14-4
「――おいっ!」
全身に走るおぞ気を無視してシバはマギサを呼んだ。
マギサは、細い糸目をいつもよりさらに細く――平たくしているように見える。
「おいっ! もう食ったのか?!」
「ん~……」
「寝るな!」
恐らく腹がいっぱいになったのだろう。
「相変わらず食ったらすぐに眠気がくるなんてガキか?」と思ったシバだったが、マギサの身長は実際ローティーンていど。
マギサが年齢についてサバを読んでいるという与太がシバの脳裏をよぎって行った。
「ひぃーっ!」
解心会の信者の男は、シバには見えていないなにかが見えたのか――あるいは、単に場の雰囲気に気圧されたのか、はたまた逃亡のチャンスと考えたのか。
喉から引きつった悲鳴を出しながら猛烈に暴れてシバの拘束を振りほどくや、まさに脱兎のごとく荒れた山道を駆け下りて、すぐにその背中は見えなくなった。
男が逃げても、今度のシバは追わなかった。
否、とうてい追う気にはなれなかった。
変わらず全身に鳥肌がっているような不愉快な感覚がシバを支配している。
感じるのは悪意――いや、殺意。
なにものかの明確な殺意が、包丁の切っ先でも向けるように、シバへと向けられている。
シバの頭の中で、マギサの先ほどの言葉――「なんかヤバイかも~」という声が響き渡る。
しかし肝心のマギサは眠気に襲われている真っ最中だ。
このまま放置していれば、立ったまま寝かねない。
マギサは、そういうところのある人間だ。
そうこうしているあいだに、殺意はどんどんと膨れ上がっているようだった。
しかしシバの目にはなにも見えていない。
見えているのは、壊れた祠と、そこからこぼれ落ちた人形と、マギサと――なぜか祠の裏側、大木に立てかけられるように置かれた、真新しい手斧だけだった。
――いや、手斧?
山林内部が薄暗く、手斧の色が暗いものだったせいで、それは大木の幹の色や模様に上手く溶け込んでいた。
その真新しい手斧はよくよく見れば、なぜかバーコードシールがついたままだった。
先ほど逃げた信者の男が持ち込んだものだろうか?
答え合わせをしようにも、男は逃げたあとである。
「――チッ」
シバは舌打ちをすると、手斧に向かって走る。
手斧の出どころなど今のシバにはどうでもいいことだった。
今重要なのは、手斧という武器がシバの目の前にあること。
「おい! どいてろマギサ!」
シバは手斧を持つと、目の縁をうにゃうにゃと動かして眠そうにしているマギサの腕を引っ張る。
壊れた祠からマギサをじゅうぶんに離したあと、シバは躊躇のひとつもなくほとんど崩れている祠に向かって手斧を振り下ろした。
木製の祠は、しかし一度手斧の刃を振り下ろしたていどでは完全には破壊されなかった。
シバはそれを見て、一心不乱に二度三度と手斧を振り下ろす。
湿気た木が割れるあまり軽快ではない音が、森に鳴り響く。
手斧の刃は祠の屋根を破壊し、内部へ乱雑に突っ込まれた人形をも壊して行く。
シバは、手斧を振り下ろすたびに周囲に満ちていた殺意が霧散して行くのを感じた。
――やがて祠をほとんど完全に破壊すると、湿度の高い空気もいつの間にかなくなっていた。
そのころには、シバは全身に汗をびっしょりとかいているありさまだった。
マギサは、立ったまま寝ていた。
しかしシバはそんなマギサをどつく元気はなく、マギサを起こすとその手を引っ張り、手斧を捨てるとほとんどほうほうのていで山を下りたのだった。
新品の懐中電灯を山のどこかに置き忘れてしまったことに気づいたのは、それから二日経ってからのことだった。
それから一ヶ月経つが、今のところ新たに人肉を食べようと暴れる組員は現れていない。
正気を失った様子だった組員も、シバが山で祠を破壊してからしばらくして元通りになった。
そしてあの日訪れた部屋の主である組員に、土汚れのついた人形について問うたが、組員は覚えがないと言う。
「――たしかに、ゴミ処理のバイトしたときにあの祠みたいなやつは見ましたけど……さすがにそこから人形なんて持ち帰らないっスよ」
……と、至極まっとうなことを言っていたので、彼が正気に戻ったのはたしかなようだ。
そしてあの日、山で出会った「解心会」の信者の男がどうなったのか、今どうしているのかはわからないが――
「ああ、『解心会』の連中? そういや最近来なくなったな。ようやっとあきらめたのかね?」
「解心会」の信者に食い下がられていたいつぞやの霊能力者の男は、そう言って「せいせいした」というような顔をする。
シバは、「解心会」が拠点にしていると聞くレンタルオフィスの様子を見に行こうかとも思ったが、薮蛇になるのがイヤだったので、結局は足を運ぶことはなかった。
そしてシバは、山から帰ってからきっかり一ヶ月はマギサの借りているアパートの部屋で寝泊まりした。
シバは神様は信じていない。
神様は信じていないが、幽霊はいるし、呪いはあるものと思っている。
思っているので、祠を破壊した結果を気にして、「怪異」を食えるマギサの家にしばらく厄介になることにした。
マギサはイヤがるどころかむしろ喜んだ。
「お泊り会なんて友達っぽいよね!」
と言うマギサの能天気ぶりに、いつものシバだったらイヤそうな顔をするところであるが、このときばかりは内心でちょっとだけ安堵した。
しかしそれはそれ、これはこれ。
パジャマパーティーを持ちかけてくるマギサにはうんざりして、シバはタヌキ寝入りを連日強いられたのであった。
組織での不可解な事件はなくなり、「解心会」の信者も姿を見せない。
しかし、「なにか」が解決したのかどうかは、シバにはわからなかった。
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