てても捨てても戻ってくる」と言われても、イマイチ危機感を抱けないフォルムのぬいぐるみである。


 汚れてはいないが、全体的に使い古されてくたびれたような色合いと、布の感触。


 シバはぬいぐるみを手に取ってぐるりと全身を点検してみたものの、一見おかしなところはない。


 幽霊だとかがかかわっているとすれば、シバには正体を見抜くのは難しいだろう。


 となれば、「そういうの」の専門と言っても過言ではないマギサに持って行くしかないわけで――。


「……クソ。アイツ、出ねえ……」


 ぬいぐるみを借りている部屋へと持ち帰ったシバだったが、あいにくとマギサが捕まらない。


 メッセージを飛ばしても既読マークはつかず、電話をかけてもやはり出る様子がない。


 マギサはフリーターを自称してはいるものの、働いているかは怪しいところである――とシバは思っている。


 呼び出せばたいていは応じるし、道端でバッタリ出会うことも多ければ、その口からアルバイト先の話が出てきたことは、シバが記憶する限りでは、ない。


 金に困っている様子はないものの、いつぞやのときには駄菓子ひとつも買えない額しか手持ちになかったこともある。


 古ぼけているとは言えども住む場所はあって、電気・水道・ガスを止められたというような話も聞いたことはない。


 確実にどこかで金を稼いでいるか、遺産なりなんなりと、なにかしら出どころはあるのだろう。


 それは深淵を覗くかのごとく、不明瞭で、謎めいていはいるが。


 閑話休題。


 とかくそんな万年暇人みたいな調子のマギサが珍しく捕まらない。


 シバはしつこくメッセージを送ったり、電話したりするのはバカらしいと思って、結局持ち帰ったぬいぐるみをテキトーにローテーブルの上に置くと、そのままフテ寝した。


 そして早朝、兄貴分からの電話が着信したことを知らせるバイブレーションで叩き起こされた。


「ぬいぐるみがこっちに戻って来てるんだけどよお。ちょっと思い出したことがあっから、マギサ連れて俺のヤサに来てくんねーか?」

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