4-2

 脳震盪だかで意識を失っていたフリーライターの男は、ほどなく到着した救急車に乗せられた。


 シバとマギサはどさくさにまぎれて救急車に乗り込み、男や救急隊員と共に病院へと到着する。


「救急車に乗るの初めて!」


 シバも救急車には乗ったことはなかったものの、それで特別はしゃぐような年齢でもないので、ウキウキとしたマギサの様子はさらりと流した。


 医者からはフリーライターの男の命に別状はなく、目を覚まして精密検査をすればすぐに家には帰せると伝えられた。


 ちなみにシバもマギサも、その場に居合わせたフリーライターの男の友人を、ぬけぬけと自称していたが、それは疑われることはなかった。


 あまりにシバもマギサも堂々としていたし、唯一それを否定できる男は意識がない状態だったからだ。


 加えて、男が運び込まれた病院の評判はあまりよろしくない。


 そういうわけで個人情報の取り扱いがかなり杜撰だったから、仮に救急車に乗り込まなくても、シバたちが男の病室を特定するのは容易だっただろう。


 シバとしては薬品くさく、どこか薄暗く陰気な空気が充満する病院は、あまり長居はしたくない場所だ。


 しかしやるべきことができてしまったので、舌打ちをひとつして、未だにウキウキとした様子で興味深そうな目を病院内へ向けるマギサの頭をつかんだ。


 マギサはローティーンていどの身長しかなく、全体的に小柄であるのに比例して頭も特別大きくないから、シバの手は容易にマギサの頭をつかめたのだった。


「――で、あの男、憑かれてるのか?」

「さあ? でも『怪異』がくっついてるのはたしか」

「……まあいい。利用できそうなら、そうさせてもらうだけだ」

「『利用』?」


 マギサはシバに頭をつかまれたまま、わずかに小首をかしげた。


 シバはそんなマギサから手を放すと、じっとマギサの目を見つめた。


 細長い、ほとんど糸みたいなマギサの両まぶたの奥にある目の虹彩は、わかりにくいが二つ以上の色が混じり合っている。


 ちまたではそれをアースアイと呼ぶのだが、マギサは糸目だしいつもニコニコと目を細めているから、わかりづらい。


 わりとまぶたが開いている今だって、どこか眠そうな印象を見る者に与える。


 それでもいつもよりは開いているところからして、マギサが興味深くこちらを見ていることは、シバには手に取るようにわかった。


「……オレら、友達だろ?」

「! うん、そうだね! 友達友達!」


 シバがはた目に見てもなにか企んでいるような、見事な笑みを作って言っても、マギサは無邪気な声で喜び、今にもその場で飛び跳ねそうだった。


「――じゃあ、『友達の頼み』っつーなら、聞いてくれるよな?」

「『友達の頼み』……!」


 目をきらめかせるマギサを見て、そのあまりのチョロさにシバは複雑な気持ちになった。


 今のところ、マギサがシバ以外を「友達」と呼んでいる様子はない。


 しかし、もしシバ以外の「友達」が出来たならば、マギサはこうやっていいように扱われてしまうのだろうかと、ガラにもなく不安になった。


 同時に、ふつふつと行き場のない怒りも湧く。


 シバはマギサを雑に扱うが、マギサが自分ではないだれかに、雑に扱われるのはなんだか我慢ならないのだった。




「いやー……。なんていうか……幽霊におどろいて……」


 フリーライターの男が目を覚まして、まず飛び込んできたのが、自分「が」尾行していた相手だったのだから、それはそれはおどろいた顔をしていた。


 しかしシバがなぜ車道に飛び出したのかと、すごみ気味に問えば、どこか観念した様子でことの経緯を話し始める。


 そして出てきた言葉が「幽霊におどろいて」だったのだ。


 異世界人から異星人までなんでもそろうと言われるサラダボウル・シティにおいてでも、幽霊は稀な存在だ。


 より正確には、幽霊を目で捉えられる人間は稀と言ったほうがいいだろうか。


 見えないのであれば、いないものと同じ。


 そう考える住民は多いから、幽霊の存在感は薄く、それらを強く感じられるのは怪談の中くらいのものだった。


「なんだか僕、よく幽霊が見えちゃうんですよね。と言ってもハッキリとは見えないんですが」

「じゃあ食べ――」

「おい待て。さっき『頼んだ』だろ」

「あ、そうだった」


 マギサが早々にフリーライターの男に憑いている幽霊、すなわち「怪異」を食べようとしたので、シバはあわてて止めに入る。


 男は不思議そうな顔をしてシバとマギサのやり取りを見ていた。


 シバは場の空気を仕切り直すために、わざとらしく咳ばらいをひとつして、男に向き直る。


「幽霊に困ってるなら――その悩み、解決してやってもいいぜ」

「いや、まあ、たしかに困ってはいますけど」

「別に法外な金を請求しようとか考えちゃいねえよ。ただ組織うちを嗅ぎ回るのをちょっと控えてくれりゃあそれでいい」

「でも――」

「いいのか? あんたをおどろかして交通事故起こすような幽霊に取り憑かれたまんまで」


 死ねば花実は咲かない。命あっての物種。


 フリーライターの男はメシのタネよりも、自分の命を優先したようだ。


 裏社会の人間を嗅ぎ回るのは、男にとってはもとより領分外だったこともあるのだろう。


 シバが持ち掛けた取引を受け入れた男に、取り憑いていた「怪異」は、無事マギサの腹に収まった。




「シバの『頼み』だから言わなかったけど、よかったのかなあ」

「あん?」

「あれ、『生霊』だって。しかもあのひと自身の」

「だから言わなくていいんだよ。また取り憑かれたらたぶんオレのとこにくんだろ? それでいい。切れる札は多いに越したことはないからな」


 あのフリーライターの男がいかな業を背負っているのかまでは、シバにもわかりはしない。


 自分自身の生霊に取り憑かれるというのも、シバにはよくわかっていない。


 ただひとつだけたしかなのは、今回の出来事でシバが切れる札が想定外に一枚手に入ったということだけ。


「そしたらまたお前も『怪異』が食えるんだから、いいだろ」

「うん! そうだね」

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