16-2

「『天使』ってどんな味がするんだろ?」

「知るかよ」


 「虚無」としか表現できない、上手くもなく美味くもないマギサの手料理を口へ運びながら、シバはそう答える。


 マギサは料理が趣味で、特技だと思っているところはあるが、しかしお世辞にもうまいとは言えない腕の持ち主である。


 シバはそんなマギサの手料理のことは、嫌いではないが別に好きこのんで食べるものでもないと思っている。


 しかし妙なところで律義さを発揮するシバは、マギサから出された食事は決して残さない。


 マギサ自身が、自らの手で作った料理をどう思って食べているのか、シバは知らない。


 特技だ趣味だと言い切るのだから、マギサの舌にはこの「虚無」としか表現できない食事が合っているのかもしれない。


 シバが特別聞き出そうとはしないため、依然としてそのあたりは闇の中であった。


「気になってるくせに食わなかったのか」


 シバはつい数時間前に見た「天使」をその脳裏に思い浮かべる。


 と言ってもシバたちが見た「天使」は翼もなかったし光輪ヘイローもなかったし、愛らしい姿もしていなかった。


 していなかった――と言うか、「天使」はすべて茶色っぽい粉末になっていた。


 あの敵対組織の末端組員だとかいう青年が助けたかったらしい「天使」は、彼がシバに話を持ってきていた時点で全部粉末にされていた。


 シバは、「天使」を生かしておいて血液を搾り取り続けていれば、もっと「アンヘル」とかいう新種のドラッグを供給し続けられたんじゃないかと考えた。


 もちろん、口には出しはしなかったが。


 しかし青年から「天使」を手に入れた兄貴分はそこまで頭が回らなかったのか、早々に「天使」を殺して、解体して、粉末にしてしまったらしい。


 物言わぬ、ただの茶色っぽい粉末になってしまった「天使」を前にして、青年はしばし呆然としたあと、慟哭しながら自身の兄貴分を殺そうとした。


 それはほかでもないシバの手によって阻まれたので、青年も、青年の兄貴分もまだ生きてはいる。


 いつまでの命なのかは、知らないが。


 組織のシマを荒らされた以上、組織が彼らを五体満足の無傷で帰すことはしないだろうとシバは見込んでいる。


 シバはと言えば、己の兄貴分に「マギサを送ってやれ」などと気を遣われたので、それ以上現場にかかわることはできなかった。


 わざと遠ざけられたという自覚はシバの中にある。


 だからこうしてマギサの手料理をヤケ食いしているのだ。


 シバがまだ己が何者かも知らずスラムにいて、兄貴分の彼がまだ兄貴分じゃなかったころ――シバをボンと呼んでいたころから、兄貴分はシバのことを気にかけてくれている。


 「組織のトラブルシューター」などという、うさんくさい、なにしているんだかわからない役目を負わされている今だって。


「あれは食べたらヤバそうだし~……」


 シバは遠くへ行きかけていた意識を戻し、机を挟んだ向かい側に座るマギサに視線を戻す。


「なんか共食い? みたいなのはしたくないっていうか」

「お前、『天使』なのかよ」

「そうじゃないけど……明確に実体があるものは食べないようにしてる」

「趣味で?」

「そう、趣味の範疇の話」


 シバは脳裏で、マギサが「天使」を頭からバリバリと食い散らかす姿を想像した。


 その姿は極度に戯画化されたものでしか想像ができない。


 なぜならば、シバはマギサが「怪異」を食べる姿を直接は見ていないからだ。


 目を離したらいつの間にか食べ終わっている……。


 この目で見たのは、そうとしか表現できない状況のみ。


「じゃあオレらの目に見えねえ『天使』なら食ってたのか」

「そりゃあね。食べたことないし」


 マギサは未知の食物しょくもつを口にすることに対して、忌避感はないようだ。


 ……まあ普段から「怪異」を主食にしているのだから、そのような指摘は今更としか言えないだろう。


「ヘンなもん食って腹壊すなよ」

「私、頑丈だから!」


 シバはマギサの手料理をまた口に運ぶ。


 相変わらず「虚無」としか言いようがない食事を噛み締めながら、今自分も「ヘンなもん」食ってるなと思わなくもないのであった。

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