第22.5話 アンナは見た!(アンナ一人称視点)

 婚約式から一夜明けた朝のことです。私はいつも通りに、お嬢様の朝の支度を手伝っておりました。お嬢様はいつも通りに見えましたが、時折話しかけた時の反応が遅れることがあるのが少し心配です。お体を壊されたのでなければ良いのですが…。


 そんな中、お嬢様は唐突に私に訊かれました。


「ねえ、アンナ。『肩や手を貸すのは自分だけにして欲しい』だなんて、どういう意味だと思う?」

「!?」


 お嬢様の口からそんな言葉が飛び出すだなんて、誰が想像できたでしょう?思わず声にならない声をあげてしまいました…。


「それは侯爵子息様が仰ったのですか?」

「えぇ。」


 いつ?どういう状況で?気になることがたくさんありますが、お尋ねするのも無粋ですよね…。

 でもお嬢様の平然とした様子から、言葉の意図が何も伝わっていないことが分かります。自分が仕えている主人ではありますが、その鈍さには流石に呆れてしまいました。


「それはもちろん…。」


 私の口から言って良いものなのでしょうか?できればお嬢様自身に答えに辿り着いていただきたいのですが…果たしてそれは叶うのでしょうか?


「もしかして…。」


 おっと?お嬢様が何か思い至ったようです。ここまでダイレクトな文言だといくらこの手に鈍感なお嬢様でも分かるか、そりゃそうか。


「浮気などしないように釘を刺されたのかしら?」


 ガクッ!


 違うそうじゃない!いや、全く違うわけでもないけど!そんな堅い話じゃない!

 と、思わず思ったことが口から出そうになりました…危ない危ない。ともかくお嬢様がここまで鈍感とは、お相手が可哀想に思えてきました。お労しや、グレンヴィル様。


「私が男遊びをすると思われたのかしら…用心深い方だわ。」


 お嬢様の目に婚約者様はどう映っているのでしょうか…。なんだか心配になってきました。


「そういうことではないのでは…?」


 お嬢様の解釈のままではグレンヴィル様が体裁を気にして婚約者を疑う嫌な御仁ごじんになってしまうので、私がフォロー致します。お二人の間に変なわだかまりができてしまってはいけません。でなければ後々仕える私が苦労を…ゲフンゲフン!いえ、主人の幸せは使用人の幸せですからね?あくまでお嬢様のためです。


「あらそう?だったら…実は触れられるのがお嫌だったのかも。笑っておられたけど、あの方は本心を隠す人だから。」

「違っ…!」


 どうしてそうなる⁉︎大外れ過ぎて今度は普通に声が出てしまいました。絶対真逆でしょ!


「また違った?」

「あのですね…。」


 お嬢様には直接言わないと伝わらないようですね。仕方がありません、ここは私が婚約者様のお気持ちを代弁させていただきます!


「ご自分の婚約者が別の男の手に触れられるのが、グレンヴィル様はお嫌なのではないでしょうか?体裁を気にするのではなく、ただ純粋に。」


 お嬢様は私の言葉を聞いても、ますます首を傾げるばかりです。あれ、伝わってない?


「だからですね…!恋人が別の異性と仲良くしていたら、当然不快に思うものでしょう?それと同じですよ!」

「確かに私達は婚約しているけれど、恋愛は無関係よ?」


 お嬢様の中ではそうなのでしょう。でもお相手も同じ気持ちかは話が別。少なくともお嬢様からのお話を聴く限り、全くその気が無いわけではないと思うのです、私は。

 でも、どうしたらお嬢様に伝わるでしょうか?お嬢様は少し頑固と言いますか、視野が狭くなることがありますので、この婚約には政略的な意味しか無いと考えていらっしゃる以上、それ以外の考え方は頭に浮かばないのです。


「では…お嬢様は婚約者様が他の女性とご一緒でも気になさらないのですか?」


 やってしまったと、質問した直後に思いました。お嬢様は以前、「愛人が居ようと構わない」と仰った方。こんな質問、別にで済まされるに決まってます。でもこれでダメとなると私にはどうしようもありません…どうしましょう?

 しかし、私の予想したお嬢様の反応は、良い意味で大外れでした。


「それは…。」


 お嬢様は口籠ってしまいました。その瞳はどこか悲しそうで、それを見た私は驚きました。あのお嬢様が、婚約者様のことを考えて悲しんでおられるのです!もう一度言います、あのお嬢様が悲しんでいます!


「嫌なのですね?」

「…分からないわ。ただ…。」

「ただ?」

「…胸がざわつくの。」

「!!」


 また声にならない声をあげてしまいました。お嬢様からそんな言葉を聴けるだなんて、今にも泣きそうな気分です!


「可笑しいでしょう?私、変な病にかかったんじゃないかしら?」


 それは恋の病です、お嬢様。


「それが自然な感情なのですよ。お嬢様は、婚約者様が他の異性と一緒に居られるのを嫌がっているのです。」

「私が?」

「はい。そして婚約者様も同じお気持ちなのですよ。」


 お嬢様は俯いてしばらく考え込まれます。理解が追いついていないのでしょう。当然です。この方は、ずっとその身をウェルズリー家に捧げてきた方。そして、ご自身の心をこの家の血塗られた秘密によって縛られてきた方なのですから。


「なるほど…やはり形だけとは言っても、婚約者は婚約者なのね。他にお相手が居ると可笑しいと感じてしまうのだわ。」


 ガクッ。


 なんか違う気が…。でも今のお嬢様には、これが精一杯なのかもしれません。今はそれで良い。きっといつか本当に分かる時が来るでしょうから。

 そしてまた私が教えて差し上げれば良いのです。この身が果てるまで、アンナはいつも貴女あなたのお側におりますから。

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氷の薔薇 〜心無し暗殺令嬢は婚約して愛を知る~ 林 稟音 @H-Rinne218mf

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